Readingバトン(稲葉信子 芸術系教授)

2015年8月18日
Readingバトン -教員から筑波大生へのmessage-
関根先生に続く第20走者として、稲葉信子 芸術系教授から寄稿いただきました。

 

 

Pick Up
『反骨の公務員、町をみがく : 内子町・岡田文淑の町並み、村並み保存』森まゆみ著. 亜紀書房, 2014.5【所在:体芸、分類:318.783-Mo45】

Book Review
 いままで様々な人に出会い、教えられて生きてきた。大学では建築学を学び、そして文化庁に職を得て、わたしの社会との接点は文化財建造物の保存の仕事から始まった。たまたま日本が世界遺産条約を批准した時であったから、その関係の仕事をしているうちに、次第に仕事の中身が国際にシフトしていって、国際機関などを経てそしていまは本学で世界遺産学を教えている。
 これまでに、紛争地を含めて世界のいろいろなところをまわってきた。遺産保護の仕事は、保護される建築や遺跡、美術などモノと向き合っているだけでは終わらない。それぞれの現場で人々の声に耳を傾けることで、そこから初めて問題が見えてくる。極貧のアジアの田舎で、アフリカの電気も水道もない小さな集落で、わたしの仕事を支えてきたのは、日本で文化財の仕事をしてきて、そこでお会いすることができて、そして学んできた日本の先輩たちの声である。
 この本に登場する岡田文淑さんもそうした人の一人である。岡田さんは、愛媛県にある内子町で、町並み保存の仕事をしてきた役場の人である。わたしが岡田さんから聞いて、そして忘れないでいる言葉は、「僕は役場の行き帰りには、町並み保存地区を必ず歩いて通るんだ。そうして住んでいる人と毎日顔をあわせていれば、何が問題か、何が必要か見えてくる」。
つい最近、岡田さんに再びお会いできる機会を得た。友人の東京大学・村松伸教授が進めている「なかなか遺産」という、遺産価値の権威づけとは離れたところで行っている面白い活動のお手伝いで、内子を訪ねる機会ができたからである。役場はもう退職されているが、お元気でいらして嬉しかった。内子では地元で醸造業を営んでおられる森さんという方が、可愛らしい映画館(そこが「なかなか」の所以)の保存の仕事をまったく民間の努力でしておられる。そうした人をひとりでも多く世界各地で育てていくこと。それが地域における遺産保護の重要な仕事であると考えて、日本の各地で学ばせていただいたことを頼りに、国際の場でも仕事をしてきた。
あの町にはあの人が、この村にはこの人がいる。遺産保護の仕事でまず思い浮かべるのは人とそのネットワーク。世界遺産だからといって、高尚な歴史研究と最先端の技術だけでその保存が行われているわけではない。大事なのは、もっとも遺産に近い地元の町や村での仕事。公共か民間かは問わないが、多くのことがそうした地元の人々の地道な努力に支えられていることを、筑波大学のみなさんにも知ってもらいたいと思ってこの本を選んだ。

■次は、谷口陽子先生(人文社会系准教授)です。