第2部 明治から令和へ

18. 周易 巻下

藤原惺窩[訓点] [江戸時代前期刊] 2巻2冊 【所蔵情報】
周易

元号「明治」の出典は、『易経』説卦伝の「聖人南面而聴天下、嚮明而治」(聖人南面して天下を聴き、明に嚮ひて治む)。聖人は南面して明に向かい天下の政治を処理するの意。中国古代の卜辞を集大成する『易経』は『周易』とも言い、儒教の聖典「五経」の筆頭に挙げられる経典である。本資料は、江戸初期の儒学者藤原惺窩による訓点を付す刊本で、源敬重なる人物の蔵書印がある。 (ロ805-40)


19. 改元考証土代 巻下

塙忠韶[著] 明治7(1874)年起案 3巻3冊 【所蔵情報(電子資料あり)】
改元考證

塙保己一の孫で国学者の忠韶が改元に関わる資料や年号の典拠を集成した自筆草稿。本資料は、水戸藩士出身で歴史家の帝国大学文科大学(現 東京大学)教授内藤耻叟旧蔵本。明治改元については、一世一元の制を定める改元詔書や、改元の吉事にともない罪刑を減じる大赦の詔書などを引用する。元号は、明治22年の旧皇室典範第12条、同42年の登極令第2・3条で法制化され、また、天皇へ崩御後に贈る諡号に当てるようになった。 (ム215-480)


20. 太政官日誌 2冊目

明治5(1872)年刊 1綴 【所蔵情報】
太政官

明治維新期に頒布された『太政官日誌』の合綴本で、明治5年分の第2冊。表紙に「大河内家執事」とあり、旧大名大河内松平家の旧蔵と見られる。『太政官日誌』第96号は、太陰暦を廃し、太陽暦を採用する太政官布告第337号を載せる。これによって、旧暦明治5年12月3日は新暦明治6年1月1日と改められ、暦法の大転換を迎えることになった。しかし、民間、とくに農村では、明治40年代の地方改良運動期まで容易に浸透しなかった。 (ヨ216-145)


21. 元号考(藁本)

森林太郎著
鴎外全集刊行会 大正15年(1926)年刊 1冊 【所蔵情報】
元號考

宮内省帝室博物館長兼図書頭となった森林太郎(鷗外)が大化から明治に至る元号の出典を考証した稿本(未完)。鷗外は、逝去直前まで推敲を重ねたと言い、逝去後に託された吉田増蔵によって補訂された。本資料は、東京文理科大学国史学研究室によって昭和12(1937)年に東京神田の一誠堂書店から購入された『鷗外全集』(鷗外全集刊行会刊)第6巻抜刷である。令和元(2019)年に講談社学術文庫から『元号通覧』と改題され刊行された。 (ヨ200-303)


22. 周易

[林家改正点] [江戸前期刊] 1冊 【所蔵情報】
周易林家

元号「大正」の出典は、明治の出典(資料18参照)でもある『易経(周易)』のうち臨卦において、卦辞についての孔子の伝(注釈)である彖伝の「大亨以正、天之道也」(大いに亨りて以て正しきは、天の道なり)。諸事が大いに亨通して貞正であるのは、天道に合しているの意。本資料は、朱子学者林羅山を祖とする林家の改正点を付す刊本で、磐城平藩主内藤風虎(貞享2〈1685〉年没)の旧蔵書である。 (ロ805-130)


23. 書経 巻上

[林家改正点] [江戸前期刊] 2巻2冊【所蔵情報】
書経林家

元号「昭和」の出典は、『書経』虞書・尭典の「百姓昭明、協和萬邦」(百姓昭明にして、萬邦を協和す)。曰若(天文暦算家・史家)の評に述べられる聖帝尭の事跡で、百姓の身分が明らかになってから、よろずの邦を協同和合させたの意。『書経』は、儒教の聖典「五経」の一つで、『書』『尚書』とも呼ばれる。本資料は、資料22と同じく林家改正点、磐城平藩主内藤風虎の旧蔵書である。 (ロ805-130)


24. 尚書 巻一至巻六

孔安國傳 [江戸初期刊] 13巻2冊【所蔵情報(電子資料あり)】
尚書

元号「平成」の典拠の一つは、『書経(尚書)』虞書・大禹謨の「地平、天成」(地平ぎ、天成る)。中国最初の王朝夏を創始した禹の言葉で、水土もおだやかに治まり、天も時節が順調にめぐるの意。とはいえ、大禹謨は後世につくられた偽書とされる。昭和54(1979)年成立の元号法に基づく初めての改元となった「平成」改元時には、偽書を典拠とすることへの反対意見もあったと言う。本資料は、蔵書家として著名な高木利太の旧蔵書である。 (ロ815-94 / 貴重書)


25. 史記 序・目録・巻第一~四

司馬遷[撰];多賀漸[音訓]
平安[京都]:林権兵衛ほか(祥竜閣真本) 寛政5(1793)年刊 130巻20冊 【所蔵情報】
史記

元号「平成」のもう一つの典拠は、『史記』五帝本紀の「内平、外成」(内平らかに、外成る)。中国古代の伝説上の皇帝である五帝の一人に数えられる舜の言葉で、家の内が平和となり、世の中もよく治まったの意。『史記』は、前漢の武帝の時代に司馬遷が編纂した中国古代の歴史書で、二十四史の一つ。本資料は東京文理科大学初代学長三宅米吉の旧蔵書である。 (ヨ610-128 / 三宅文庫)


26. 万葉和歌集 巻第五

橋本経亮・山田以文[校訂]
京都:出雲寺文治郎 文化2(1805)年刊 20巻20冊 【所蔵情報(電子資料あり)】
萬葉集

「令和」は、はじめて国書を出典とする元号で、本学旧歴史・人類学系教授であった中西進氏が撰者と言われている。出典は『万葉集(万葉和歌集)』巻第5の「梅花の歌三十二首」序で、「初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香(初春の令月にして、気淑く風和ぐ。梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす)」。折しも初春の正月の佳い月で、気は良く風は穏やかである、梅は鏡の前の白粉のように白く咲き、蘭は匂い袋のように香っている、の意。大伴家持の父旅人が大宰帥であった天平2(730)年に邸宅で催した宴で大陸伝来の梅花愛でて詠まれた和歌32首の宴集序で、王羲之『蘭亭序』や王勃・駱賓王などの初唐詩序の構成・語句に学びつつ、宴の情景、ひいては世の中の平安を礼讃する。 (ル212-1 / 貴重書)


27. こゝろ

夏目金之助著
岩波書店(6版) 大正5(1916)年刊 【所蔵情報】
こころ

漱石夏目金之助の代表作の一つである長編小説。大正3(1914)年、『朝日新聞』での連載後に、漱石自身の装丁によって刊行された。表紙には漢籍を引く。第三部「先生と遺書」は「先生」の手紙の形式を採る。「すると夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。其時私は明治の精神が天皇に始まつて天皇に終わつたやうな気がしました。」と、「明治」の終焉を象徴的に描く。 (913.6-N58)