泰西偉人伝

「文部省発行教育錦絵」14枚 [明治6(1873)年](376-Mo31)

文部省が、「幼童家庭の教育を助くる為め」、明治6年以降の数年間にわたっ て発行した、数十種にのぼる家庭教育用錦絵(外国教絵解)の中から、西洋の 発明家、学者、芸術家などの苦労話のエピソードを記したもの14枚について、 その詞書きの全文を、以下に紹介する。


 

アークライト(Arkwright, Richard, 1732-1792)

 英国(いきりす)の阿克来(あくらい)は紡棉機(もめんいとをよるしかけ)
 を造るに数年心を苦しめて
 家貧くなりたるを其妻其功な
 くして徒に財を費すを憤り雛
 形を打砕きければ阿克来(あくらい)怒
 りて婦を逐出しぬ其後機器
 成就して大に富しとそ

 

ウェッジウッド(Wedgwood, Josiah, 1730-1795)

 英国の空地烏徳(うゑちうヽと)は幼き時
 疾を得て不具と成しが其
 国の陶器の粗なるを憂ひ
 数年工夫して精巧の品を
 造り出し国の大益を成せり
 或人之を誉て此人この疾ある
 故に心を内に用ひて此術を
 得たるなりといへり

 

オーデュボン(Audubon, John James, 1785-1851)

 合衆国有名の禽学者奥度棒(あうどをぼん)ある時
 旅行しけるに多年思慮を殫(つく)して摸写(うつし)せる
 粉本(たねほん)を箱に入親戚に托し置き数月にして
 家に帰り箱を開き見れば鼠其内に巣
 くひ画図は悉く囓れて砕片となれり
 奥度棒(あうとをほん)は是を見て大に心を傷ましめ
 数日の間恍惚(さとほくるる)として失念せる者の如し
 既にして又旧の如く小銃を手にし記簿(てちやう)鉛筆(せきひつ)を
 携へ林に入て禽鳥を捕へ其形状を摸写(ゑがき)せしが三年に
 至らずして画又箱に満ち摸写(うつし)も前時より更に好きを覚えしとそ

 

カーライル(Carlyle, Thomas, 1795-1881)

 加来爾(かあらいる)は写字机(つくえ)の上にある蝋燭を
 小犬に倒(たほ)され多年勉強して測量
 せし稿紙を一朝灰燼となしたり
 是に由て大にその体気(からだのき)を傷り解悟(げしさとり)の
 力も衰減せりと云ふ又其著はせる一冊の
 写本を客堂(ざしき)の地板に置しを下婢誤て
 廃紙と思ひ火中に投しける加来爾(かあらいる)
 痛惜すれども為へきやうなく再び
 筆を把り記臆中より捜り出し
 草稿を属したり
 此書を編著せしは得意の
 事なりしが再次の属草(したがきをせる)は
 其労苦惨痛大かたならず然れとも
 遂に堅定の志に由て成就したりけり

 

ティツィアーノ(Tiziano, Vecellio, 1490頃-1576)

 秩襄(ちしやん)は以太利(いたりい)有名の画家なり
 曾て曰多年恒久に耐(たへ)て屡大題の
 作り難き画を作るときは心手慣
 熟(よくなれる)して後甚だ容易なるに至る他人は
 其易きを見て従前の難きを知る
 者少しと或人秩襄(ちしやん)に半身の画
 を嘱(たのみ)し十日にて成就したるを
 幾許(いくばく)の金を報んやと問たれは金百両なりと
 答ふわづか十日の料には甚だ多しといへば
 秩襄(ちしやん)曰我十日は三十年間学び得たる所なりといふ

 

ハイルマン(Heilmann, Josue, 1796-1848)

 法国(ふらんす)の亥爾満(へいるまん)は棉花を治る機
 器を造らんと数年工夫を凝しゝが
 一夕(あるひ)女児の髪を梳るに指にて引
 伸し長短を分ちたるを見て忽ち
 に悟り遂に造り出せしとぞ

 

パリッシー(Palissy, Bernard, 1510頃-1589?)

 法国(ふらんす)の巴律西(ぱりつしい)は
 其国の磁器の粗
 なるを見て精品(よきしな)を
 作らんとて数度
 の経験に店架(たな)椅
 子(いす)まても焚尽しけ
 れば妻子は発狂せし
 と嘆きしが遂に此火
 力によりて薬料始
 て焼付其功を成したり

 

ヒースコート(Heathcoat, John, 1783-1861)

 英国(いきりす)の戎喜斯可土(しよんひいすこうと)は綿帯(れいす)
 とて婦人の飾に用る網の如き物
 を織る機器を造らんとして数度の
 試験に貧しくなり其妻憂ひ歎
 きしが一日シヨン欣然として一条の
 網の様なる物を持帰り婦にあたへ
 乃ち機器の成就せしなり

 

ピール(Peel, Robert P., 1750-1830)

 比耳は女子多かりしかば農隙には
 布を織(おり)けるが其布に花草を印
 する機器を造らんと心を苦むる
 うち錫(すゞ)鉛(なまり)を交へ製する皿(さら)の上に図を
 画くとて忽ち此機を発明し遂に大利を得たり

 

フランクリン(Franklin, Benjamin, 1706-1790)

 北亜米理加仏蘭克林(ふらんくりん)と云人夏の日驟雨(ゆふだち)の起る を待て
 尖たる銀の管を附たる紙鳶(いかのぼり)を放ち又鉄の柱に鈴を附けて
 我家の屋上(やねのうへ)に建て雷電の越歴(ゑれき)と同物たるを知れり 是防
 雷(らいよけ)柱の濫觴なり今時行はるゝ電信等皆是より開けたり
 鉄の柱地より高きこと三丈位。銀を鎔(とか)して尖端(とがりさき)を包 み離ざるやうに
 拵へ其尖の銀より針がねのくさりにても上に絵の具をぬり錆(さび)ぬやう にすべし

 

ボーカンソン(Vaucanson, Jacques de, 1709-1782)

 法国(ふらんす)の葡岡孫(ぼうかんそん)は童子
 たりし時に自鳴鐘(じめいしやう)の転
 ずるを見て木を以てよく
 時に合ふ自鳴鐘を作りし
 者なるが又鴨の自ら水を
 飲み声を発して游泳する
 機器を造り精妙人を駭(おどろか)
 せり後に其国の納緞製作
 場(おりものば)の監督となり世に類なき
 花紬(りやうきぬ)を織る器械を
 造り出せしとなり

 

リー(Lee, William, 生年不詳-1610没)

 英国(いぎりす)の維廉李(うゐるれむりい)は一の
 少女を愛恋(あいれん)して数ゝ(しばしば)
 其家に往きしに常に
 襪(たび)を織りて顧(かへりみ)ざりし
 かば李はこれを憤り如何
 にもして彼の工業を
 妨(さまた)げんとて三年の間
 工夫し竟(つい)に新機械を
 造り出して大利を
 得しとなり

 

レイノルズ(Reynolds, Joshua, 1723-1792)

 凡そ芸業を学て善を尽し妙を極むるに至るは
 皆な許多の苦辛勉強にあり礼諾爾図(れいのるづ)が曰画事に
 長せんと欲する者は其心を悉くこゝに注く晨起より
 夜臥に至る迄他念あるべからずと是画学のみにあらず
 他の芸業においても亦然り一芸に卓絶せんと志す
 者は如何なる時をも論ぜず昼夜常に工夫を用ゐ
 遊戯すべからず才は天より受るといへども
 その業の成否は勉強に由る事なれは
 天才を恃まずして人力を尽す可きなり

 

ワット(Watt, James, 1736-1819)

 英国(いぎりす)の瓦徳(うあつと)は蒸気機器を造
 出さんとて土瓶の口より出る湯気
 の水に成たるを匕にて一滴つゝ計り
 居たりしを叔母其無益の事に時
 を費すを嘖りしか遂に機関を発
 明し数多の功をあらはせり


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