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ターミノロジー

ソシオ・メディア論

吉田右子

 新しいメディアはより高度なコミュニケーションの実現を可能にする。しかしあるメディアのもたらすコミュニケーションの理想形と社会の中でのメディアの実際のあり方との間にはしばしば距離がある。よりリアルなかたちでメディアをとらえるためには,社会の様々な場面でのメディアの現れ方を分析していくような視点が必要である。ソシオ・メディア論とはこうしたメディアの社会的生成プロセスに焦点をあてた,メディア研究のための歴史社会学的アプローチである。ソシオ・メディア論では,今,我々を取り囲む電子文化を電気文化の連続体として認識し,ほぼ100年前に遡る電気メディア出現期を研究の出発点としている。
 ソシオ・メディア論においては,技術決定論に全面的に依拠することはない。メディアの発展の軌跡は非線形的であり,ある特定のメディアが発案者の意図とは異なる使われ方をすることがあるという点を考慮している。またマスメディア中心の考え方では,見失いがちな個人のメディアへの主体的取り組みをメディア生成の影響要因として重視する。
 ところで,印刷文化と図書というメディアの安定性によって図書館における図書中心のメディア観は長い間揺らぐことはなかった。しかし電子メディアの出現と発展によって図書館はそのメディア認識に変革を迫られるようになり,図書館情報学領域においで情報環境の変容や情報空間の拡張を視野に入れた新たなメディア論構築が課題となっている。こうした中でソシオ・メディア論は図書館情報学においてメディアの問題を考えていく際,有効な視座を与えてくれる。
 文字文化の伝承を主な目的としてきた図書館界は,電気メディア出現期にすでにラジオ・映画といった図書以外のメディアの受容をめぐって大きな葛藤を経験している。今世紀初頭に生じた図書館とメディアにかかわる様々な動きの中で,筆者が注目するのはメディアの生成に主体的に参加した図書館員の存在である。具体例を挙げたい。アメリカで初めてラジオ放送が始まってからわずか2年後の1922年にピッツバーグ・カーネギー図書館がラジオ放送を開始した。Library Radio BroadcastingあるいはLibrary on the Airと呼ばれた図書館ラジオ放送は,全米の公共図書館界で1920年代から40年代にかけて一大ムーブメントとなった(その後公共図書館はテレビ放送にも着手している)。
 図書館によるラジオ放送は,図書館があらゆるメディアをサービスの手段としうる総合メディア機関であることを示している。公共図書館のメディアにかかわる実践例を追っていくと,全米の公共図書館に広がったインターネットを使った様々なサービスは,ごく自然な流れとして理解することができるのである。また公共図書館における最新のテクノロジーを利用した多様な活動は,常に利用者中心のサービスを志向することによって実現し定着していったのであった。このようなメディア・テクノロジーとメディア・ユーザーとの効果的な結びつきこそがメディアの社会的存立を支えているのだといえよう。従来の図書館情報学におけるメディア論に欠けていた社会的視点を補強するためにソシオ・メディア論は理論的枠組みを提供するものである。
[参考文献] 水越伸責任編集『エレクトリック・メディアの近代』ジャストシステム,1996,210p.(20世紀のメディア)[361.45:N‐73:1]


本学助手
Socio-Media Studies,by Yuk。YOSHIDA