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資料紹介

中国の地方志

松本浩一

 地方志は,ある地方の自然や社会の各方面の歴史と現状とを記述した総合的な著作である.記述されている内容は,山川などの地理,気候,天文,地震や干ばつ・水害などの災害等を含む自然現象;資源や特産品などの物産,人口,田畑,水利,税収,交通等の経済状況;兵制,科挙,官制等の政治制度;風俗,民情から学制,名勝,寺廟や楼閣・庭園などの建築物,各方面で功績のあった人物,その地方について記された詩文やその地方出身の人たちの著した著作の目録など,社会文化の様々な方面に関する記述等にわたり,まさに「一地方の百科全書」というにふさわしい.
 地方志は大きく分けて全国的なもの(総志あるいは一統志と呼ばれる)と,ある一地方についてのもの(いわゆる地方志)とに分かれる.一地方のものは省単位の省志から,府・州志,県志,町村にあたる鎮・郷志等があり,河川や山岳,湖などについての水志,山志,湖志等の種類もある.その数は現存のものだけでも8,000種以上に上るといわれており,これは現存の古籍の約10分の1に当たる.その中では清代に成立したものが約6000種でもっとも多く,類型からいえば,県志が多く約70%を占める.地域的には,河北省,江蘇省,浙江省,山東省,四川省に属する地域のものがもっとも多い.
 中国では,地方志にあたるものが,かなり早くから編集されていたが,その基本的な体例が完成したのは宋代である.その地方の地図である輿図のほか,彊域,山川,名勝,建置,職官,賦税,物産,郷里,風俗,人物,方伎,金石,芸文,災異などの内容から構成されるようになった.この時代の代表的な地方志として,一統志としては北宋時代の『太平寰宇記』,『元豊九域志』,南宋時代の『輿地広記』等があり,一地方に関するものとしては,南宋の首都臨安の『咸淳臨安志』,南京の『景定建康志』等があって,『海塩●(さんずいに敢)水志』などの鎮志も作られている.またこの時代には地方志作成の方法論も議論されるようになり,『景定建康志』に付された「修志本末」には,方志を編纂する過程でなさねばならないこととして,「定凡例」(体例を定める),「分事任」(分担を決める),「広捜訪」(広く資料を集める),「詳参訂」(収集した資料の検討)という四つの事柄が議論されている.その後,明清時代には『大明一統志』や『大清一統志』の編纂の基礎作業として,各地の地方志が作成されたが,特に清代には一統志の作成が3回にわたり,また文字の獄の影響により,知識人たちが現代政治に関係のない地志の編集こ向かったこともあって,高品質な多くの種類の地方志が作られた.そして目録の理論でも有名な章学誠らによって,地方志編纂の理論も深められていった.
 このように地方志は内容豊富であるばかりでなく,一つ一つの記事が直接的な資料や実際の調査に基づいて記されていることが多いため,記事の信頼性も比較的高い.そのため特に地方文書のような史料を欠く,中国史の研究にとって得難い史料となっている.地方志中の地震の記述から『中国地震資料年表』が作成されたり,太陽の黒点活動の記録から天文学の新説が提出されたりというように,自然科学の研究にも大きな役割を果たしている.図書館情報学にとって特に重要なのは芸文志で,しばしば正史や個人蔵書の目録などには見られない著作が記述されており,今後古籍の整理が進むに従ってその重要性はますます注目されることになろう.


本学・助教授
Chinese local encyclopedias. by Koichi Matsumoto