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図書館情報メディア開発基板論

松浦克昌

 知識とは人間が時代を超えて行った情報活動の結果として獲得した役に立つ記憶である.
 図書館とはこれらの知識を蓄積,保存,活用する施設である.知識を蓄積,保存,利用するための情報メディアはデジタルIT革命で大きく変容しつつあるが,獲得した知識を用いて行う情報活動は人間活動そのものである.人間学である図書館情報学の本質的なものは普遍と言える.こうした中で情報メディア研究科における図書館情報メディア開発基盤論の位置づけを自分流の立場から考えてみる.
 知的機械システム論は図書館情報学研究科で行っていた講義科目である.ここでは人間のように環境変化に柔軟に適応する知的機械システムのコンピュータ上での仮想的実現を目指し,これらのシステムを開発するための基盤技術である人工知能を論じ,力学・制御なども論じる.
 ここで先ず”人間のように知的”について考える.知的の知は知覚,知識,知能などを意味する.これらは人間の頭の働きを表す言葉である.視覚,聴覚などの知覚システムや認知情報処理システムを説明する言葉である.脳システムを説明するとよく似た言葉の意味が比較的クリアになる.知覚からの信号(データ)は短期記憶上で情報となる.脳は長期記憶と呼ばれる働きがある.長期記憶は人間の経験や学習で得られた知識をニューロン上に分散した形で長期保存し,活用する働きを持つ.短期記憶上での情報は情況,意味のある知らせである.ひと固まりのデータが示す傾向である.情報は知識の一種ではあるが今もたらされたニュースであり,(能)動的である.長期記憶における知識は受動的,静的である.生きてゆくために必要な知識である.長期利用に供する知識である.知覚を介して短期記憶にもたらされた情報はヒューリスティックに長期記憶の関連知識を呼び出し,これらの知識を用いて情報を認識する.これが脳の認知システムの働きであるが,人間の脳はこの認識,理解に基づいた固体生存のための判断を行い,行動を起こす.行動とは情報を発信することである.また知能とは学習,理解,推論能力などであるが,知能の実体は記号処理能力だといわれている.人間の脳は記号処理システムであり,記号を用いて思考する.記号の集まりである言葉を用いて情報の受け渡しを行い,生きている.
 短期記憶上の情報は長期記憶に知識として記憶され,活用されるが,人間からの情報発信は情報メディアを介して社会に知識を記録する.社会での一般的な知識の形成は認知システムと同じである.先ず問題が発生するとデータをとる.情報はデータを分類,整理することで得られる.例えば市場調査をする.アンケート結果を集めて整理し,市場の傾向を探る.これが情報である.この情報は経験やいろいろな知識とヒューリスティックに照らし合わせて検討され,市場ニーズなど情報の意味・状況を知る.この結果として新しい情報が発信され,知識としても蓄積される.知識が蓄積されてくると異なる分野を跨いで類似の知識がでてくる.統一化のための抽象化で新しい知識が形成される.さらに時代を超え,空間を超え,人を超えて知識の根源に向けての情報活動がなされ,知識の普遍化,真理,原理,法則などが導かれる.
 図書館情報メディア開発基盤論においてはこの”知的”をコンピュータ上で実現し,人工知能開発のための基盤を1つの柱として論じる.脳細胞ネットワークの数学モデルであるニューラルネットワークや人間の認知システムを模擬した知識システム,ファジィ推論システムなどを用いて,学習,パターン理解,推論能力のコンピュータ上での実現を論じる.
多次元パターンを対象とした学習,パターン理解はニューラルネットワークが適しているが,学習に時間がかかる.この点多次元むきではないが,エキスパートシステムの一種であるファジイ推論制御の切れ味は鋭い.最近では両者の融合や新しいAI手法との融合も盛んである.人工知能分野の研究は言語理解なども含めて大きな広がりを持つが,本基盤論では知的機械システムをコンピュータ上に数学モデルとして表現し,これを知的制御の対象として論じる.この場合の基盤論は力学・制御理論であり,数学モデルをコンピュータ上で実現するための数値解析・積分理論である.コンピュータ上に,あるいはウェブ上にグラフィカルに,動画的マルチメディアに表現するソフト理論も基盤の1つと言える.
 図書館情報メディア開発基盤論ではある程度具体的な研究例にそって論を進める.今のところ具体例としては技術交流つくば2000(1/21・22,つくば国際会議場で開催)で展示した ”人間の芸のコンピュータシミュレーション”で配布したファジィ制御論文3編を用いている.論文の中身は全て倒立振子のファジィ制御である.倒立振子は掌上に籍を立てる人間の芸としてポピュラーであり,'60年代より制御理論のベンチマークテストモデルとして多数論文が書かれている.このような情況で論文を纏めるにはオリジナルな視点が必要になる.倒立振子の問題は振子の倒立点まわり倒立安定化の制御である.通常この運動モデルは台車と振子からなり,台車の横方向の動きを制御して振子の落下を防ぎ,振子の倒立安定化を行う.研究初期には振子の倒立安定化だけが論じられたが,その後振子の倒立安定化と台車の位置決め制御を両立させる制御問題となった.振子の倒立安定化だけの場合は振子の角度を0になるように制御すればよいのであるが,振子の角速度が大きいと時間が経つと角度が変わる.このため振子の角度と角速度を両方0になるよう台車の動きを制御する必要がある.この場合は台車の位置は不確定である.台車を原点に位置決めする場合は台車の変位および速度も同時に0になるよう台車の動きを制御する必要がある.結局振子の角度と角速度,台車の変位および速度の4変数が全て0になるように台車の動きを与える制御問題となる.早い時期からニューラルネットワークが適用され,切り替え制御なども試みられたが,4変数制御の場合は運動系を線形化して現代制御理論が適用された.ファジィ制御も行われ,何れも良好な結果が得られている.
 このような情況下で本基盤論におけるファジィ制御論文3編のオリジナルなアイデアは何か,人間の常識に基づく制御方式にある.この場合,台車の動きは振子を倒立安定化するためだけに使う.振子の倒立状態はその角度と角速度で決まる.両者0に近い場合は台車は静止し,両者とも正か負の時は振子が倒れつつあるからその方向に台車を制御する.2変数と台車の動きの関係は大小正負などの言葉を使うファジィルールで表現する.ルールは常識的に書かれるが,oもう1つこの制御では経験的常識が関係する.台車のモータは振子倒立専用のため台車を原点復帰させる動力がない.掌上の策を移動する場合は先ず移動方向に籍を傾けて移動する.台車の状態はその変位と速度で決まるから,この2変数を入力とし,振子を傾ける角度を出力とするファジイ制御器を設け,この出力を振子角度の外乱として与える.これでうまく行くが,この手法は3論文共通である.但し中身は振子の垂れ下がり状態からの自然な振り上げや台車の代わりに回転アームを用いた倒立振子芸である.人間の芸によく似た動作を多く含む新しいファジィ制御である.
 研究ではオリジナリティが大切であるが,先ずは勉強であり,いろいろな論文を読み,比較検討することも重要である.なお,字数の関係で文献は割愛した.ご了解下さい.
本学教授
Basis Theory for Development of Library & Information Media, by Katsumasa MATSUURA


Last updated: 2000/10/03