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ターミノロジー

イギリス政府刊行物の一側面

藤野幸雄

 「白書」というと,時局の問題を総括してまとめた報告の意味合いがある.事実,「広辞苑」にも「政府の公式の調査報告書」とある.白書は,もともとイギリス政府の刊行物で,表紙が白いところから付けられた便宜的な呼びかたであった.幾分かは「面白みのない」との軽蔑的な呼称であろう.イギリス人のユーモアは,政府を揶揄する表現に富んでいた.確かに,イギリスの公的出版物,特に政府刊行物には因習を頑固に守ろうとするところから生まれた「特殊用語」やしきたりが見られ,しばしばそれがからかいの対象となっている.
 イギリス政府の公式報告は,下院議会に提出されるものがコマンド・ペイパーで,これが了承され,刊行されると,「白書」と呼ばれるようになる(物によっては青表紙のため「青書」ともいう).わが国でもこれにならって,議会に提出される時には「○○省年次報告」であり,一般に向けて刊行されるさいに「白書」と呼ばれるのに似ている.イギリスのコマンド・ペイパーは,初めはCの何番といった通し番号がついていたが,数字が4桁であったため,9999までで後は使えなくなってしまう.その後はCm何番ということになり,これも9999番に達してしまったので,Cmdを使うことになった.こうして何時かはCommandの文字全部を使いきる日がくるかもしれないが,かなり先の話ではある.こうしたイギリス特有の慣行は,時には何故そんなことにこだわるのかとの感じさえするが,彼らは頑としてしきたりを変えようとはしない.
 イギリス議会の議事録も,通称は「ハンサード」と呼ばれている.これは議事録を刊行した出版業者の名前であって(初代はLuke Hansard,1752-1828),1889年までハンサード社の手で出されていた.20世紀からはHMSO(政府出版局,女王の時代にはHer Majesty's Stationery Office,国王の場合にはHis Majesty's Statioery Office)が出版しているが,議事録の通称は依然「ハンサード」であり,議事録に基づく議員の指摘・反論はhansardiseという動詞にもなっており,この動詞は人の前言を引いて議論をふっかけるとの意味にまで転化しているという.
 HMSOは,そもそも国王の文房用品を作り,あるいは調達する「用度局」であり,その起源は1786年,産業革命の時代にまで遡ることができる.確かに,19世紀初頭のこの局の扱い品のなかには,王室御用達の鋏や消しゴム,針や糸までが含まれていた.現在ではこの局は,わが国の「大蔵印刷局」同様,政府刊行の印刷物を主として手掛けているようである.
 イギリス人は,こうして古い名称を変えようとしないので,時にはそれが恰好な軽蔑の対象となりうる.フルースキャップという紙型があって,A4判の横がさらに狭い,縦長の紙であるが,この紙型を使った印刷物にはこのところお目にかからなくなった.この名称は,「透かし」に「道化師の帽子」が使われていた紙を使用していたからだと言われているが,紙の製造所はともかく,この紙型は公的な刊行物に多く使われており,フールスキャップ判は,今でいえば「ださい」との評価が民間には定着していたようで,かつてわたくしがいた図書館でこの型の報告書を出した時,今時なんでフールスキャップかと言われたことを覚えている.


本学・副学長
An Aspect of British Government Publications, by Yukio Fujino