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エッセイ

その町の冬

三波千穂美

 数年前,アメリカ中西部の大学町(シカゴから車で3.5時間くらい)に滞在する機会を得た.大きな湖2つに挟まれた細長い部分が町で,その全体に大学が散らばっているようなところだった.
 季節は,春と秋は合わせて2週間くらいしかない.夏は暑いがエアコンが無ければしのげないというほどではないのでアパートにエアコンがついていないというのは契約のときにはチェックポイントにならない(そのわりにはたいがいのアパートにプールがついていた).
 そのかわりと言えるのかどうか,冬の厳しさは格別だった.生まれてこのかた関東以外に住んだことのない身には初めての経験ばかりだった.その日の寒さを決定するのは,雪が降っているかどうかではなく風が吹くかどうかだということも初めて知った.その町はアメリカには珍しくバスルートが充実していて私もこれを利用していた.そのバス停で待つ2,3分の時間でさえ耐えられないほど寒い日がある.朝のTV番組の画面には小学校の休校表示がテロップで流れる.私も指導教授やチューターから「急ぎの用がないんだったら今日は外に出ない方がいい」という電話を何度かもらった.前述の湖はもちろん全面凍結して,噂では車も走れるということだった.車が走っているのは見なかったが,湖沿いに立つ大学会館の対岸からスキーやスケートで湖上を通勤してくる教員は沢山見かけた.
 外出の際はすぐそこのスーパーに行くにも,厚手のセーターを着込んでマフラーはコートの中に入れ,裏つきのジーンズと厚手のソックスをはき,雪で滑らないようにスノーブーツをはいてイヤーマフと手袋をつけて出かけるという恰好だった.しかしスーパーに限らず図書館でも大学の校舎でも,建物の中はどこでも過度に暖房がきいているので,到着してしばらくすると「暑い!」ということになる.
 車を使っている人はもちろんバスの利用者でも,その町の人々は厚手のコートの下は驚くほど薄着である.学生などはダウンコートの下はTシャツとジーンズだったりする.夏だったら彼らは雨もあまり気にしない.濡れながら平気で歩いている.私も一度まねしてみたが案の定風邪をひいた.これは体力とか食習慣とかの違いなのだろうか.
 アパートの暖房はスイッチをゼロにしても切れない.うっかり凍死しないためだと聞いたが,当然部屋の中は乾燥する.部屋に洗濯した厚手のトレーナーを干しておいたらカリカリに乾いたのには驚いた.加湿器とスキンローションが売れているのがよくわかった.
 こんな様子だからホームレスの人々は冬にはいられない.フロリダあたりに行くらしい.夏になるとメインの通りに様々な人々がやって来ていた.
 この夏シカゴでは熱波による死者が450人を越え,その大半の人々が高齢者で冷房のない家に住む低所得者層やひとり暮らしだと新聞は報じていた.犯罪を恐れて窓やドアを閉め切っていたケースも多かったらしい.
 その町の夏は今年はどんな様子だろうか.


本学・助手
A winter in the city, by Chihomi Sannami