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アーキビストの出番

山本毅雄

 アーカイブ (Archive) という言葉は,ギリシャ語の「市や町の役所」という意味の「アルケイオン」が語源で,公文書館・古文書館を指し,そこで働く館員のことを「アーキビスト (Archivist) 」ということは,よく知られている. 私にとってはもともと,興味はあっても不案内の世界であった. ところが,ディジタル図書館の研究から,思いもよらず関連ができてきた.
 ここ数年,世界の図書館情報関連学科のWebページをあちこち見ているうち,最近のことに米国のアーキビストは,いかに文書・資料をディジタル化して,Webで公開するかが大きな仕事となり,アーキビスト教育でも,Webサーバの管理やネットワークの知識が重視されていることを知った.
 そして今春,米国のいくつかの大学やディジタル図書館を訪問して,この人たちが実際に大規模なWebサイトの情報発信にかかわっている状況を知ることができた. たとえば政府機関のひとつであるNASAは,子供向けの教育サイト (http://education.nasa.gov/) を含めて,大規模なWebサイトを多数持っているが,所属する研究所のーつであるカリフォルニア州パサデナのジェット推進研究所(JPL)だけでも,30人ほどのWebサイト専従職員がおり,JPLのWebページ (http://www.jpl.nasa.gov/) の企画・デザインからサイトの管理までを内部でこなしている. ここには,デザイナーやコンピュータ技術者もいるが,情報管理のライブラリアンもチームに加わっているという. Webページの内容は日々更新され,特に衛星打ち上げなどの際には,世界中からアクセスが殺到する評判のサイトである. 惑星や星雲の望遠鏡写真にしても,宇宙科学研究者とWeb担当職員の共同作業で,研究者の知識を生かしつつ,利用者に見やすくインパクトのあるWebページを作る努力をしているとのことであった.
 首都ワシントンの米国議会図書館(LC)でも,米国の史的文書をWeb公開している”American Memory”プロジェクト (http://memory.loc.gov/) の担当者の一人からお話をきく機会があった. この人自身は学生時代,美術史を専攻したというが,チームの半数程度が,アーカイプ学 (Archive studies;日本では古文書学と訳されることが多いが,どうもイメージが違うように思われる)を含む図書館情報学の出身者とのことである.
 ここでは,新しいディジタル情報媒体の保存問題が話題になった. 紙に書かれた文書や本は,虫や微生物に食われたり,火で焼けたり,あるいは比較的最近のものは酸性化によって破壊されたりはするものの,少なくとも数十年,長ければ千年を超える寿命が期待できる. しかし,現代のディジタル媒体には,とてもそんな寿命は期待できない. 媒体とその上の記録自体は保存できたとしても読み出し装置や読み出し・解釈のためのソフトウエアが失われたり,あるいはそのソフトウエアが動くOSがなくなったりして,特にコンピュータから離して(オフラインで)保存してあるディジタル情報は,数年のうちに読めなくなることが多い. この問題には,私も以前から関心をもっており,有名なRLGの研究 (http://www.rig.org/ArchTF/tfadi.index.htm) などにも参加したLCの担当者に,この問題についてどう考えているか尋ねた.
 それに対する答えは,私にとって意外なものであった. それはアーキビストにとっては,何もはじめての経験ではない,というのである. 媒体の劣化や媒体関連標準の変化,あるいは読み出し機構の変化などの問題は,写真やマイクロ写真に関連して少なくとも数十年前からあり,それに対応する媒体変換(Media Conversion)あるいはシステム間移動(Migration)などは,米国のアーキビストにとって,すでにそれらの分野で馴染みの概念だという. 言われてみればなるほど当然のことだが,私にとっては目から鱗の指摘であった.
 現在のディジタル媒体の状況では,オンラインでハードディスク上に保存するのが,最も安全確実で,費用もそれほどのことはない,という. マイクロ写真での Migration に比べれば,ディジタル媒体間での Migration の方が比較にならないほど簡単だし,高精度のデータを劣化なく簡単に保存し,また利用に供することができる. 貴重な文書を,ただ保存するだけではなく,なるべく広くその存在を知らせ,研究や鑑賞に供したいアーキビストにとっては,本当にエクサイティングな時代です,ということであった.
 さてこれから先は,このときの経験と,同じ旅行で訪問した UCLA(http://dlis.gseis.ucla.edu/), ミシガン大学(http://www.si.umich.edu/), メトロポリタン美術館(http://www.metmuseum.org/education/er_online_resourc.asp) などでのいくつかの出会いを総合して,私が考えたことである.
 たしかに現在は,ハードディスク技術の進歩がめざましい時代である. ハードディスクは1958年に発表された,コンピュータ関連製品として最長老に近いものなのに,ここ数年の進歩は,コンピュータ関連技術の中でさえ群を抜いており,そのコスト・パフォーマンス(性能/価格比)向上率はCPUや半導体メモリのそれをはるかに凌駕している. 10年前には大規模センターでしか考えられなかった100GBのディスクが,今や家庭のパソコンに接続され,またつい2,3年前に相当規模のファイルサーバ専用と思われていたRAID(Reliable Array of lnexpensive Disks……複数のディスクを並列に使って,高度の信 頼性を実現する技術)も,もう個人の手が届くところに来た.
 また,マルチメディア情報のディジタル化や圧縮・復元,ネットワーク伝送や提示などの技術も,ディジタルカメラの普及,音楽や動画のネット配信の実用化等,大量の民需に後押しされて,急速に進んでいる.
 とすると今や,ディスク容量などの細部を心配するのでなく,どのような原資料を選んで,それをどういう入力技術を使い,どれだけの精度でディジタル化するのか,その際の貴重資料への影響を,どうやって最小化するのか,そのコンテンツに関するどれだけの付加情報をどう組織化し,どのような形で利用者に提示するのかなど,より本質的な問題が重要になる. これはまさに,コンテンツについての深い知識を前提とした,アーキビストの本領が発揮できる時代ということではないか. 本学の学生諸君が,将来アーキビストとしても活躍されんことを願っている.
 これまで,「古文書に関する情報を扱い,これをアクセス可能な形にする人」としてのアーキビストの話を主にしてきたが,語源に近い 「公文書に関する情報を扱い,これをアクセス可能な形にする人」としてのアーキビストも,今後需要は増えると思う. 税金や保険料の高負担化が避けられない少子社会では,政府や地方自治体の行政への目も当然厳しくなり,現在よりずっと徹底した行政の情報化と,行政の透明性維持(つまり積極的な情報公開)が必須となろう. ここでもアーキビストの出番である.
 さて,こういう未来のアーキビストに必要な勉強は何だろうか.コンテンツについての勉強はもちろん大事だが,上に書いたように情報・通信技術と密接に関連しているこの分野のこと,コンピュータを毛嫌いしていては勤まらない.関連の情報技術についての不断の勉強と,技術の過去・現在・未来を見通す目は必須である. すぐ古くなる情報技術を仕入れて何になるという声もあるが,大学生のときの勉強は,卒業してすぐ役立てるためではない. 将来,その時その時の最新技術を,新たに勉強する時のために,「勉強の仕方」を学んでおくのである. さらにいえば,技術を勉強するには,単に本を読み手を束ねて考えるのではなく,できるだけ実物にさわり,体験しながら,勉強し,考える必要がある. そうやって現在の情報技術を学んだ経験が,一生を通ずる諸君の基礎の重要な部分になると,私は信じている.

*本学教授
*Archivists,it's your turn,by Takeo YAMAMOTO