筑波大学附属図書館報「つくばね」
私の一冊    綿抜 豊昭
「膝栗毛」はなぜ愛されたか : 糞味噌な江戸人たち
(講談社)〔中央、図情 913.55-J53〕

 クドカン監督,長瀬智也・中村七之助主演の「真夜中の弥次さん,喜多さん」の封切りにあわせたわけではないのだろうが,四月早々,もう一年も前に世に出た自著のことを本誌に書くようにとの依頼が図書館の企画渉外係からあった。館長の植松先生にもお世話になっているし,内心しぶしぶ引き受けた次第である。他の先生方の御高著と同じところでとりあげられるのは,はなはだお恥ずかしい限りの自著であるため,あまり語りたくないのだが,仕方ない。

国貞画「膝栗毛」浮世絵
 さて,本題となるわけだが,江戸時代に十返舎一九という作家がいて,弥次さん,喜多さんという,ど〜しょうもない連中が活躍する『東海道中膝栗毛』という,ふざけた作品さらには違う作家によって似たようなものもたくさん書かれた。ちょっと違うが,以前流行った「リング」のようなものである。本だけでなく,夏の歌舞伎の定番であった時期もあるし,映画もたくさん製作されたし,児童向けの雑誌の附録の双六にもなるし,といった具合で,「膝栗毛もの」というジャンルを形成したといってもよい。弥次さん,喜多さんは,いろいろなところで登場していたが,ここしばらくご無沙汰であった。

芳艶画「東海道中膝栗毛」
(伊勢と都のおゐはけ)
浮世絵
その点に注目し,この「膝栗毛もの」を一つの文化装置としてとらえて,「笑い」とは何か,といった日本の文化について,ろくでもないことをだらだらと付け加えて書いたものが本書である。少しはおもしろかったようで,読売新聞など,マスメディアで,ちょっとばかり取り上げてくれた。自分としては,オタク的に図版に凝ったので,そこを褒めて欲しかったのだが,世の中ママならぬものである。
 ありがたいことに,本学の学生が図書館にリクエストするものだから,寄贈した(お願いだから他の機関にリクエストしてくれ!)。出版社の手前,著者としては,購入して読んでもらいたい,といわざるをえない。読めば「ナントカの泉」的な知識は増えると確信しているが,核心は「こんな文化」があったということにある,と主張しておくことにする。


(わたぬき・とよあき 図書館情報メディア研究科教授)
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