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イエール大学法律図書館の精神

原 秀成

 米国イエール大学法律大学院(Yale Law School)において,1994年8月20日から客員研究員として1学年度の在外研究を行った.この論説は,ロースクールにおける図書館の役割と特色を報告し,制度や文化の異なる日本における適用の可能性を論ずるものである.
(1) 勉学・交友の中心に位置する図書館
 Yale Law Schoolは1994年度にはHarvard Law School(1)を抜き,全米第一位の法律大学院と評価された.ロースクールでは,一学年200人という家庭的な雰囲気の中で,構成員の自主性を尊重した人権尊重の教育が実践されている.ニューヨークよりも治安が悪い街中での社会的弱者のための法律相談実習,良い法律家を育てるという信念のもとでの法律家の倫理の講義演習,学生による法律雑誌の編集などである.こうした諸活動の中心としてYale Law Libraryは機能している.また米国東海岸沿いの美しい街New Havenに,音楽・美術・建築専門の学科と同じキャンパスにあり,実用性と美的感覚の均衡をうまくとっている.ロースクールの建物(Sterling Law Building)は,1930年にゴシック様式の教会と19世紀米国の図書館の伝統をふまえ建設された(2).法律図書館(Lillian Goldman Library)は3階の英米法図書館と地下の国際法図書館とに二分される.現在両者を一体化しようとして改築中である.
 英米法図書館はこの建物の中心に位置し,研究室や教室やYale Law Journal誌の編集室などから入りやすくなっている.美しい彫刻の施された閲覧室の天井は高く(39feet,約12メートル)広々として(212*36feet)(3),休息用のソファーもあり居心地がよい.52枚のステンドグラスを通した朝昼の光,近くの教会の夕方の鐘の音,深夜の穏やかな照明は,24時間開館の図書館をさらに魅力的なものにしている.そのため教員・学生とも,図書館中心の生活を自然に送るようになるという心憎い設計だ.同窓生のクリントン大統領とヒラリー夫人はこの図書館で親しくなったという逸話も納得できた.
 蔵書量はマイクロ資料を含め80万冊以上(4)で,適度に複本があり,貸出中のものも数日待てば借りられる.コピー機のそばや共用机に置いた本は,一日数回貸出担当の図書館員がもとの書架に戻すことになっている.全体として蔵書と空間が有効に活用されている.こうした感じを受けるのは,Librarian for Collection and Space Managementの存在とその腕にかかっているのだろう.
 イエール大学の36の学科図書館と4つの共同図書館に配置された950万冊の全米第2位を誇る蔵書については“Eli Express”と呼ばれる相互貸借制度および全米の大学の図書の相互貸借制度がある.後者につき州外からであっても1週間ほどで届くことが多く迅速であった.在籍の者には専用机あるいは個室(Study carrel)が与えられ,貸出冊数に制限はない.
(2) 図書館員の役割
 建物と蔵書という物的資源が恵まれ,勉学の中心となっているばかりではない.15人の司書(5)と貸出担当の図書館員は,教育・研究を担う一員であり,多くの場面で学生・教員のサポートをしている.図書館員の専門性は緊張と自由の中で確保されている.Reference librarianは,昼夜交代で夜11時まで利用者の質問に応じる.彼らは法律文献データベースの利用法と有機的に組み合わせた,米国内法と国際法の2系列のLegal Research Methodなどの授業を担当する.また専門分野別の講習会を随時開催する.司書の中には教授になり,また学校行政に参加する人もいる.例えば月曜昼の教授研究会(Faculty Workshop)など数種類の研究会でしばしば司書と出会った.
 これらの司書の活動は,パンフレットとして館内に置かれ,また出版物として残される.図書館学修士と法学博士の学位を持つ法律図書館元館長Morris Cohen教授は,米国法の調べ方について代表的な教科書を著し,その縮約版が日本語に翻訳されている(6).他方,国際法図書館の司書Dan Wade氏は,Yale Journal of International Law誌の編集委員会に出席し,寄稿もしている.彼は金曜昼の留学生の研究発表会に出席し,公私にわたり交流をはかっている.
(3) 機械化の進展への対処
 滞在した1学年の間にも検索用機械は,ハードウェア・ソフトウェアともに大きく変化した.それを司書は保守管理し案内する.システムが新しくなるたびに,司書の間での勉強会を目にした.1982年以降に受入れた法律図書館の蔵書の検索は,MORRIS(Multiaccess On-line Research and Reference Information Service)と呼ばれるデータベースによる.MORRISは1995年夏から,インターネットにも接続され(http://elsinore.cis.yale.edu/)日本からも利用可能となった.法律雑誌論文の検索は商用データベースが用いられ,Index to Legal Periodicalsは,学内のMORRISの端末から利用できる.連邦議会やシンポジウムを中継する衛星放送C−SPANの録画資料なども「蔵書」とされ,学期ごとの指定教科書は更新入力される.CD-ROMの検索と,印刷物の索引やマイクロ資料等の原資料とが近くしかも利用者にわかりやすいように配置され,さらにキャンパス内のSeeley G.Mudd Libraryという政府刊行物図書館に行けば原本を比較的容易に確認できる.1977年以降に受け入れたイエール大学全体の蔵書の検索はORBISと呼ばれるデータベースによる.その他Harvard,Columbia,Fordham,New York Univ.,Univ. of Pennsylvaniaの米国東海岸5大学のLaw Libraryの蔵書がインターネットを経由せず検索できる.何もかも速く合理的にに動く米国Law Schoolの文化といえよう.
 米国の商用法律文献データベースであるWESTLAWとLEXISが学生・教員に提供され,自宅からもフリーダイヤルで利用できる.両社の社員が定期的に講習会を開くほか,検索室には両社の弁護士へ直通の電話があり検索につき親身に教えてくれた.さらに学生代表の相談員も質問に応えてくれる.機械の操作環境を絶えず改善し,蔵書と効果的に連結している.
(4) イエールから何を学べるか?
 多くの点が日本と異なる状況で,イエールから何を学ぶことができるだろうか.ある教授と会食したとき「日本で法令検索をするのは簡単か」と問われた.この時,連邦のみならず州の裁判所の判決もいち早く公表しデータベース化する米国と比べ,国の最高裁判所の判決でさえすべて掲載されているわけではない日本の状況を思い浮かべ,返答に窮してしまった記憶がある.日本では全ての判決が公表されてはいないので,原典に遡れないこともある.英米法図書館の入口の上に彫られたLord Cokeの“Prudentis est Petere Fontes”(原典に遡ることは賢明なり)という言葉を見るたび,この原典に遡るという精神のもとにYale Law Libraryでの学問は鍛えられているのだと痛感した.

(1) 田中英夫『ハーヴァード・ロー・スクール』日本評論社,1982.
(2) Brown, Elizabeth Mills. New Haven: A Guide to Architecture and Urban Design.
New Haven : Yale University Press, 1976. 128.
(3) Wigs and Woolsacks : A Self-Guided Tour to the Yale Law School.
[Yale University, ?.] 47.
(4) Yale Law School Directory 1994-1995.
[Yale Law School, 1994.] 29-30
(5) Bulletin of Yale University : Yale Law School 1994-95. Series 90 Number 8.
[Yale Universiry, 1994.] 110.
(6) コーエン,オルソン著,山本信男訳『入門アメリカ法の調べ方』成文堂,1994.


本学・講師
The Spirit of Yale Law Library, by Hideshige Hara