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図書館の役割

板橋秀一

 私が現在の研究分野(音声情報処理)に関係するきっかけを与えてくれたのは,大学の図書館である。大学の3年生のときに,学科の図書室で何気なく「音声合成」に関する論文を見て非常に興味をひかれた。それは大学の附置研究所の紀要のようなものであったが,それが目に触れたことが,音声の研究に入る動機となった。種々の本や雑誌を教官や学生が手軽に手に取って見ることができるということは,とても大事なことと思う。

 図書館の機能を要約すれば,情報の保存と利用ということになろう。情報の保存のためには多数の図書を収蔵する必要があるが,利用の際の便宜を考えて,分類・整理をして適切な管理をしなければならない。これにはすべての図書を1か所(または数か所程度)に集めて保管する「集中配置」と多数の個所に分散して保管する「分散配置」の方式がある。筑波大学では(集中管理と呼んでいる)集中配置方式を取っているが,他の多くの大学では各学科毎に分散配置している。専門の研究者が手軽に利用できるという点では分散配置が良いが,他分野の資料を探すときは不便である。また分散配置方式では,どうしても複本(同じ本)数が多くなる。この矛盾を解決する有効な手段が電子化と言えよう。図書館の「電子化」は,検索用目録の電子化から始まって,図書の内容の電子化まであり,その範囲は広く捉えられている。内容の電子化まで進めば,図書館に出かけなくてもネットワークに接続された手近な端末から図書を検索利用することが可能になる。
 図書館の宿命は,収蔵すべき本は増加する一方で,減少することがないということである。これを解消するには二つの方法が考えられる。

  1. 収蔵容積を増す。
  2. 収蔵対象を減らす。
 (1)はもちろん必要であるが,無制限に大きくするわけにはいかないので,どこかで限界が来ると考えなければならない。(2)には次のように幾つかの方法が考えられる。
(2.1) 必要度の低い本を棄てる
(2.2) 複数ある本を1冊だけにする
(2.3) 共同保管を図る
(2.4) 保管形態を変える
(2.1)は完全には実施できない。まれにしか見ない本ほど図書館のようなところで保存すべきものと考えられるからである。(2.2)は実施可能であり,集中配置もその一つである。しかし,利用上の便宜を考えると,全てにわたって実施する訳にはいかない。(2.2)をさらに発展させたものが(2.3)である。同じ本や雑誌を全国の図書館が全部保管しておく必要はないであろうということから, 共同利用を想定した保存図書館の構想がある。この考えを発展させれば,図書館によってそれぞれ専門を分担するということもできよう。ただしその実現のためには高速で正確な検索手段と,書籍の高速搬送手段が必要になる。これを実現する有力な方法の一つが電子化であろう。(2.4)はマイクロフィルムやマイクロフィッシュとしてすでに実現されているが,電子化はその発展形態と考えることができる。
 「電子化」のメリットとしては,以下のようなことが上げられる。
  1. 保管容積の減少
  2. 遠隔から多数の人の利用が可能になる
  3. 索引の作成・検索が容易になる
  4. 文字・画像・音声等の統合処理が可能
電子化する場合,文字化できないものは画像として保存することになるが,その場合,画像取り込みの精細度(解像度)が問題となる。もちろん,解像度は高い程良いのであるが,そうなると記憶容量や検索時間が大きくなるので,どこかで妥協する必要がある。全部一律ではなく,対象,目的,必要性等によって何段階かに区別する必要があるだろう。
 研究分野を大まかに理系と文系に分けて考えると,理系においては図書によって与えられる情報つまり図書の内容が必要とされるのに対して,文系では内容によって与えられる情報はもちろんのこと,図書それ自身も研究対象になり得る性格を持っている。このため,理系では電子化しても特に大きな問題は生じないが,文系の場合は「現物」を手にすることができないということが大きな問題となる。文系の研究者にとって図書は実験材料であり,図書館は実験室ということもできよう。
 このように文系の研究者にとって電子化は必ずしも十分に満足できる環境ではないかも知れないが,それでも私は電子化によるメリットは大きいと思う。それは,いわゆる「貴重本」の利用の道が大きく開かれる可能性があるからである。例えば日本に1冊しかない本を図書館外に持ち出して利用することは殆ど不可能に近いと思われるが,これを高精細画像として電子化すれば,インターネットに接続されたどこの図書館あるいは端末からでも利用することが可能になる。もちろん現物を実際に手に取って,例えば,和装本の場合,二つに折りたたまれた頁の裏面を見たりすることはできないかも知れないが,「内容」を見ることは十分に可能である。これだけでも電子化のメリットは十分にあると考えられる。
 図書館の電子化にかかわるもう一つの大きな問題は複写(コピー)である。大学図書館では,著作権法により著作権のある所蔵資料を一定の範囲で複製することが認められている。電子化により,コピーが無制限に行われる可能性が生じる。電子化の場合,本物とコピーの間に品質上の違いは全くないという点が,従来のコピーの状況と異なる点である。このような背景から,ディジタル時代に対応した著作権の考え方が求められているところである。利用者は著作権については十分配慮する必要がある。
 図書館の電子化が進んだとしても,冊子体の本の必要性が全く無くなることはないであろう。冊子体の本をぱらぱらとめくる感じで頁を進めることができる「電子図書」ができたとき,電子化の完成と言えるかもしれない。

 筑波大学図書館は,蔵書数約204万冊,雑誌17,632種類,入館者数年間約88万人と,全国有数の規模を誇っている(平成10年度統計)。本学図書館の特徴としては,集中管理,全面開架,休日開館,ボランティアの導入等が上げられる。また,本学では大学図書館の中でも先導的に電子化を進めている。このような本学の図書館を,研究・教育に有効に活用していただきたい。

(いたばし・しゅういち 附属図書館長)


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Last updated: 1999/06/23