人間の情報処理メカニズムを学ぶために

中山伸一

　情報を扱う者にとって，その情報を処理する脳というハードウェアのメカニズムは興味深いものであろう．そのメカニズムの解明を目指す最近の研究の成果には目覚ましいものがあり，新聞やテレビで脳に関するニュースが流れることも少なくない．しかし，その内容はかなり高度で専門的なものであり，理解の範囲を超えているという方も少なくないであろう．そこで本稿では，そのようなニュースが流れたときでも，ある程度その内容を理解できる基本的知識を得るための書籍をいくつか紹介しよう．

　脳は神経細胞（ニューロン）からなる回路である．すなわち，脳を知るためにはまずニューロンについて知る必要がある．単一のニューロン内における情報伝達は，細胞膜上の電気的な信号（活動電位）として伝達される．二つのニューロン間の情報伝達は，二つのニューロン間に細胞膜の連続しない接合部（シナプス）が構成され，そこで電気信号から化学信号そして電気信号へと情報伝達媒体の変換が行われる．これらのメカニズムは，一般的な生化学の入門書を開けば簡単に述べられている．「生命の科学」（中東美明，培風館，1989）の8章は入門書の割に詳しくそのメカニズムが述べられている．まずこの本で概略のメカニズムを学ぶのがよかろう．「細胞の分子生物学」（B．Albertsら，中村桂子・松原謙一訳，教育社，1985）［463：A－41］の6章や18章も良い．ただし大判で分厚く，2分冊になっているので持ち運びが大変である．

　もうちょっと詳しくメカニズムを知りたいという方には「情報の伝達と物質の動き」（香川靖雄ほか，岩波書店，1990）［464．1：O－38：1］がおすすめである．図が多くメカニズムを視覚的に理解できるのがいい．

　ニューロンやニューロン間での情報伝達メカニズムが分かったなら，ちょっと寄り道をして，我々が外界からどのようにして情報を受容し，ニューロンに伝えるかを知っておくのも悪くないだろう．外界からの情報を受け取る器官にはいわゆる五感，すなわち視覚・聴覚・味覚・嗅覚・体感覚がある．それらの感覚はそれぞれ視細胞，有毛細胞，味細胞，嗅細胞，神経終末が受容細胞として信号変換器の役割を果たし，それに繋がるニューロンの活動電位の発生を制御する．そのメカニズムが簡単に述べられているものとして「図説情報生物科学」（高木難行，朝倉書店，1988）［491．3：Ta－29］がある．この本は図を多用しており，理解しやすい工夫がなされている．後述する「ニューロバイオロジー．」も多くのぺージを受容細胞に割いている．ある程度知識があって，詳しくメカニズムを知りたい方にはそちらの方がおすすめである．

　受容細胞で発生した電気信号が複数のニューロンを介して伝達されてゆく過程で情報処理が行われる．複数の興奮性もしくは抑制性のシナプスが一つのニューロンに配置され，それらのシナプスに同期的な信号が送られた時，そのニューロンで活動電位が発生するか否かが情報処理の基本原理である．先に述べた「図説情報生物科学」の5章でこの説明が簡単になされている．ちょっと古いが「数理神経生物学」（J.S. Griffith，塚原仲晃・佐藤俊輔訳，産業図書，1973）［491．37：G一85］にはそのモデルの数理的な記述がある．

　次に，記憶や学習がどのようなメカニズムで起こるのかを学ぼう．学習とは基本的にはシナプス間の伝達効率の変化と捉えられ，その変化が短期間で元に戻る短期的学習と長期にわたって固定される長期的学習がある．それらのメカニズムについては「ニューロバイオロジー」（G.M. Shepherd，山元大輔訳，学会出版センター，1990）の29章が詳しい．

　上述の「ニューロバイオロジー」や「ニューロンから脳ヘ」（S. Kufflerら，金子章道ら訳，廣川書店，1988）［481．37：Ku－19］はかなり専門的な本であるが，以上で述べてきた事柄が包括的に取り扱われている．最後に脳全体について学びたいという方のために，「脳の科学�」（中村嘉男，坂田英夫編，朝倉書店，1983）［491．37：N一37：2］を挙げておく．特に脳のどの部分がどのような役割を持つかについて詳しく述べられている．

本学助教授
An Introducdon to Hardware Mechanisms of Human Information Processhg. by Shin-ichi NAKAYAMA