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おかん婆さん? 女性人名辞典について

山本順一

”おかん婆さん”って,ご存じでしょうか. 

 生年不詳〜享保15(1730)年9月4日死亡.
 紀伊国に生まれる.晩年,下総国葛飾郡泉村(千葉県沼南町)に住む.なぜか,地元の人々に嫌われ,「おかんばばあ」とののしられ,鷲津谷村(沼南町)の人からは厚遇された.おかんは「泉村で倉を建てたら焼いてやる」と言い残して死ぬ.誰もこの言葉を信じなかったが,泉村に新しい倉が建つと火災にあうので,村民は染井入堤に地蔵尊を建て,おかん婆さんの供養をした.以来倉は焼けなくなった.

 おかん婆さんについては,『日本女性人名辞典』(芳賀登ほか監修,日本図書センター,1993)[281.03:H-12]のp.229に上のように紹介されています.このレファレンス・トゥールには,古代から現代まで,約7,000人の女性が収録されています.冒頭に,‘従来軽視されてきた階層や立場の女性を積極的にとりあげたと’あります.
図書館におけるレファレンス・サービスでは,定番の参考質問のほかにとんでもない質問が寄せられることは事実です.また,生涯学習社会の深まりとともに歴史上のマイナーな人物について研究されることも多くなりました.しかし,一般に,この ”おかん婆さん”に対する情報ニーズはどのような形で発生し,どのような手段で満たされるのが望ましいのでしょうか
.全体で1274p.に達する大冊のこのトゥールで,シッカリとした史実にもとづき記述された女性の数はあまりにも少ないのです.
 古来,女性は,伝説の‘アマゾネス'や,クレオパトラ,楊貴妃などのように政治権力とかかわりをもった場合等を除いて,歴史の前面にその存在を明らかにすることはなく,特定の男性(たち)を手玉にとり,歴史を裏側から動かしてきたのです.無理をして,”おかん婆さん”まで取り上げるトゥールを作る必要があるのでしょうか.
 レファレンス・トゥールにも,時代が反映します.近年になって,にわかにこの手のトゥールが増えました.本学の附属図書館にも,上に取り上げた「日本女性人名辞典」のほか,現代に生きる日本女性を対象とした『日本淑女録』(東京興信所,1987)[281.03:To‐46]や『現代日本女性人名録』(日外アソシエーツ,1996)[281.03:N‐71]が所蔵され,そのほか『読書案内・伝記編 日本の女性」(日外アソシエーツ,1995)[281.03:N‐71]や「明治婦人録」(2冊,日本図書センター,1988:石田常太郎著『大日本婦人録』婦女通信社,1908の復刻)[281.03:I−72]があります.『日本淑女録』には,私のタイプのひとりである大原麗子が顔写真つきで出ています(1946年11月23日生.東京都小石川区丸山町出身).
 明治以降の現代女性を対象としたトゥールについては,収録された個々の女性の生きざまに社会の構造変化が映し出されていて,見ていて飽きることがありません.
 家庭ではカミサンに給料を召しあげられたうえ抑圧され,職場(=図書館情報大学)では言うことをきかない女子学生たちに振り回されている私としては,収録・採録する基準が従来の人名辞典とは異なり,憲法14条が保障する両性の‘法の下の平等’の精神?を逸脱したこの手のトゥールや出版物を苦々しく思いつつも,しかし結構楽しみながらながめています.


Grandma Okan? About Who's Who Ladies, by Jun'ichi YAMAMOTO

本学助教授