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用語の多義性 −経済用語の若干の事例−

大庭治夫

 「用語に関する一文を」との依頼を受け,ご期待に沿えるかどうかわからないが,日頃つれづれに思う「用語の多義性」について,一文を草して責を果たしたい.

 そもそも一語が広義・狭義両様で使用されることは,世の常であるが,用語なかんずく専門用語もまた同様に広義・狭義両様で使用され,よって多義性を有するということは,図書館関係者,情報関係者いずれも周知の事実であろう.

 そこで以下においては,筆者の専門分野,即ち社会科学専門資料論に関係のある若干の用語を紹介して,参考に供することにしよう.

 まず,「専門資料論」なる用語から始めてみることにする.これに関する定義・解釈等は,その担当者・関係者によって微妙に異なった使用法がなされているように思われる.ごく一般的には「専門の資料を論じたもの」ということになろうが,やや詳細に見てみると「専門分野の資料を論じたもの」あるいは「専門家の資料を論じたもの,更には「専門図書館の資料を論じたもの」その他いくつかの説,定義,解釈に遭遇することであろう.また,資料の分類の基準を一次資料,二次資料といった論点に移して論じることも可能である.その場合でも,専門の資料ないし文献であるならば,一次資料,二次資料を問わないという説もあれば,二次資料に限定された資料ないし文献という説もあり,必ずしも一義的な定義ないし定説があるというわけでもない.もっとも浅学非才にして寡聞の筆者のことであるから,限られた情報にもとづいて申し上げているに過ぎない.諸賢の御教示を乞いたい.

 次に,筆者の専門分野における外来語の事例なども併せてご紹介してみることにしよう.たとえば「エコノミスト」という語は,経済学を始めとして経済関係のジャーナリズムにおいて使用される用語であるが,特に近年カタカナ表示で使用されることが一般的になっている.しかしながら他方においては,英語のeconomistを邦訳して,経済学者と表現することも少なくない.わが国の近代史における使用方法を具に検討したわけではないが,おそらく戦前はeconomistの範疇に入るものが,なかんずく経済学者であったのかもしれない.欧米と比較してみると,わが国においては経済学者と翻訳してもさしつかえない程度の比率を占めていたのかもしれない.いずれにせよ,筆者の学生時代における経済学外書講読などでは,economistという語が登場すると,疇堵することなく,経済学者と訳していたことが想起される.ところが近年は,経済担当者,経済評論家等々economistの範疇に入るものが,わが国においても多種多様になって,今日に至っている.換言すれば,エコノミストの範囲・階層が時代と共に広がり,変化してきている,とでも言えようか.そういう意味では,用語もまた,時代の副産物として,時代と共に多義性が進行すると言えよう.

 ちなみに,筆者の学生時代に,同じく経済外書講読に登場した用語で,時代の変遷を思わせられるものを最後に紹介してみたい.それは,serviceという経済用語であった.goods and serviceという具合に,両者一緒に登場することが多かった.当時の教師,しかも米国でPh.D.を取得して帰国した新進気鋭の助教授は,疇躇することなく「財および用役」と邦訳したものである.今もgoodsは財と訳されているが,もうひとつのserviceのほうは,もはや用役とは訳されず,カタカナでサービスと訳されることが一般的となっている.経済用語としては,たとえば,財とサービスを生産するとか,あるいは,非製造業としてのサービス業とか,その他の使用法もある.情報産業の分類としても,情報産業全体を第4次産業と分類するような可能性のみならず,情報産業自体を更に,製造業としての情報産業とサービス業としての情報産業とに分類する等の可能性も考えられる.いずれにせよ,サービスという用語も広狭両様で使用され,多義性を有する用語に準じるものと言えよう.


本学教授
Meanings of a Termino1ogy - Several Samples of Economic Terminology-. by Haruo OHBA