北脇信彦
携帯電話の加入数が固定電話を上回る勢いで伸びている,音楽はネットワークによる配信が主流になるかもしれないなど,マルチメディア通信技術が社会の仕組みを大きく変えようとしている。ディジタル音声・オーディオ技術は,このようなマルチメディア社会を支える重要な基盤技術である。その出発点は,1948年に発表されたShannonの論文"A mathematical theory of communication"であろう。Shannonはこの中で情報源符号化及び通信路符号化の理論について述べた。しかし,その後50年の符号化法に関する理論の発展とその応用は,Shannonの予想をはるかに上回るものだったに違いない。
私が筑波大学に来る前に勤めていた会社で,入社し
たときに薫陶をうけた板倉文忠博士(現名古屋大学教
授)は,世界ではじめて音声の分野に統計的ディジタル
信号処理理論を持ちこみ,低ビットレートでの音声符
号化方式を実現させた。この流れを受け継ぎ,私たち
のグループでは,インターネットなどで用いられてい
るITU国際標準音声符号化方式,MPEG国際標準音
楽符号化方式,わが国の携帯電話標準音声符号化方式
などを開発した。この本は,これらの方式の発明に携
わった研究者たちが分担執筆したものである。
この本では,音を収音し,伝送・蓄積・処理し,再
生する一連の過程をトータルなシステムとして捉えて
述べるとともに,それぞれの要素技術を体系的に解説
している。第1章では未来ネットワーク時代に向けた
ディジタル音声・オーディオ技術の果たす役割と基礎
技術,第2章は音声・オーディオ信号の符号化,第3
章では未来通信システムを構築する上で必要となるデ
ィジタルオーディオ・音響技術について,具体的シス
テムイメージを示しながら述べている。お役に立てれ
ば幸いである。
(きたわき・のぶひこ 電子・情報工学系教授)