治安維持法による検挙

 1922(大正11)年、山川均の「無産階級運動の方向転換」の発表を契機に、それ以降、社会主義の思想は急速に労働運動の中に広まっていった。政府は1925(大正14)年、<治安維持法>を制定し、社会主義的運動の取り締まりを行なった。
 1938(昭和13)年、いわゆる「労農派教授グループ事件」が起こり、山川均、向坂逸郎らと共に宇野も「誤って」検挙されることになった。
 政治的実践から距離を置いていた宇野は、一審、二審ともに無罪となる。宇野にとって留置所での生活は過酷なものであり、無罪判決を受けた後、「こんな情勢の国で経済学はやれない」と考え東北帝國大学を辞した。

27. ノート「経済政策論� 昭和六年十一月 法文 宇野」 ◆
28. 山本美編 『マルクス・エンゲルス全集』 第3巻 改造社,1929 ◆
29. 東北帝國大學經濟學會 研究年報 『經濟學 1』 岩波書店,1934 ◆ 
30. 東北帝國大學經濟學會 研究年報 『經濟學 2』 岩波書店,1935 ◆
31. 東北帝國大學經濟學會 研究年報 『經濟學 4』 岩波書店,1936 ◆
32. 東北帝國大學經濟學會 研究年報 『經濟學 5』 岩波書店,1936 ◆
33. 東北帝國大學經濟學會 研究年報 『經濟學 7』 岩波書店,1937 ◆
34. 宇野に関する新聞切り抜きのコピー
35. Walter Bagehot, LOMBARD STREET : A DESCRIPTION OF THE MONEY   MARKET, John Murray, London, 1915.
36. バジョット著,宇野弘蔵訳 『ロンバード街 ──ロンドンの金融市場──』  (文庫版) 岩波書店,1967,第5刷
 無罪判決が下りたにもかかわらず、大学側はなかなか宇野を復職させなかった。この時、宇野は岩波書店から翻訳を依頼され、バジョットの『ロンバード街』(岩波文庫)を翻訳する。
底本には東北帝国大学の同僚、長谷田泰三氏から借りた原書を使用した。
 (◆印は、押収時の赤紙が貼付してあるもの)
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