表紙へ     前の記事    次の記事

「機械振動学」とは何か

松浦克昌

 物を叩くと音がでる。その音の高さや音色は形状や材質で異なる。振動論の立場からはこの固有の音の高さすなわち周波数を固有振動数と呼ぶ。
 大型の発電機やタービン、脱水機などを回転機と呼ぶ。回転機にも固有振動数がある。周波数が数ヘルツ以下と低い場合には音としては聞こえないが、回転機の増減速過程で回転部を含む機械本体が急に大きな振動を生じる場合がある。これは回転機の固有振動数とロータ回転速度が一致することによって生じるもので、この回転速度を危険速度と呼ぶ。
 危険速度では大きな変位の発生によって回転軸が変形、衝突したり、壊れる場合がある。このため、大容量発電機やモータでは1次の危険速度を定常運転速度より十分大きく設計し、回転速度と危険速度の共振を避ける配慮がなされる。またこの場合は回転機の釣合わせを十分精度よく行い、定常運転時の遠心力をできるだけ小さく抑える工夫が行われる。
 一方、クリーナのように超高速で運転が必要な場合や脱水機のごとく脱水時に生じる不釣合いが運転毎に大きく変化する回転質量不均一系においては、その定常運転時に生じる遠心力が巨大となる。機械振動論ではこのような場合は危険速度をできるだけ小さく抑え、定常運転速度を危険速度より十分大きく離れるよう設計することを教える。この理由は振動理論のもっとも根幹をなす振動位相遅れとの関係で説明されるが、これは兎も角として、この場合のロータは定常運転に至る過程で危険速度を通過する必要が生じる。ロータが危険速度を通過するときの設計問題の第一は最大変位とロータ負荷の評価である。最大変位は外枠とロータの空隙を決定し、ロータ負荷は駆動源の大きさを決定する。定常運転では偏心量に相当する定常振動変位が残るから振動は外部に伝達される。結局、所要速度を満たすコンパクトで静粛な回転機械を実現するためには危険速度を通過するときの変位や負荷の最大値を抑えることと、定常運転時の振動伝達や負荷の低減が必要であり、振動論的に危険速度、ロータの釣合わせ、ロータ駆動源、系の減衰比率などを実用最適値に設計・設定する必要がある。
 「Vibration Prob1ems in Engineering」は1928年発行のS.Timoshenkoの力作である。振動工学の教科書兼参考書として世界的名著であり、我国では昭和7年(1932)発刊の妹沢克惟著「振動学」において“Timoshenkoの教科書”として引用記述されている。因みにこの「振動学」は当時の振動学の先端的世界を網羅した大著である。
 第2版(1937)を経てTimoshenkoの第3版は1955年に改訂され、1年後邦訳、「工業振動学」(東京図KK)が発刊されているが、この3版では2版までにあったLagrangeの式が完全に削除され、運動方程式の導出はすべてd'Ambertの原理、即ち慣性力を含めた力の平衡式に置いている。確実ではあるが運動方程式の導出に手間のかかる前者の手法に対して、後者の手法は力の方向を考える必要はあるが式の導出が直感的であり、簡単な対象系に対して簡便である。学生にも読みやすくがTimoshenkoの改訂の意図であるが、これは2版以後の世界的な流れであり、坪井忠二著「振動論」(s17)でもこの傾向が明白である。
 今では機械の設計は振動系と駆動源の相互作用を考慮して行うのが常識であり、さらにロボットなど複雑な機構をマイコン制御するメカトロニクス時代を背景として、複雑な系の運動記述を確実に行えるLagrangeの式の重要度は大きく増している。古い振動学の教科書は内容的には加筆・改訂を多々必要とするのは当然であるが、根元的な所で教えられるところが多く、味わい深い。


本学教授 What is“Vibration Prob1ems in Engineering. by Katsumasa Matsuura