教員著作紹介コメント(礒田 正美先生)

礒田 正美先生(教育開発国際協力研究センター)よりご著書の紹介コメントをいただきました。(2011/10/13)

【本の情報】
『Enseñanza de la multiplicación : desde el estudio de clases japonés a las propuestas iberoamericanas』Masami Isoda y Rai mundo Olfos, coodinadores/[contribuyentes] Ubiratan D’Ambrósio … [et al.].Ediciones Universitarias de Valparaíso, Pontificia Universidad Católica de Valparaíso , c2011【分類375.41-I85】

【コメント】
 書名を翻訳すれば「かけ算の指導:日本の授業研究からのラテンアメリカ研究者の提言」となる。編者は礒田とRaimundo Olfos(チリ)である。過去10年に及び中南米においてJICAの算数指導改善プロジェクトが推進された。本書はそのプロジェクトを指導した礒田の研究成果の一つである。JICAプロジェクトそれ自体はODA契約に準じて、それに携わった人々によって中米5カ国の国定教科書を5種類、指導書とともに開発し、その普及のための研修を実施した。本書はODA本体とは別に、筑波大学が連携融合事業として1億8千万円を取得し、同時並行で多元的に実施された諸プロジェクトの内の一つの成果の発展とみることができる。
 ユニバーサルな普遍性を備えた算数・数学は、基本的なリテラシー育成を担う教科であり、世界各国がその改善に取り組む主要教科である。例えば、「2mから(2/3)mのテープをとりなさい」という出題で、日本人教師が正答しないことは稀である。実際には米国を含む多くの国々では、正答しないからといって驚くほどのこともない。実際、分数に関する設題は、高校卒業者を念頭にした就職試験では、日本でさえ一般教養としてよく出題される。このような設題は、小学生には分数とは何かを考える非常によい学習課題である。そして、それを達したかを評価することは、本人が学校生活において、ある一定の難問に塾考して取り組み、批判的、建設的に考え、勤勉に取り組む素養を培ってきたかを評価することに通じている。たし算、ひき算はできるが、かけ算、わり算となると怪しくなる。そのような国々では、経済格差を解消するためにも、数学的リテラシーの改善が課題になる。本書は、2年生のかけ算の指導を主題にしている。
 本書に参画した人々は、ラテンアメリカ圏の著名研究者である。実際、執筆者の一人、サンパウロ大学のUbiratan D’Ambrosioは、宗主国の数学ではなく、民族を基盤にした数学教育を含意する「民族数学」の提唱者として、世界の碩学の一人である。彼は、かつては数学教育における南北関係における南側を代表した存在だった。それも1980年代、彼が筑波大学で講演された私の院生時代のこと。その講演も当時の私の教養ではさっぱりわからなかったが、その最新動向に数学教育学の発展の息吹を感じたものである。本書は、ラテンアメリカ最大の数学教育研究所シンベスターブ(メキシコ)やスペインからも貢献者を得ている。かけ算文化の相違をも主題の一つに、ラテンアメリカ圏の著名研究者によって執筆された本書の内容は、ラテンアメリカ全域の算数改善に深く浸透する。
 東南アジア・日本の若者が韓流という言葉の飲み込まれている。筆者の取り組むアジア・太平洋経済協力「授業研究による算数数学教育の革新」はもちろん、ラテンアメリカの教育界でも、日本流が着実に浸透している。その動向を担うのが筑波大学教育開発国際協力研究センターであることを皆さん、是非知っていてほしい。
 全くの蛇足になるが、くれぐれも誤解してはいけないことは、南北問題というような言葉はもはや死語に近いということを自覚したい。皆さんが飛行機で行けるような国には、どこでも、「イーアスつくば」よりよほど大きなモールがあり、皆さんより、よほど豊かに暮らす一定の人々がいる。かつて、皆さんが「途上国」という範疇で学んだ国々は、いまや日本を追い越そうとする新興国である。その新興国の発展基盤の一端を築いたのは、算数・数学教育である。競争という知識基盤社会における必須の言葉を、ややもすれば悪いことのように教えられた若手世代が、教育強国化していく新興国の猛追にどうチャレンジしていくのか。宿舎と講義棟の間の世界から、その方途をいかに見出すのか。是非、皆さんと探っていきたいものです。