教員著作紹介コメント(島田 康行先生)

ブックコメントのアイコン島田 康行先生(人文社会系)よりご著書の紹介コメントをいただきました。

【本の情報】
『ライティングの高大接続 : 高校・大学で「書くこと」を教える人たちへ 』渡辺哲司, 島田康行著 東京 : ひつじ書房, 2017.6 【分類375.86-W46】

【コメント】
 一人の学生にとって一連・一体のものであるべきライティング教育が、高校と大学の双方で、独立的かつ自己完結的に、断絶や重複を露呈しつつ行われています。そこで本書では、高・大の間でつながりの悪いところはどこか、なぜそうなっているのか、どうつなげばよいかを、教師の視点から考えてみました。高卒者の半数以上が大学生となる現代日本のライティング教育の内容を、高校から大学へと続く一体のものとして、単なるハウツーを超えて論じます。
 私にとって、このテーマでは『「書ける」大学生に育てる―AO入試現場からの提言』(2012)以来の著作です。共著者の渡辺には『大学への文章学 コミュニケーション手段としてのレポート・小論文』(2015)『「書くのが苦手」をみきわめる―大学新入生の文章表現力向上をめざして』(2010)の著作もあります。


教員著作紹介コメント(鬼界 彰夫先生)

ブックコメントのアイコン鬼界 彰夫先生(人文社会系)よりご著書の紹介コメントをいただきました。

【本の情報】
『生き方と哲学』鬼界彰夫著.東京 : 講談社, 2011.7

【分類114.2-Ki21】

【コメント】
本書は、生き方に悩む若者が、自分の生き方についてみずから真剣に、そして哲学的に考察するための手引きとして書かれた。大学での学生指導において、そうした手引きを必要としている学生に幾度かであったことが本書執筆の直接の動機だった。彼らが本当に必要としていたのは、誰かに助けてもらうことではなく、自らの思考により自らを暗闇から救い出し、光を見出すことだった。だがそれは困難なことである。とりわけ、どのように考えればよいのか、どのように考え始めればよいのか、しかもそれを、他人の言葉に従うのでなく、自分自身の思考により見出すことは、若者にとって(そして誰にとっても)極めて難しいことである。私が本書で試みたのは、これまでに私が出会った数々の哲学者の中で、こうした営みに正面から挑み、それによって生き続けることのできた哲学者の実際の思考例、格闘例を手本にしながら、自らがそうした営みに挑まざるを得ない若者の手掛かりとなるような、導き、ガイド、手助け、ヒントを示すことだった。こうしたヒントを現に切実に必要としている学生諸君の手に本書が取られ、なんらかの助けになるなら、著者である私自身の生も君たちの行為の光によって再度照らされるだろう。


教員著作紹介コメント(高橋 義雄先生)

ブックコメントのアイコン高橋 義雄先生(体育系)よりご著書の紹介コメントをいただきました。

【本の情報】
『国際スポーツ組織で働こう! : 世界の最先端スポーツ大学院でマネジメントを学ぶ』つくば国際スポーツアカデミー・アソシエーション(TIAS)編 ; 塚本拓也 [ほか] 著. 日経BPマーケティング (発売), 2016.12【分類780.7-Ts66 】

【コメント】
筑波大学の学生の皆さんが、選手やコーチではなく、スポーツ組織で職員として働くという選択肢は、就活でも考えることがないと思います。さらにそれが国際オリンピック委員会や国際サッカー連盟のような国際スポーツ組織となるとなおさらかもしれません。しかし近年、国際的なスポーツ組織で職員として働く日本人が出てくるようになりました。この本ではそうした日本人のインタビューと、国際スポーツ組織に就職するために有利なヨーロッパの大学院を紹介しています。世界のスポーツ組織の職員となることも夢ではありません。ぜひ本書を読んでヒントをつかんでください。


教員著作紹介コメント(Timur Dadabaev先生)

ブックコメントのアイコンTimur Dadabaev先生(人文社会系)よりご著書の紹介コメントをいただきました。

【本の情報】
『Kazakhstan, Kyrgyzstan, and Uzbekistan : life and politics during the Soviet era 』Timur Dadabaev, Hisao Komatsu, editors. Palgrave Macmillan, c2017【分類229.6-D12】

【コメント】

これまでの旧ソ連中央アジア地域に関する歴史研究は、主に資料を中心に構成されており、人々の声や彼らが経験してきたことは無視されることが多かった。しかし、時代の政治的なイデオロギーを多く反映する歴史資料に、人々の経験に関する記憶を加えて検討することで、時代と様々な出来事をはじめて説明することができるようになるのではないだろうか。本書では、そのようなカザフスタン、キルギスとウズベキスタンの人々の記憶を提供することで、ソ連時代の複雑さをより客観的に理解できるようになることへの貢献を目指した。
 本研究の回答者の証言から読み取れる過去(ソ連時代に対する)ノスタルジーが興味深い現象である。国民がソ連時代にノスタルジーを抱く理由は、主に二つ挙げられる。一つは、過去に対するノスタルジーがカザフスタン、キルギス、ウズベキスタンのみならず、どこの国の人にも共通するものであることである。それは、自分がまだ若く様々なことに挑戦していた時代に戻りたい、という気持ちから生じると思われる。
 二つ目には、旧ソ連を構成していた中央アジアのウズベキスタン、カザフスタンとキルギスの人々が持つ特殊性である。すなわち、自分たちがこれまで経験してきた出来事、政治体制、社会などに関する感情に基づいた懐かしさである。間接的ではあるものの、そのような懐かしさは単に過去に対する憧れだけでなく、現在の生活に対する不満も物語っている。彼らの多くは自分たちの現時点での生活や経済・社会状況の観点から当時を思い出し、ノスタルジーを感じ、ソ連時代を非常に高く評価する。具体的には、ソビエト的な価値観、社会制度、生活の安定感、人々の仕事やお互いに対する関係に見られた規律、高水準の労働や教育、そしてソ連の一部を構成しているという誇りがその理由としてよく挙げられる。これらが人々の中に未だに残るソ連時代の魅力とこの時代に対する愛着の要因となっている。

ダダバエフ ティムールと小松久男、 Kazakhstan, Kyrgyzstan, and Uzbekistan: Life and Politics during the Soviet Era, NY: Palgrave Macmillan, 2017年1月刊行
http://www.palgrave.com/jp/book/9781137522351


教員著作紹介コメント(Timur Dadabaev先生)

ブックコメントのアイコンTimur Dadabaev先生(人文社会系)よりご著書の紹介コメントをいただきました。

【本の情報】
『Social Capital Construction and Governance in Central Asia : Communities and NGOs in post-Soviet Uzbekistan 』Timur Dadabaev, Murod Ismailov, Yutaka Tsujinaka, editors. Palgrave Mac, c2017【分類312.296-D12】

【コメント】
出版社HP:http://www.palgrave.com/gp/book/9781137522337
目次は以下を参照。
https://www.academia.edu/30849761/_1_2017_Social_Capital_Construction_and_Governance_in_Central_Asia_Communities_and_NGOs_in_post-Soviet_Uzbekistan_Co-edited_with_Tsujinaka_Yutaka_and_Murod_Ismailov._NY_Palgrave_Macmillan._ISBN_978-1-137-52233-7_

本書の目的は社会主義時代以降の中央アジアにおけるソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の構築過程とその諸問題を、ウズベキスタンの事例を通して理解することである。同時に、本書の主な分析対象は2016年9月に死亡したウズベキスタン初代大統領カリモフの時代であり、彼の政権下におけるソーシャル・キャピタルの構築の試みに焦点をあてる。
 1991年のソビエト連邦崩壊以降のウズベキスタンにおける政治改革に関する評価は様々であり、研究者間で多様な議論を引き起こしている。一方で、初代大統領の貢献として、ウズベキスタンの政治的な安定維持と過激イスラーム思想の普及阻止があげられる一方、彼の政権への批判点として、国内のガバナンス問題、人権問題、横領問題などがあげられる。その意味で、独立後26年を経過しながら依然として長期的な安定性をもつ一方、国民を意識した政治制度が確立されていないことは、ウズベキスタンが抱える問題である。
 同時に、初代大統領が構築しようとしたソーシャル・キャピタルモデルの分析が未だ十分に行われておらず、本書はまずこれまでのウズベキスタンにおける市民組織を取り上げ、これらの組織と国家の関係、権限の分け方、それらに関する多様な問題についての説明を試みる。本書の狙いは、これらの課題への結論を出すことではなく、むしろこれらの問題についての議論を呼びかけ、現地の視線と海外からの見方を融合させることにある。本書の各章における結論は暫定的なものであり、著者としてこれらが更なる研究のきっかけになればよいと思っている。本書は単にウズベキスタンの現状を把握することだけでなく、中央アジア・ウズベキスタンの事例を、ソーシャル・キャピタルの理論に位置づけ、日本の自治会との比較も試みている。これらを通して、中央アジアのソーシャル・キャピタルの実情をより広い観点から考えられるように工夫をしている。