前の記事  次の記事
(60)資料紹介

高等教育学入門

溝上智恵子

 大学をめぐる議論が活発化している. 少子・高齢化社会に突入した日本の大学は 「冬の時代」 を迎えて,生き残り策を具体的に検討し始めた. こうした時代の流れをうけて,近年,教育学の分野においても高等教育研究・大学研究に関する蓄積がとみに進んでいる. ここでは大学に身をおく者として,日本の大学を考えていく際の入門的資料を紹介したい.
 まず,日本でもやがて大学の生存競争が開始されると今日の問題を10年前に指摘したのが,喜多村和之の『大学淘汰の時代:消費社会の高等教育』(中央公論社,1990年)である. 日本の大学は明治以降,実質的な廃校や閉鎖といった体験がない. そのため,大学を不老不死の安定した制度として認識する傾向が強いが,欧米では誕生と淘汰がくり返されている. 喜多村は,本書において1980年代のアメリカの大学が経験した生き残り策を日本への参考例として紹介している. 第2次大戦後,日本の教育は,よくも悪くも,アメリカをモデルとしてきたが,大学の危機といった点でも,残念ながらアメリカ・モデルの後追いをしているようである.
 なお,最近のアメリカの高等教育全般がかかえる課題(すなわち,前述の文脈から読むと,数年(?)後には日本の課題になる可能性が高いと思われるもの)については,『アメリカ社会と高等教育』(P.G.アルトバック,R.0.バーダール,P.J.ガムポート編,玉川大学出版部,1998年)が詳しい. 本書は,入門書というより専門書の部類に属するが,原著(Higher education in American society)は1981年の初版,1994年に第三版を数えており,本書はこの第三版の翻訳である. アメリカにおいても高等教育が急激に変化しているため,内容の加筆・修正が必要だったことは言うまでもないが,一方で,原著がアメリカ国内でいかに広範に読まれているかの証左にもなっている.
 さて,日本の大学の成り立ちについては,中山茂の『帝国大学の誕生:国際比較の中での東大』(中央公論社,1978年)がわかりやすい. 帝国大学をつくる際,他の近代的制度と同様,明治政府は欧米の制度,とりわけ当時,もっとも研究水準が高かったドイツの大学を参考にしたことは知られている. しかし仔細に検討していくと,必ずしもドイツの大学の完全な模倣とは言えず,むしろ実態は「自分たちに都合のよい」と思われる部分を導入したといった方式に近い. 「ドイツの大学から学ばなかった」点についても,中山は議論しており,現在まで続く問題も含まれ,参考になる.
 帝国大学のみならず,日本の大学全般についての歴史は,『学校の歴史 第4巻 大学の歴史』(仲新監修,第一法規出版,1979年) [373.1:G‐16:4] が概説書として有用であろう. 1979年刊行のため,近年の動きについては,触れられていないが,諸外国の大学についても簡単に紹介されている.
 最後に,国立大学が独立行政法人化されるにあたり,高木英明の『大学の法的地位と自治機構に関する研究:ドイツ・アメリカ・日本の場合』(多賀出版,1998年) [377.1:Ta‐29] を挙げたい. 当該分野の研究成果が少ないなか,きわめて貴重な資料となっている. 大学が法人格を得ることの意味について,アメリカの公立大学の事例はそのまま日本に参考になる. 感情論で独立行政法人化が議論されやすい今日,本書は基礎資料としてもっと活用されてもよいのではないだろうか.
 いずれにせよ,高等教育の研究は現在注目を集めている分野であり,これからの研究成果についても引き続き期待していきたいと思う.
*本学助教授
*lntroduction to higher education, by Chieko MIZOUE