4.2 電子図書館システムの動向と課題

 

国立情報学研究所情報学資源研究センター長

安 達  

 

1 はじめに

 

 電子図書館ないしディジタルライブラリーは、インターネットの隆盛とともに、いろいろな側面から脚光を浴びている。本稿では、電子図書館のなかでも、特に学術に関係した部分に焦点を当てて、動向を探りたい。また、特に筆者の所属していた旧学術情報センターにおける活動の紹介を行う。

 

2 学会活動、学術情報と電子化

 

2.1 学術情報の特質

 学会や研究活動に関係して生み出される学術情報は、商業的な出版とは異なる性格を持っている。近年、紙による情報生産・流通に代わり、CD-ROMデータベースの利用等も脚光を浴びてきた。学術的活動の性格に即して、情報電子化の歴史を振り返る。

 流通している学術情報の典型は学術雑誌である。学術雑誌を出版する主体は、大学等の研究機関、学協会、そして商業出版社である。その特徴は、

・紀要など商業流通ルートにのっていないものも多い

・営利を第一目的とせず、著者の気持ちとしては複写の禁止よりも、積極的に研究者コミュニティで

 流通する方をよしとする

などである。

 出版に関係する電子化活動の一般的な分類を試みると、

(1) 原稿の電子化

(2) 出版物の電子化

(3) ネットワークなどの利用

の三つを挙げられる。

2.2 学協会における出版

わが国の学協会の特徴は、

・組織的規模は米国と比べはるかに小さい

・日本語出版物は、流通が国内に限定される。一方、国際流通を図ろうとしても困難が多い。

・学協会内での出版の電子化等の技術革新は米国に比べて遅れがちである。

などである。

2.3 電子原稿の利用

組織的なデータベース化の問題点は次のようである。

・ワープロの多様なファイル形式のための統一された形式が望まれる。

・全文データの標準形式に関する国際標準にはSGMLやXMLがある

・標準化が定着すれば、学会は容易に電子化原稿を集めることができ、その副産物としての全文デー

 タベース化の推進を図ることができる。

・図や写真の統一的な扱いが難しい。今後のマルチメディアの課題である。

 

3 電子図書館の機能と設計の方針

 

3.1 情報利用形態による分類

 「電子図書館」を、何らかの「物」の形態で流通している情報を電子的な形態でしかも組織的に蓄積し、提供サービスするシステムととらえる。例えば、冊子、CD等の物理的媒体の中に格納されている情報を指し、特に冊子の形態の情報は出版という形ですでに安定した社会システムが確立している。これが電子出版やネットワーク化により「電子化」の渦中にあるわけである。

 最初に、従来の紙媒体の情報に注目して、「電子図書館」への種々のアプローチの分類を試みる。まず、電子化情報の利用形態に着目すると、

・スタンド・アロン

・ネットワークによるもの

の二つに大別される。前者は、CD-ROMを用いたパソコン上の情報システムや電子ブック、またADNISのようなシステムが該当する。一方、この数年で急激に拡大したインターネットにおける情報提供が後者の典型である。現時点ではネットワークベースの情報サービスが中心となっていくと考えられる。

 また、利用形態はともかく、目下情報の「値付け」が最大の関心事であり、学術出版社を始めこれを模索するためのプロジェクトが多く走っている。

3.2 蓄積する情報による分類

 「電子図書館」の蓄積する電子化されたコンテンツについて、ドキュメント情報を大別すると、

・従来の紙の形態の情報形式に依存した電子化

・新しいネットワーク環境に適合できるように電子化情報を構成

になる。前者は、ページをスキャナによりディジタル画像にして蓄積する手法を採ることになる。また、ポストスクリプトやPDFなどのページ記述言語による方法も考えられるが、あくまでも紙の上にレイアウトされた画像情報を対象とするものである。

 一方、後者はワークステーション上での表示と利用の容易さを狙って、例えばハイパーテキストのように、情報の構成そのものを再検討して、提供するものである。

3.3 画像情報と全文情報

 現在各所で行われている電子図書館プロジェクトをみると、スキャニングしたディジタル画像を対象とするシステムとコード化された全文(full text)情報を扱うものとがある。前者の利点・欠点を列挙すると、

・印刷して読み易いレイアウトになっている

・膨大な紙の情報の遡及的電子化に適用し易い

・言語やフォント、外字等に依存せず適用できる

・慣れ親しんだ表現形式なので、紙のシステムから移行し易い

−最近の情報はすでに発生時から機械可読であるが、これを有効活用していない

−検索機能を補うデータベースが必要である

のようになる。これを逆に考えればおおむね全文情報の利害得失になる。

従来、学術情報センターでは、SGMLによるフルテキストデータベースの実施を試みてきたが、最

近はSGMLをより簡素化したXMLが標準として広まる気配を見せている。

 

4 インターネットの上の電子図書館

 

4.1 ネットワークの拡大

 数年来のネットワークの急激な展開は、従来の電子出版の枠には入り切らない情報流通の態様を生み出して来た。これは、今後の学術活動にもっともインパクトのある動きであり、特にインターネットの1993年以来の急激な拡大には目を見張るものがある。

 社会全体が高度情報化、マルチディア化へ向かっている中で、情報ネットワークにおける紙媒体に因われない電子化情報の取り扱いに関心が集まっているといえよう。

4.2 米国の電子図書館プロジェクト

 特に「電子図書館」というキーワードでさまざまな動きが出てきている。米国では、NSFが1994年から大規模のdigital libraryの研究プロジェクトで走らせてきた。

4.3 エルゼビアのEES

 大手の理工系学術出版社であるエルゼビアは、米国の大学との共同研究TULIPを踏まえて、1995年からEES (Elsevier Electronic Subscription)というビジネスを展開している。今のところ、画像の形で雑誌のページを提供しているが、今後PDFによる提供やSGMLにおけるフルテキストデータへの変更などを計画している。すでに日本では複数の国立大学がサーバ共々導入しており、現場での使用実績の報告が待たれる。EESの中でももっとも興味深いのは価格設定のポリシーであり、これが図書館に受け入れられていくかどうかも見守りたい。

4.4 わが国の電子図書館プロジェクト

 わが国で著名な電子図書館に関する活動を列挙すると次のようになる。

−国立国会図書館関西館

−京都大学附属図書館/BBCC : Ariadne

−奈良先端科学技術大学院大学附属電子図書館

−通産省モデル電子図書館事業(慶応大学藤沢キャンパスの情報基盤センター/国会図書館)

−大学図書館の電子図書館(京都、筑波、東工大、)

−東京大学の情報基盤センター

4.5 学術審議会の建議

 1996年7月に文部省に対して学術審議会が「大学図書館の電子図書館的機能」について建議を行った。既に大学等で行われている電子図書館についての研究開発をさらに推進するとともに、紙媒体の資料の収集などの図書館の基本的機能を、電子的な手段を用いることによって、調和を図りながら、全体として高度なものへと発展させていくことの重要性が述べられている。

このような政策的な動きに伴って、1997年度からは、新たに京都大学と筑波大学で大規模な電子図書館計画が開始された。この二つは、大規模総合大学における電子図書館の典型として、その完成が期待されているとともに、他の大学図書館の電子図書館化に与える影響が大きいと考えている。1998年度以降も順次予算化が進んでいくものと期待している。

 

5 NACSISの電子図書館システム

 

5.1 事業の位置付け

 文部省の大学共同利用機関である学術情報センター(NACSIS、2000年4月からは国立情報学研究所)では、1986年の発足以来、大学図書館のネットワーク化や学術情報のデータベース形成を行ってきた。なかでも、大学図書館をネットワーク接続して学術資料の総合目録データベースを形成しているサービスNACSIS-CATには、1999年3月末現在で450あまりの大学図書館を含む総数670の図書館が参加し、和洋図書の書誌レコード数は約480件で所蔵数は3千9百万件に達している。また、雑誌では、書誌約22万件、所蔵数330万件に達している。

 この目録事業と並行して、わが国の学会と協力したデータベース形成も行ってきた。中でも学会発表データベースには65の学会が参加し、学会の行う大会、研究会、シンポジウム等での研究発表に関する概要情報、すなわち発表表題、著者、アブストラクト等の情報が蓄積されている。

 学術情報センターはこれ以外にも学会への支援事業を行っており、その最近の例としてAcademic Society Home Villageというサービスがある。これは学会に無料でWWWサービスのためのコンピュータ資源を提供しようというもので多くの学会で活用されている。

 このような事業展開のなかで、次世代の情報サービス電子図書館システムの開発を行い、1995年2月からの試行サービスを経て1997年4月から公開サービスを行っている。

 学術情報センターの活動には、文部省管轄下の機関としての役割とも関連し、学会活動やその発行する学術雑誌を対象としたものが多い。このような背景から、NACSIS-ELSの開発では、学会活動に関連した情報形成・提供支援に寄与することを強く意識して設計してきた。

5.2 NACSIS-ELS のねらい

 電子図書館サービスNACSIS-ELSは、雑誌のすべてのページを画像としてデータベースに蓄積し、利用者の手元に高速ネットワークを通してセンターサーバから直接供給する機能を実現したものである。

 すなわち、NACSIS-ELSのデータベースサーバは、

(1) 二次情報データベースの検索機能

(2) 文献のページのブラウズ機能

の二つの機能を統合したものである。

 従って、NACSIS-ELSは、「学術雑誌や会議録を対象とした、学術文献のための情報サービス」であり、従来の二次文献情報検索サービスと文献複写ためのNACSIS-ILL (Nacsis Inter-Library Loan、図書館相互貸借)サービスのようなdocument delivery serviceを包含するものである。あくまで伝統的な出版物を対象としたデータベースサービスを実現するものである。

5.3 サービスの特徴

 NACSIS-ELSのサービスの特徴の第一は、学術雑誌を対象とした学術文献サービスであるということである。

 技術的には、NACSIS-ELSで実現しているシステム形態は雑誌のみならず、図書にも適用できる。しかし、ディジタルコンテンツ作成に関してはわが国の学会の発行する学術雑誌に焦点を絞っている。学術情報センターは発足当初から学会と連携したデータベース形成を行ってきた。当初はアブストラクト情報を中心としていたが、それを原報への発展させたものがNACSIS-ELSの持つコンテンツであるといえる。

 グローバルな視点で資料を考えたときにディジタル化の優先度にはいろいろな考え方があろうが、学術情報センターでは学会が生産する情報に一番の優先度を与えて、NACSIS-ELSでのコンテンツ生成を企画してきたのである。

 一方、ディジタルコンテンツをネットワークを介して提供するに当たり、著作権に配慮したサービスを構築し、制度的にも新しいネットワーク時代に適合したものを作ろうとしている。すなわち、サービスの提供に当たっては、情報利用に応じた著作権使用料を徴収しサービスを提供するということを実現してきた。

 第三の特徴として、あえて電子「図書館」という名称をつけていることがあげられる。このサービスで意図したことは、網羅的に電子コンテンツを活用できるようなサービスの実現である。インターネット上で提供されている電子ジャーナルサービスの現在の態様を眺めると、基本的には個別出版社や機関毎にサーバを立ち上げており、サイトを越えて横断的な検索を行うことができない。NACSIS-ELSでは、多くの雑誌に対する横断的な検索を実現することがシステム設計の重要な要件であった。

5.4 開発の経緯

 NACSIS-ELSの開発は1990年頃から始めた。システムの稼働する環境としては、当時勃興しつつあったインターネット、すなわちTCP/IPをベースにしたネットワーク環境を前提として、client/server型のネットワークアプリケーションとして実現した。システムの設計と実現には、それほど時間を要しはしなかったが、最大の課題はディジタルコンテンツの入手であった。

 まず最初に1993年に情報処理学会に実験目的での学会誌や論文誌のディジタル化の許可を申し出た。さいわい快諾を得ることができ、1994年には国際会議で実現システムのデモンストレーションなども実施できた。

 並行してコンテンツディジタル化の規模を拡大すべく、文部省の科学研究費補助金を申請し、1995年から2年間の試行実験を行った。この際には、情報処理学会に加え、電子情報通信学会、電気学会から雑誌のディジタル化の許可を得ることができた。この試行では、あくまでもサービスの実用化実験として、著作権使用料を支払わずに、限定した利用者にサービスを提供してその実現上の問題を検討することが目的であった。

 2年間の試行期間中には、いろいろな学会との間で著作権使用料に関する考え方の調整を行い、このような情報サービスにおける新しい課金方式の検討を進めた。これと同時に雑誌のディジタル化についての許可を他の学会にも求め、コンテンツを拡大する努力を行った。1996年末には28の学会がこのプロジェクトに参加し、62の雑誌がディジタル化の対象となり、約56千論文、45万ページのコンテンツが蓄積できた。

 一方、課金方式については、他に類をみないため、なかなか方針が定まらなかった。試行実験は1997年3月に一応終了し、4月からは公開サービスとして広い範囲の利用者が利用できるような制度でサービスを公開した。この際には参加学会には当分の間無料で情報を提供する旨の特別の許可を得てサービスを続けた。そのため、試行に参加した学会の一部は改めて意思決定をするのに時間を要するなどの都合もあったため、公開当初は14学会、20誌程度に下がった。しかし、並行して、多くの学会にサービスの説明を行い、雑誌のディジタル化を進め、雑誌の提供を許可する学会も9月には23学会、45誌へと徐々に増加した。

 1997年度公開当初は無料にしたものの、課金単価を定める手続きに手間取り、最終的に著作権料の徴収を始めたのは1999年1月からである。それ以前には利用者の登録は7000人規模であったが、料金徴収開始のための利用者再登録の結果、当然のことながら1600人くらいまでに利用者数は低下した。今後徐々に増加していくと期待している。

 2000年5月では、108学会が参加し、331タイトルの雑誌についての38万論文あまり、135万ページ近くのコンテンツが公開されている。収録雑誌の数は今後も増えていくと予想している。

 

6 NACSIS-ELSの実際

 

6.1 機能の概要

 NACSIS-ELSとは、従来の文献検索システムの機能に雑誌ページの表示、印刷機能が組合わさったものと考えてよい。検索としては、タイトルや著者名の単語の論理演算で検索を行うことができる。また、学会名や雑誌名から論文までたどっていくこともできる。その結果得られた雑誌のページは手元のワークステーション上に表示される。

6.2 二つのブラウザ

 元々NACSIS-ELSは、ANSI Z39.50というプロトコルにしたがって動作するシステムとして設計されている。したがってインターネット上で動作させる場合にはこのZ39.50のクライアントが必要になる。

 このブラウザでは、Z39.50の通常の使い方であるテキストベースの検索機能に加え、ページ画像の処理機能を持たせている。現在無償で利用者に提供しているしているブラウザから世界各国のZ39.50サーバも検索できる。

 ページ画像を扱う上での最大の問題は、画像データ転送に必要となる帯域である。インターネットの混雑のため、ページを送るのに大層時間のかかる場合もある。実際例を示すと、SINETの良好な場合は、専用ブラウザでの画像表示には1秒以下の時間で可能である。表示には、画像解像度70dpi(dot/inch)の粗い画像転送モードと画像解像度400dpiの高品位画像転送モードの二つを用意している。前者は1ページ当たり21KBの容量で、後者は91KB程度である。この容量がネットワーク転送にかかる時間を決める。粗い画像では1秒のものが高品位画像では2秒くらいになる。また、ワークステーション側での画像の処理にもそこそこの時間がかかり、これが応答時間を決めている。

 このような専用ブラウザは各種のワークステーションで動作するものを用意しており、たとえば、SUN Microsystems社、HP社、NECなどのワークステーションで稼働するものが無償で提供されている。

 一方、PCでNACSIS-ELSを利用するために、WWWブラウザ、例えばNetscape NavigatorやInternet Explorerの上で使うようにするための機能も実現されている。これらにはプラグインソフトウェアが用意されており、これを手元のPCに登録するとページ画像を閲覧することができるようになる。

 標準のWWWブラウザをそのまま使用して画像を表示すると容易にダウンロードをしたり、印刷することができる。NACSIS-ELSでは、ページの表示や印刷により使用料を徴収できなければならない。また不正なダウンロードなどが容易にできるようなサービスでは問題である。そのため、特別なプラグインソフトウェアをWWWブラウザに付加しなければ動作しないような仕組みに設計した。ネットワーク上を転送されるページ画像は暗号化されており、プラグインがなければ表示することができない。また、このプラグインを介して表示したページをファイルに落とすことはできない。一方、印刷するとその情報がサーバに記録され、課金情報として使われる。

 以上のような面倒なメカニズムは、著作権の保護をしながら、情報提供を行おうとする他に類をみない情報サービスを実現しようとしたためである。

 WWWブラウザでのページ転送と表示処理には、粗い画像の場合約5秒かかり、専用ブラウザ

1秒より遥かに性能が落ちる。

 さらにネットワーク環境が劣悪な場合として、64kbpsのISDNによるインターネット接続時のWWWブラウザでの表示所要時間は粗い画像で約10秒、高品位画像で約17秒である。この値は、PCディスプレイ上での連続ページ閲覧には役立たないことを示すが、同程度の時間で印刷画像も転送されることから、一論文が数分の時間で手元のPCに送られることを意味する。現行のPC用プリンタの性能を考えると、何とか使用に耐えうる時間ではないかと考えている。

 なお、現在のところ、ページ転送時間の問題はインターネットの劣悪な環境によるものであると考えており、近い将来にわが国のネットワーク環境はより安いコストで広帯域のインターネットを簡便に利用できる環境になるということを期待して、特にシステム的な改良を行うことは予定していない。

 

7 著作権処理

 

7.1 問題の所在

 今後、NACSIS-ELSのようなインターネット上での情報サービスが発展する上での最大の問題は、技術的な面よりも、制度、すなわち著作権の処理である。NACSIS-ELSは、当初から著作権処理機能の実装を前提に進めてきた。利用者から著作権使用料を集め著作権を持つ学協会に配分するという著作権処理は、サービス運用のための制度作りと表裏一体の関係にある。

 1996年以降の学会との協議において、学術文献の著作権使用料については、現時点で妥当な水準について様々な議論があり、また学協会の出版事業に与える影響についても不明な点が多い。NACSIS-ELSのサービス開発の過程で、学会との協議、諸外国での事例などを参考として、論点になってきたことをまとめたい。

7.2 共通するサービス上の問題

ネットワーク上の文献提供に関する学会側での懸念を要約すると、

(1) 雑誌発行部数の減少

(2) 会員の減少

の二点になる。雑誌の情報が容易に入手できるようになれば、定期購読の予約数が減り、また会員になる利便性が薄くなることにより、会員が減り、学会活動に悪影響が出るというものである。

 これらが果たして真実かどうは不明であるが、NACSIS-ELS開発に当たっては、学会側のこれら懸念に十分配慮し、結果として多くの料金設定パラメータを用意した。学会側がそれらを自由に設定できるようにすることで、問題を回避するような方針をとってきた。

7.3 料金方式

 1999年1月から実施した課金方式の骨子は次のようである。

(1) 個々の著者は学会へ著作権を委譲する

(2) 利用した量に応じて課金する従量制

(3) 個人利用を対象

(4) 新しく発行される雑誌を対象

(5) 遡及的なディジタル化も並行して実施

というものである。

 第1項は、著作権使用料の支払いおよび契約の手間からである。個々の執筆者に少額の使用料を還元するには多大のコストを要する。そのため、支払いの数を押さえるためにも支払先を学会に限定することが必要である。また、このような措置は学会における出版のしきたりとも合致していると考えている。さいわい、NACSIS-ELSプロジェクトへの参加を契機に著作権委譲の手続きを整備する学会が多く現れたことは予想外であった。

 第2、3項は、当面サービスを行うために情報検索サービスと同様の考え方を採用した。今後は別途サイトライセンスによる料金体系を協議していく必要があると考えている。

 第4、5項は、第1項とも関係しており、著作権上問題のない資料のディジタル化を基本方針としている。一方、遡及的なディジタル化も是非行いたいのであるが、過去に遡っての著作権の整理には面倒な手続きを要するのが通例である。従って、遡及的な変換は、個別の雑誌対応に著作権の確認を行いながら進めている。経費との関係もあり、大々的に進めるのは容易ではないが、重要な作業であると考えている。

7.4 学会の決定項目

著作権使用料金設定に関して学会は、

(1) 画面表示の場合のページ当たり単価

(2) 印刷の場合のページ当たり単価

(3) 会員、非会員による料金の差別化

(4) ページ属性による料金の変更

(5) ネットワーク公開までの時間遅れの設定

(6) 無料にするページの設定可能

が可能である。要は、雑誌ごとにかなりきめ細かく料金を変えることができるようにした。会員かどうかにより料金を変更でき、学会の中には会員に関しては印刷しても料金をとらないという方針をとることもある。なお、学術情報センターの機関としての性格から、会員だけへの閉じたサービスは許していない。料金さえ支払えば有資格者すべてが利用できるような体系を設定している。

 冊子体の雑誌の売れ行きが不振になることを避けるため、第5項の時間設定が可能になっている。例えば、冊子の発行半年後になってようやくネットワークから入手可能とすることにより、冊子体の売れ行きを確保しようとするものである。なお、NACSIS-ELSのようなサービスが雑誌発行に悪影響を与えないことがはっきりしてくれば、このような遅れがないほうがよいのは言うまでもない。

 第6項は、たとえば発行後10年を越える雑誌は無料で閲覧できるなどの機関の設定である。

以上のような複雑な料金制度は、学会との協議の上で定まってきたもので、従来の活動に与える影響を極小に押さえながら徐々に新しいネットワーク志向のサービスに転換していく際に必要な考え方で、NACSIS-ELSに特徴的なものであると考えている。

 

8 NACSIS-ELSの課題

 

8.1 技術的な課題

 1998年度から学術情報センターは「オンラインジャーナル」プロジェクトを開始して、学会がXMLを用いて電子的に雑誌を編集していくためのソフトウェアシステムを開発し、学会に提供していくことになった。このプロジェクトの成果として、今後は学会からはXMLベースのディジタル文書として学術情報が生産されてくることになる。このように新しく生産される情報については、XML、PDFなど新しい文書形式が採用されるようになっている。

 一方、NACSIS-ELSのような画像で蓄積する方式は、遡及的なコンテンツのディジタル化に適した方式といえる。また、学術文献に多く見られる多言語文献のディジタル化も簡便に行える。

 したがって、今後は多様な形式の文書を統合していくような方向に発展させていく必要がある。

 具体的には、

(1) ページ画像のNACSIS-ELS

(2) 抄録情報のNACSIS-IR学会発表データベース

(3) XMLによる新しいオンラインジャーナル

の三つを統合するような利用環境の実現を次の課題としている。

8.2 制度的な課題

 今後出版社が学会が独自に電子ジャーナルの提供サービスを始めていくと思われるが、決して情報の入手がすんなりと容易になっていくとは思えない。課金処理が介在するためである。

 NACSIS-ELSでは、現在のところ個人利用者を対象としてサービスを行っているが、今後は大学や機関を単位としたサイトライセンス契約を実現することにより、大学内では自由に文献の利用ができるようなサービス体系を実現していくことが課題である。

 一方で、並行して研究者や学生の文献アクセスの態様が変化していくことも分析していかなければならない。電子化されていくことにより、雑誌単位のアクセスから記事単位へのアクセスへと、アクセス粒度が小さくなっていく。これは、情報を生産する学会側からは大きな問題であるといえ、一方、研究者側からも従来のような単純な右肩上がりの文献発表では済まなくなる環境になるとも思われる。研究者コミュニティの中での文献の利用の仕方の変化の方向にも注目する必要があり、簡単に予測しがたい。

 

9 むすび

 

 電子図書館の動向を紹介するなかで、最後に、システム開発とともにコンテンツの作成があいまって進んでいくことの必要性を強調したい。

 新たに発足した国立情報学研究所では、学術情報センター時代から引き続いて、画像ベースの電子図書館システムの開発と並行して、全文情報を扱うデータベースの研究開発も行い、画像、全文がコヒーレントにつながるシステムを目指している。一方、電子文書ではPDFが広まっている。今後は多くの情報が直接電子的な形態で入手できるようになると期待されるため、電子図書館システムも、これらに対応したものに変えていく必要がある。

 一方、改めて「図書館」的機能やサービスに関心が集まっている。現在、「電子図書館」といえば、ネットワークを通じて行われる情報サービスの典型として注目されており、今後、教育、学術研究、生涯教育などすべての面での情報化と密接な関係を持っているといえる。

図書館に対しては、ネットワーク上で流通する学術情報を積極的に収集していく営みがますます強く期待されるようになっていくと思われる。

 

 

参考文献

 

安達淳 : 学術情報センターのディジタル図書館プロジェクト, 情報処理, Vol.37, No.9, pp. 826-830  

    (1996).

杉本重雄: ディジタル図書館へのアプローチ DL関連研究分野に関して, ディジタル図書館, No.3,

    March (1995). (URL: http: // www.DL.slis.tsukuba.ac.jp/DLjournal/ )

小野田迅児 : 電子図書館とエルゼビアサイエンス、医学図書館、Vol.44, No.1, pp.7076 (March 1997).

特集 : マルチメディア時代の図書館 電子図書館 、学術月報、Vol.50, No.3, (March 1997).