研究者インタビュー

 
筑波大学の研究者が「つくばリポジトリ」に登録した論文と自身の研究について語る

筑波大学附属図書館

 

山田信博学長
インタビュー

プロフィール

専門分野は内科学で,研究テーマは動脈硬化症の病態生理,糖尿病,高脂血症。

1976年3月東京大学医学部卒業。1983年にカルフォルニア大学サンフランシスコ校に留学し,その後,1994年に東京大学医学部第三内科講師。同学部第三内科助教授を経て,1999年筑波大学へ。2007年に本学理事・附属病院長,2009年4月より現職。

 


【2,000件目の論文】
Matsumoto M, Ogawa W, Akimoto K, Inoue H, Miyake K, Furukawa K, Hayashi Y, Iguchi H, Matsuki Y, Hiramatsu R, Shimano H, Yamada N, Ohno S, Kasuga M, Noda T.
"PKCλ in liver mediates insulin-induced SREBP-1c expression and determines both hepatic lipid content and overall insulin sensitivity."
J Clin Invest. 2003 Sep;112(6):935-944.

 
 はじめに・・・

山田学長(以下Y): 例えばPubMedで文献検索するときに,名前を入れれば検索結果がざーっと出てくるじゃないですか。リポジトリでもああいう感じで出てくるわけですか?

つくばリポジトリ(以下R): はい,出てきます。電子ジャーナルは契約している大学とか個人で契約 している方しか読めませんが,リポジトリは,電子ジャーナルの高騰などを背景に,研究者が自身で論文を公開していこうというもので,リポジトリに登録した論文はGoogleなどからも検索できて誰でも読めるのが大きな特徴です。

Y: たとえばリポジトリに登録したこの論文,この標題をGoogleに入れるとそれがさっと出てきちゃうの?

R: はい!お試しいただければ出てくると思います。

Y: では,お試しいただこう(笑)こうやって入れるでしょ・・・あっ確かに。すばらしい!

R: やったー!(ガッツポーズ)

 
 2,000件目の論文について

R: では,2,000件目の論文はどのような論文か教えていただけますか?

Y: どうも,2,000件目ということで大変光栄です。この論文は,2003年に神戸大学の先生が筆頭著者で書かれたもので,インシュリン感受性の肝臓でのメカニズムを調べている研究です。

 私共はインシュリン感受性の研究を糖尿病の成因論や肥満の病態論のなかでやっていて,そのなかでも特に,栄養素のなかで脂質の合成ということにすごく興味を持ってるんですね。その脂質の合成に,非常に強く関与する転写調節因子というのがあって,それがSREBP-1というものです。私共の研究室,そのなかでも特に,島野教授がこのSREBP-1の研究では世界の第一人者なんです。この論文は,その島野先生を介して,神戸大学と私どもの研究室が共同研究で行った研究データを示したものです。 PKCλというものが,SREBP-1というものを介して,肝臓におけるインシュリン感受性に非常に重要な役割を果たしていると。そういうことを,ノックアウトマウスや遺伝子操作を使って発表した論文です。

     この研究を始められたきっかけ

R: 先生がインシュリンや糖尿病についての研究を始められたきっかけは何ですか?

Y: はい。私は,自分の将来中心とすべき領域について医者になるときにずいぶん考えて,これからの日本で問題になるのは高齢者だろうと,そして高齢者の病気というのは癌か動脈硬化だなと思ったんですね。そのなかでも特に,動脈硬化はこれから問題になるだろうと感じて,動脈硬化の勉強をしようと。

 その当時,動脈硬化の勉強をするというのはまだまだ本当によちよち歩きの時代だったんです。たとえば今みたいに,心臓の手術をどんどんやるとか,心臓にカテーテルを入れて、心臓の血管の動脈硬化をさっと見られるような時代ではなく,もっともっと栄養学的なところからのアプローチが多かった。脂っこいものとか食べ過ぎて太ることとか糖尿病がいけないんじゃないかとかね。それで動脈硬化を内分泌代謝領域で勉強しようということで始めたんです。

 当時は,そういう動脈硬化に関わる大きな病気というと,高血圧と高脂血症と糖尿病でした。そのうち高血圧も糖尿病も,それなりにお薬があったんです。ところが高脂血症って,ホントに薬がなかったんです。ですから何とかして自分がコレステロールを下げる方法を見つけてやろうと思ったのです。それがきっかけですね。そのつもりで留学もしました。

     「コレステロール」からの方向転換

R: カリフォルニア大学に留学されたのですね。

Y: そうです。リポジトリに今回入れさせていただいた論文のうちのいくつかは,コレステロールを下げる何かよい方法はないか,ということで一生懸命やっていた頃のものです。たとえばこの"Cholesterol lowering in low density lipoprotein receptor knockout mice overexpressing apolipoprotein E"という論文はね,apoEという物質を使うと,コレステロールを結構自由に下げることができますよ,っていう内容なんです。

 ところがカリフォルニアから帰ってきた頃の1989年に,コレステロールを下げる薬が見つかっちゃったんです。それがスタチン系の薬剤といって,今いろんなところで皆さんが飲んでるお薬です。これは革命的なことで,それではそのお薬に勝つだけの新しいメカニズムを見つけなきゃいけないということで新たに始めたのが,糖質も含めた脂質合成に関わる栄養素の代謝,これは我々のエネルギー源ということでエネルギー代謝と言いますが,このエネルギー代謝を深めていこうという方向になったのです。

 ふと思いとどまってみると,糖尿病って,インシュリンというお薬が1921年に見つかって,もう血糖は下げられる時代になったという思い込みがあり,その後ずっと治療学があまり進歩しなかったんです。ところが最近の新聞を見てもわかるように,糖尿病の患者さんはどんどん増えてきてる。なぜ,よいお薬があるのに糖尿病が増えるのか。要するに好きなものおいしいものはみんな食べたい,それで食べちゃうと結局太る,それで糖尿病もうまくいかないわけです。それならばある程度栄養はとっても糖尿病を治せる,それから肥満も治せる,そういうふうなところを研究してみたいなということで入ってきたのが今の研究です。そのなかで2,000件目の論文のSREBP-1というのは,先ほど言った島野先生が中心となって我々の研究室でやっている,ホントに中心のテーマの一つです。

     1つのことを追求し続ければやがてつながる

R: この論文をどのような方に読んでもらいたいですか? 

Y: いろんな人に読んでいただきたいですけれども,特に,生活習慣病の勉強をされてる方たち,あるいは興味のある方たち,そして今実際に生活習慣病に対してその治療とかそれから予防とかで大変だなあと思ってらっしゃる方に,どういうアプローチをしたらよいか,そういうようなことを知ってもらうのにはよいと思いますね。

 我々のもうひとつの発想はですね,ホントにすごーく太ってても,それこそ体重300キロくらいあっても,糖尿病でもなければ,血圧も低ければ,動脈硬化もほとんど進んでないという方もいるんです。

R: そういう人は存在するんですか!?(うらやましさ爆発)

Y: もちろんもちろんいますよ。そういう人たちの体の中には,まさにここで言ってるような,糖尿病にならないとか,太っても好きなもの食べてても,あるいは糖尿病にならないだけじゃなくて,高脂血症にもならない,そういう体の中のメカニズムがあるはずなんです。そのメカニズムを知りましょう,ということなんです。そうすることによってそこから新しい治療法というものを見つけることができるのではないかと。最初コレステロールでずっと頑張ってきて,ちょっと一瞬がっかりしたけど,そこからさらに面白くなってきたんです。

R: 今の時代にぴったり合ったご研究なんですね。

Y: 私は運のいいことに,コレステロールがらみのこともずっと全部つながってるんですね。ですからそういう意味ではラッキーだったなと思っています。ある一つのことをしつこくやってると,それが意外と関連してきて,つながるんですよ。

     「新構想大学」から「未来構想大学」へ

R: 学長としてつくばリポジトリに期待することをお聞かせください。 

Y: 大学はもちろん権威がなくてはなりません。知的社会として権威を保つ。ただ権威主義になると絶対いけない。新しいものに対しては柔軟に受け入れていく,あるいは理解を示していく,支援していくということがすごく大事。そういう意味でつくばリポジトリでやっているような情報発信はすごく大事であると考えています。

 さらに言えば,新しいものを取り入れて情報発信するだけじゃなくて,そしてそれで権威を作るだけじゃなくて,その権威こそが先取りしていかなくちゃいけないんです。
 今までの蓄積っていうのは大学のすごく重要な要素です。その蓄積された知識のなかで,新しいものを作り出すわけですが,そのときに10年20年先を見据えて先取りしていく。未来をどれだけ意識して新しいものを作るかということですね。単にたまったものを集めるっていうのは単に新しいものを作るだけのことであって,本当の意味での新しいものは未来を先取りしてこそできる

 筑波大学は,これまで「新構想大学」としてずっと新しいことをやろうとして来たわけだけど,今までのたまってきてるもので新しいことをやる,だけじゃだめなんですよ。一人一人が,自分たちは将来こういう大学にしたいんだって未来を先取りしていかないと。今度は「新構想大学」じゃなくて,「未来構想大学」であるってことだと思う。

R: 山田先生,お忙しい中貴重なお話をありがとうございました。つくばリポジトリは,未来を先取りするリポジトリであるとともに,未来構想大学の活動を支援するリポジトリを目指して,今後も努力してまいりたいと思います。

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2009年5月14日(木)

  • 聞き手:
    • 斎藤未夏(附属図書館情報管理課専門職員(リポジトリ))
    • 真中孝行(附属図書館情報管理課電子図書館係長)
  • 写真撮影:
    • 金藤伴成(附属図書館情報管理課電子図書館係主任)