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ターミノロジー48

ニューメデイアとマルチメディア

常盤 繁

 手元の『マルチメディア事典』(’96年版、ソフトバンク、1996)の序文冒頭には次のように書いてある。「マルチメディアという言葉が世に出る前、ニューメディアという言葉があったことを記憶している方も多いだろう。そして、そのニューメディアは、いっしか実現されないまま消えていった。そして同じようにマルチメディアという言葉も、いつかは消え去る言葉だと考えて手を出さないで静観視している人も多い」。この2つの言葉をそれぞれ冠する授業科目を担当している筆者としては、心中穏やかではいられないところだが、この文はこれらの用語の性格を言い得て妙である。

 ちなみに、この事典の索引は分類されていて「アート、コミュニケーション、通信、放送分野」「コンピュータ、パソコン、CG」「印刷、DTP」「テレビ、ビデオ、DTV」「音楽、DTM」の別になっている。もう一、『ニューメディア用語辞典』(第2版、日本放送出版協会、1984)の方も見てみると、こちらは本文を「衛星」「CATV」「新技術・新サービス」の各関連事項に分けている。察するに、どちらの言葉も、なかなか一つにまとまってくれない対象に、問に合わせにかぶせた網のようなものではないか。しかも、無造作に言葉が使われていくうちに本質が見えにくくなってしまう。だから、時として学生から「先生、テレビはマルチメディアではないのですか?」といった質問が飛んできたりする。また、図書館の目録法では、マルチメディアが「複数のメディアからなるキット」であったりするから、本学ではさらに話がややこしくなる。

 確かに言葉の意味だけを考えれぱ、この2つの使い方は決して問違っているわけではないが、いま注目されている「マルチメディア」の最大の特徴は、基本的にそれがディジタルの世界だということである。そこが、アナログを中心としていた「ニューメディア」とも異なるところである。本来、性質の異なるデータ(テキスト、静止画、音声、動画)をすべてOと1からなる記号列に置き換えるからこそ、それらのデータを一つに統合できるわけだし、対話性が生まれ、編集・加工が容易になり、データが劣化しないという特性が生まれる。したがって、「マルチメディア」の仕組みを正確に理解するためには、ディジタルデータの知識が必須である。アナログ・マルチメディアならば、学生の質問どおり、とっくの昔にテレビが実現しているのである。

 そして、単純化して言えば、「マルチメディア」はパソコンとインターネットをターゲットにしている。これらは、「ニューメディア」の時代にはいわぱまだ準備中であり、その当時使われたのは大がかりな装置と閉じた通信回線であった。今では、「マルチメディア」は家庭やオフィスのパソコンで容易に実現できる。作成されたデータは、同じパソコンから世界を相手に発信できる。同時に、その奥行きも深まりつつある。実際、DTPやDTM,DTVなどのソフトウェアを覗いてみればすぐ気づくことだが、GUIによる操作の容易さと隣り合わせに、出版、印刷、写真、音楽、映画、放送などの世界の、アナログ時代の専門用語が溢れている。素人を指向する一方で、専門家にも追いつこうとしている。

 このように「マルチメディア」は、ディジタル技術による単純化、標準化と応用面における多様化、拡大化という、成長に必要な2大要素を獲得しつつ、それに反比例してその名は無用のものとなっていくのであろう。対象が消滅したために不要になる用語もあれぱ、それが普及して当たり前になって、ことさら使う必要がなくなる用語もある。次にどんな言葉が登場するのか、私は楽しみに待っている。


本学教授
Newmedia and Multimedia. by Shigeru T0KIWA