泰西偉人伝
「文部省発行教育錦絵」14枚 [明治6(1873)年](376-Mo31)
所蔵情報
文部省が、「幼童家庭の教育を助くる為め」、明治6年以降の数年間にわたっ
て発行した、数十種にのぼる家庭教育用錦絵(外国教絵解)の中から、西洋の
発明家、学者、芸術家などの苦労話のエピソードを記したもの14枚について、
その詞書きの全文を、以下に紹介する。
- 改行は、原本に忠実に従った
- 漢字は、原則として新字体に改めた
- ( )で括った中のひらがなは、原本では、行の右または左に付記され
た振り仮名である
英国(いきりす)の阿克来(あくらい)は紡棉機(もめんいとをよるしかけ)
を造るに数年心を苦しめて
家貧くなりたるを其妻其功な
くして徒に財を費すを憤り雛
形を打砕きければ阿克来(あくらい)怒
りて婦を逐出しぬ其後機器
成就して大に富しとそ
英国の空地烏徳(うゑちうヽと)は幼き時
疾を得て不具と成しが其
国の陶器の粗なるを憂ひ
数年工夫して精巧の品を
造り出し国の大益を成せり
或人之を誉て此人この疾ある
故に心を内に用ひて此術を
得たるなりといへり
合衆国有名の禽学者奥度棒(あうどをぼん)ある時
旅行しけるに多年思慮を殫(つく)して摸写(うつし)せる
粉本(たねほん)を箱に入親戚に托し置き数月にして
家に帰り箱を開き見れば鼠其内に巣
くひ画図は悉く囓れて砕片となれり
奥度棒(あうとをほん)は是を見て大に心を傷ましめ
数日の間恍惚(さとほくるる)として失念せる者の如し
既にして又旧の如く小銃を手にし記簿(てちやう)鉛筆(せきひつ)を
携へ林に入て禽鳥を捕へ其形状を摸写(ゑがき)せしが三年に
至らずして画又箱に満ち摸写(うつし)も前時より更に好きを覚えしとそ
加来爾(かあらいる)は写字机(つくえ)の上にある蝋燭を
小犬に倒(たほ)され多年勉強して測量
せし稿紙を一朝灰燼となしたり
是に由て大にその体気(からだのき)を傷り解悟(げしさとり)の
力も衰減せりと云ふ又其著はせる一冊の
写本を客堂(ざしき)の地板に置しを下婢誤て
廃紙と思ひ火中に投しける加来爾(かあらいる)
痛惜すれども為へきやうなく再び
筆を把り記臆中より捜り出し
草稿を属したり
此書を編著せしは得意の
事なりしが再次の属草(したがきをせる)は
其労苦惨痛大かたならず然れとも
遂に堅定の志に由て成就したりけり
秩襄(ちしやん)は以太利(いたりい)有名の画家なり
曾て曰多年恒久に耐(たへ)て屡大題の
作り難き画を作るときは心手慣
熟(よくなれる)して後甚だ容易なるに至る他人は
其易きを見て従前の難きを知る
者少しと或人秩襄(ちしやん)に半身の画
を嘱(たのみ)し十日にて成就したるを
幾許(いくばく)の金を報んやと問たれは金百両なりと
答ふわづか十日の料には甚だ多しといへば
秩襄(ちしやん)曰我十日は三十年間学び得たる所なりといふ
法国(ふらんす)の亥爾満(へいるまん)は棉花を治る機
器を造らんと数年工夫を凝しゝが
一夕(あるひ)女児の髪を梳るに指にて引
伸し長短を分ちたるを見て忽ち
に悟り遂に造り出せしとぞ
法国(ふらんす)の巴律西(ぱりつしい)は
其国の磁器の粗
なるを見て精品(よきしな)を
作らんとて数度
の経験に店架(たな)椅
子(いす)まても焚尽しけ
れば妻子は発狂せし
と嘆きしが遂に此火
力によりて薬料始
て焼付其功を成したり
英国(いきりす)の戎喜斯可土(しよんひいすこうと)は綿帯(れいす)
とて婦人の飾に用る網の如き物
を織る機器を造らんとして数度の
試験に貧しくなり其妻憂ひ歎
きしが一日シヨン欣然として一条の
網の様なる物を持帰り婦にあたへ
乃ち機器の成就せしなり
比耳は女子多かりしかば農隙には
布を織(おり)けるが其布に花草を印
する機器を造らんと心を苦むる
うち錫(すゞ)鉛(なまり)を交へ製する皿(さら)の上に図を
画くとて忽ち此機を発明し遂に大利を得たり
北亜米理加仏蘭克林(ふらんくりん)と云人夏の日驟雨(ゆふだち)の起る
を待て
尖たる銀の管を附たる紙鳶(いかのぼり)を放ち又鉄の柱に鈴を附けて
我家の屋上(やねのうへ)に建て雷電の越歴(ゑれき)と同物たるを知れり
是防
雷(らいよけ)柱の濫觴なり今時行はるゝ電信等皆是より開けたり
鉄の柱地より高きこと三丈位。銀を鎔(とか)して尖端(とがりさき)を包
み離ざるやうに
拵へ其尖の銀より針がねのくさりにても上に絵の具をぬり錆(さび)ぬやう
にすべし
法国(ふらんす)の葡岡孫(ぼうかんそん)は童子
たりし時に自鳴鐘(じめいしやう)の転
ずるを見て木を以てよく
時に合ふ自鳴鐘を作りし
者なるが又鴨の自ら水を
飲み声を発して游泳する
機器を造り精妙人を駭(おどろか)
せり後に其国の納緞製作
場(おりものば)の監督となり世に類なき
花紬(りやうきぬ)を織る器械を
造り出せしとなり
英国(いぎりす)の維廉李(うゐるれむりい)は一の
少女を愛恋(あいれん)して数ゝ(しばしば)
其家に往きしに常に
襪(たび)を織りて顧(かへりみ)ざりし
かば李はこれを憤り如何
にもして彼の工業を
妨(さまた)げんとて三年の間
工夫し竟(つい)に新機械を
造り出して大利を
得しとなり
凡そ芸業を学て善を尽し妙を極むるに至るは
皆な許多の苦辛勉強にあり礼諾爾図(れいのるづ)が曰画事に
長せんと欲する者は其心を悉くこゝに注く晨起より
夜臥に至る迄他念あるべからずと是画学のみにあらず
他の芸業においても亦然り一芸に卓絶せんと志す
者は如何なる時をも論ぜず昼夜常に工夫を用ゐ
遊戯すべからず才は天より受るといへども
その業の成否は勉強に由る事なれは
天才を恃まずして人力を尽す可きなり
英国(いぎりす)の瓦徳(うあつと)は蒸気機器を造
出さんとて土瓶の口より出る湯気
の水に成たるを匕にて一滴つゝ計り
居たりしを叔母其無益の事に時
を費すを嘖りしか遂に機関を発
明し数多の功をあらはせり
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アークライト(Arkwright, Richard, 1732-1792)
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ウェッジウッド(Wedgwood, Josiah, 1730-1795)
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オーデュボン(Audubon, John James, 1785-1851)
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カーライル(Carlyle, Thomas, 1795-1881)
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ティツィアーノ(Tiziano, Vecellio, 1490頃-1576)
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ハイルマン(Heilmann, Josue, 1796-1848)
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パリッシー(Palissy, Bernard, 1510頃-1589?)
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ヒースコート(Heathcoat, John, 1783-1861)
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ピール(Peel, Robert P., 1750-1830)
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フランクリン(Franklin, Benjamin, 1706-1790)
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ボーカンソン(Vaucanson, Jacques de, 1709-1782)
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リー(Lee, William, 生年不詳-1610没)
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レイノルズ(Reynolds, Joshua, 1723-1792)
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ワット(Watt, James, 1736-1819)
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