筑波大学附属図書館報「つくばね」
私の一冊    土井隆義
〈非行少年〉の消滅 −個性神話と少年犯罪−
(信山社出版)〔中央 368.71-D83〕
表紙写真   本書は,近年の少年犯罪に見出される質的な特徴と,その特徴がもたらされた社会文化的な環境要因,そして少年犯罪に対する社会的な反応の近年の趨勢について考察を加えたものである。少年犯罪の原因を探ろうと試みた書物は世に多く出ているが,現代の少年犯罪を文化論的に,しかも体系的に論じたものはこれまでほとんどなかったと思われる。その意味で,本書は新たな研究領域を開拓したものと自負している。

  もとより各時代の少年犯罪の性質には,その時代に固有の社会環境が反映しているはずであるから,その意味では,本書もまた数ある原因論の一つといえなくもない。しかし,その原因論とは,ある少年がある犯罪に手を染めたのはなぜなのか,その個人的な動機を解明していく原因論とはまったく次元の異なったものである。集合現象として存在する社会的事実の性質は,集合現象のレベルにおいて解明されねばならない。それが,本書のとった基本的スタンスであった。

  私は,社会的事実としての犯罪を解明するにあたって,個人的な原因を追求していく姿勢にはいささか懐疑的である。そのような個人的原因論は,他の少年ではなく,なぜその少年が犯罪者となってしまったのか,その理由を説明することには確かに適していよう。しかし,そのような臨床的視点に立つかぎり,時代状況が変動していくにつれ,なぜあるタイプの少年犯罪が,統計的な規模で増えたり減ったりするのかを説明することはできないのではなかろうか。

  本書が目指したのは,文化的なタイプとして少年犯罪を描き出すことである。すなわち,現代の少年犯罪の特徴を,現代社会の文化的な特徴のなかに探ることである。なぜ,現代の少年犯罪には,過去には見られなかったような性質が顕在化しているのか。犯罪に手を染めた個々の少年たちの事情は,それぞれ違うはずなのに,それにもかかわらず,彼らの犯罪には,この時代に特有の共通性を見出すことができる。それは,個別具体的な動機をいくら解明したところで説明できる性質のものではない。

  本書は,近年の日本に見受けられる少年犯罪の特徴を,後期近代社会に特有な社会的性格の表われとして論じている。したがって,従来の意味での様々な原因論それ自体が,いわば研究のための素材として,本書では分析の俎上に乗せられている。本書の題名の非行少年に山括弧が付いているのも,私たちの経験的世界において,非行少年という従来のイメージにそぐわない少年犯罪が顕在化してきているという事実に加えて,私たちの観念的世界においても,社会的な非行概念で少年犯罪を理解することを放棄し,単純に異常な少年とみなす思考法が幅をきかせつつあるという危うい事態を含意させたかったからである。

  昨今の少年たちの「生きづらさ」に少しでもご関心をお持ちの方々に,ぜひご一読いただければと願っている。

(どい・たかよし 人文社会科学研究科助教授)
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