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ローマでの研究生活

藤井 敦

 1999年4月15日より,半年間,共同研究のためローマの大学へ赴いた.先方から誘いがあり,私の専門が彼らのプロジェクトに役立つという.忙しい時期だったにも関わらず,周囲の理解や助けもあって無事成田を出発できた.
 私が知る限りローマには3つの大学がある.最も歴史がある「La Sapienza」(学問の意),次に古「Tor Vergata」(地名に由来),最新の「Terzo」(3番目の意).
 このうち私がいたTor Vergataは,ローマ市街地よりはワインの産地として知られるFrascatiにむしろ近く,郊外の広野に研究棟がポツポツと建ち並ぶ大学院大学的存在である.
 アパートでは2人のルームメイトと台所,バスを共用した.どちらもLa Sapienzaの学生だが,英語は全くできなかった.EU加盟国ならどこでも英語が通じると考えてはいけない.以前3回旅行したものの,イタリア語の心得はなかった.しかし,教科書の例文を覚え,辞書を使ってとにかく彼らとイタリア語で“会話”した.
 朝は近所のバールで軽い朝食をとってから路面電車と徒歩で40分ほどかけて大学へ行った.バール(bar)とは主にコーヒーを飲む所.日本の喫茶店のように座ってダラダラ過ごしたりしない.立ったままエスプレッソやカプチーノを引っかけて大抵の客 は足早に去っていく.
 イタリア一番の働き者はパールの店員だと思う.一杯100円ほどのコーヒーのために朝から晩まで動き回っている.観光客を当て込んだ高い店以外では,イタリア人よろしくチップを置くようにした.お釣が返されるタイミングを狙って「Va bene.(いや結構)」と言えればちょっとしたものだ.
 大学では,持参したパソコンのおかげで日本語メールも使え,図情大の卒論生からは毎週研究の進捗状況を聞いていた.日本よりも7〜8時間ほど遅れており,朝一番の作業は日本からのメールをさばくこと.その後で現地での研究と日本から持ち込んだ 研究を並行していた.
 共同研究のスタッフは,教授・助手各1名と博士課程の学生数名.彼らとの会合は不定期.日本人とは異なる時空間で生活しているからだ.彼らが 「5分後」と言えば明日.「来週」と言われたら,しつこく催促でもしない限り永久に来ない.
 要は時間軸も自在に操る4次元人,いや逆戻りはできないから3.5次元人か.対してこちらは顔の凹凸がはっきりしない平面2次元人.この差引1.5次元の隔たりを克服するのが異文化コミュニケーションなるものか?
 冗談はさておき,日本人から見れば数世代前のコンピュータで彼らは実によくやっていた.自然言語の計算機処理を中心に,ヨーロッパ言語を対象とした構文・意味解析の基礎研究から,新聞記事の内容抽出・理解の応用研究まで幅広く手掛けている.とりわけ 「情報抽出」と呼ばれる自然言語理解の研究分野では有名なグループである.
 国からの研究費はあまり当てにできず,予算を取るためにEUのプロジェクトに積極的に参加していた.私が関わったのもそのうちの一つで,ロイター(Reuter)の記事を内容に基づいて自動分類・配信するシステムの構築が目的.私は単語の多義性解消 に関する研究で博士号を取得した経緯があるので,自動分類における意味情報の導入に関する研究を坦当していた.
 滞在期間も本稿の字数も残り少なくなったので,共同研究にひとまず区切りをつけ,成果発表も含めた今後の展開について話をまとめて,10月13日Flumicino空港を発った.
 今はもう2000年.一時のミレニアム熱も冷めたと思しき2月上旬,ローマから小包が届いた.私の論文が現地で刊行されたので冊子体をわざわざ送ってくれたのだ1
 イタリア語でお礼のメールでも書いてみようかな.


1Atsushi Fujii and Tetsuya Ishikawa. Japanese/English Cross-Language Information Retrieval. Technical Report RR-00.23, University of Roma. Tor Vergata, Jan. 2000.
本学助手
Academic Life in Rome, by Atsushi FUJII