7.5  電子図書館システムの動向と課題

                    学術情報センター 研究開発部  安達 淳


1 はじめに
 電子図書館ないしディジタルライブラリーは、インターネットの隆盛とともに、いろいろな側面から脚光を浴びている。本稿では、電子図書館のなかでも、特に学術に関係した部分に焦点を当てて、動向を探りたい。また、特に筆者の所属する学術情報センターにおける活動の紹介を行う。

2 学会活動、学術情報と電子化

2.1 学術情報の特質
 学会や研究活動に関係して生み出される学術情報は、商業的な出版とは異なる性格を持っている。近年、紙による情報生産・流通に代わり、CD-ROMデータベースの利用等も脚光を浴びてきた。学術的活動の性格に即して、情報電子化の歴史を振り返る。
 流通している学術情報の典型は学術雑誌である。学術雑誌を出版する主体は、大学等の研究機関、学協会、そして商業出版社である。その特徴は、
・ 紀要など商業流通ルートにのっていないものも多い
・ 営利を第一目的とせず、著者の気持ちとしては複写の禁止よりも、積極的に研究者コミュニティで流通する方をよしとする
などである。
 出版に関係する電子化活動の一般的な分類を試みると、
(1) 原稿の電子化
(2) 出版物の電子化
(3) ネットワークなどの利用
の三つを挙げられる。

2.2 学協会における出版
 わが国の学協会の特徴は、
・ 組織的規模は米国と比べはるかに小さい
・ 日本語出版物は、流通が国内に限定される。一方、国際流通を図ろうとしても困難が多い。
・ 学協会内での出版の電子化等の技術革新は米国に比べて遅れがちである。
などである。

2.3 電子原稿の利用
 組織的なデータベース化の問題点は次のようである。
・ ワープロの多様なファイル形式のための統一された形式が望まれる。
・ 全文データの標準形式に関する国際標準にはSGMLがある
・ 標準化が定着すれば、学会は容易に電子化原稿を集めることができ、その副産物としての全文データベース化の推進を図ることができる。
・ 図や写真の統一的な扱いが難しい。今後のマルチメディアの課題である。

3 電子図書館の機能と設計の方針

3.1 情報利用形態による分類
 「電子図書館」を、何らかの「物」の形態で流通している情報を電子的な形態でしかも組織的に蓄積し、提供サービスするシステムととらえる。例えば、冊子、CD等の物理的媒体の中に格納されている情報を指し、特に冊子の形態の情報は出版という形ですでに安定した社会システムが確立している。これが電子出版やネットワーク化により「電子化」の渦中にあるわけである。
 最初に、従来の紙媒体の情報に注目して、「電子図書館」への種々のアプローチの分類を試みる。まず、電子化情報の利用形態に着目すると、
・ スタンド・アロン
・ ネットワークによるもの
の二つに大別される。前者は、CD-ROMを用いたパソコン上の情報システムや電子ブック、またADNISのようなシステムが該当する。一方、この数年で急激に拡大したインターネットにおける情報提供が後者の典型である。現時点ではネットワークベースの情報サービスが中心となっていくと考えられる。
 また、利用形態はともかく、目下情報の「値付け」が最大の関心事であり、学術出版社を始めこれを模索するためのプロジェクトが多く走っている。

3.2 蓄積する情報による分類
 「電子図書館」の蓄積する電子化されたコンテンツについて、ドキュメント情報を大別すると、
・ 従来の紙の形態の情報形式に依存した電子化
・ 新しいネットワーク環境に適合できるように電子化情報を構成
になる。前者は、ページをスキャナによりディジタル画像にして蓄積する手法を採ることになる。また、ポストスクリプトやPDFなどのページ記述言語による方法も考えられるが、あくまでも紙の上にレイアウトされた画像情報を対象とするものである。
 一方、後者はワークステーション上での表示と利用の容易さを狙って、例えばハイパーテキストのように、情報の構成そのものを再検討して、提供するものである。

3.3 画像情報と全文情報
 現在各所で行われている電子図書館プロジェクトをみると、スキャニングしたディジタル画像を対象とするシステムとコード化された全文(full text)情報を扱うものとがある。前者の利点・欠点を列挙すると、
・ 印刷して読み易いレイアウトになっている
・ 膨大な紙の情報の遡及的電子化に適用し易い
・ 言語やフォント、外字等に依存せず適用できる
・ 慣れ親しんだ表現形式なので、紙のシステムから移行し易い
- 最近の情報はすでに発生時から機械可読であるが、これを有効活用していない
- 検索機能を補うデータベースが必要である
のようになる。これを逆に考えれば、おおむね全文情報の利害得失になる。
 学術情報センターでは、SGMLによるフルテキストデータベースの実施を試みてきたが、最近はSGMLをより簡素化したXMLが標準として広まる気配を見せている。

4 インターネットの上の電子図書館

4.1 ネットワークの拡大
 数年来のネットワークの急激な展開は、従来の電子出版の枠には入り切らない情報流通の態様を生み出して来た。これは、今後の学術活動にもっともインパクトのある動きであり、特にインターネットの1993年以来の急激な拡大には目を見張るものがある。
 社会全体が高度情報化、マルチディア化へ向かっている中で、情報ネットワークにおける紙媒体に因われない電子化情報の取り扱いに関心が集まっているといえよう。

4.2 米国の電子図書館プロジェクト
 特に「電子図書館」というキーワードでさまざまな動きが出てきている。米国では、NSFが1994年から年間予算100万ドル規模の`digital library'の研究プロジェクトを6ヶ所で走らせ、今年で完了する。以下にその要約を記す。
(1) カーネギーメロン大学: 科学・数学関係資料のオンラインディジタル
ビデオライブラリー
(2)ミシガン大学: 地球・宇宙関係のマルチディアディジタル図書館
(3)イリノイ大学: Mosaicの発展
(4)UCB: 環境情報のディジタル図書館
(5)UCSB: 地図、写真のディジタル図書館
(6)スタンフォード大学: ネットワーク上の仮想図書館の技術開発
 現在、新たなプロジェクトとして新しい研究を公募している段階で、近々選ばれた大学とそのプロジェクトの内容が明らかになるはずである。

4.3 エルゼビアのEES
 大手の理工系学術出版社であるエルゼビアは、米国の大学との共同研究TULIPを踏まえて、1995年からEES (Elsevier Electronic Subscription)というビジネスを展開している。今のところ、画像の形で雑誌のページを提供しているが、今後PDFによる提供やSGMLにおけるフルテキストデータへの変更などを計画している。すでに日本では複数の国立大学がサーバ共々導入しており、現場での使用実績の報告が待たれる。EESの中でももっとも興味深いのは価格設定のポリシーであり、これが図書館に受け入れられていくかどうかも見守りたい。

4.4 わが国の電子図書館プロジェクト
わが国で著名な電子図書館に関する活動を列挙すると次のようになる。
- 国立国会図書館関西館
- 京都大学附属図書館/BBCC : Ariadne
- 奈良先端科学技術大学院大学附属電子図書館
- 通産省モデル電子図書館事業(慶応大学藤沢キャンパスの情報基盤センター/国会図書館)
- 大学図書館の電子図書館(京都、筑波、東工大、)

4.5 学術審議会の建議
 1996年7月に文部省に対して学術審議会が「大学図書館の電子図書館的機能」について建議を行った。既に大学等で行われている電子図書館についての研究開発をさらに推進するとともに、紙媒体の資料の収集などの図書館の基本的機能を、電子的な手段を用いることによって、調和を図りながら、全体として高度なものへと発展させていくことの重要性が述べられている。
 このような政策的な動きに伴って、1997年度からは、新たに京都大学と筑波大学で大規模な電子図書館計画が開始された。この二つは、大規模総合大学における電子図書館の典型として、その完成が期待されているとともに、他の大学図書館の電子図書館化に与える影響が大きいと考えている。1998年度以降も順次予算化が進んでいくものと期待している。

5 学術情報センターの電子図書館システム

5.1 開発の経緯
 文部省の大学共同利用機関である学術情報センター(NACSIS)では、大学図書館のネットワーク化や学術情報のデータベース形成を行ってきた。そして次世代の情報サービスとして、電子図書館システムの開発を行い、1995年2月から試行サービスを実施している。

5.2 NACSIS-ELSの対象資料の設定
 学術情報センターの活動には、機関としての役割とも関連し、学会活動やその発行する学術雑誌を対象としたものが多い。このような背景から、NACSIS-ELSの開発では、学会活動に関連した情報形成・提供支援に寄与することを強く意識して設計してきた。
 現状のNACSIS-ELSでは、雑誌のすべてのページを画像としてデータベースに蓄積し、利用者の手元に高速ネットワークを通してセンターから直接供給する機能を実現している。
 一方、大学図書館では、従来から和洋の学術雑誌の収集に努力してきており、研究者は近くの図書館で所望の学術論文を入手できない場合は、遠隔の所蔵図書館に複写依頼を出して、情報入手を行ってきた。これは、学術情報センターのNACSIS-ILLという複写依頼転送システムによって、サービス性の向上が図られてきた。NACSIS-ELSは、このようなdocument delivery serviceと従来からの情報検索サービスとを統合したサービス機能を持つように考えている。

5.3 NACSIS-ELS のサービス機能
 電子図書館システムNACSIS-ELSのデータベースサーバは、
・ 二次情報データベースの検索機能
・ 文献のページの表示機能
の二つの機能を統合したものである。第一の機能はいわゆるオンライン情報検索システムの持つ機能であり、現状では学術論文等の表題、著者、要約、書誌的事項を収録した文献データベースを提供している。
 以上をまとめると、現状のNACSIS-ELSは、「学術雑誌や会議録を対象とした、学術文献のための情報サービス」であり、従来の二次文献情報検索サービスやdocument delivery serviceを包含するものであると要約でき、あくまで伝統的な出版物を対象としたデータベースサービスを実現するものであるといえる。

6 NACSIS-ELSの著作権処理とサービス運用

6.1 著作権処理の検討経緯
 NACSIS-ELSのようなインターネット上での情報サービスが発展する上での最大の問題は、技術的な面よりも、制度、すなわち著作権の処理である。NACSIS-ELSは、学術雑誌等の最新の情報を研究者にオンライン提供することを目的とし、当初から著作権処理機能の実装を前提に進めてきた。
 利用者から著作権使用料を集め著作権を持つ学協会に配分するという著作権処理は、サービス運用のための制度作りと表裏一体の関係にある。
 1996年における学会との協議において、著作権使用料については、現時点で妥当な水準について様々な議論があり、また学協会の出版事業に与える影響についても不明な点が多い。そのため、学術情報センターは試行に参加している学協会に対して、1997年度は利用者から直接著作権使用料は徴収せずにサービスを実施することを提案している。この運用を見ながら、学協会や図書館等との話し合いをさらに進めて、著作権使用料の徴収を早急に開始すべく調整作業を行っている。

6.2 NACSIS-ELSにより予想される影響
 電子図書館サービスに対して学協会側から寄せられる懸念は、雑誌の発行部数の減少と会員数の減少の二点である。ネットワーク上でのサービスの展開が直接そのような減少を引き起こすかどうかについては、意見が分かれるところであるが、学術情報センターの事業のパートナーである学協会の活動に悪影響が出ることは避けたいと考えており、料金設定については慎重に取り組む方針である。

6.3 著作権処理の検討案
 NACSIS-ELSでは、著作権がすべて学協会にあるような資料を扱うことを前提とし、利用者から著作権使用料を徴収し、それが著作権者である学協会に円滑に配分されるような機構を作ろうとしている。
 現在の検討状況では、個々の利用者の行うページの表示や印刷について、ページ当たりの料金を設定し徴収するという従量制を取る。ただし、学会が雑誌毎にページ単価を定める際に、会員・非会員の別、ページ種別(目次、記事、会告)などに応じて単価設定を変えることができる。
 サービス提供側からの要望としては、なるべく単価を低く設定し、ある程度年数を経た雑誌については、著作権使用料を取らないという方針を取る旨、要望を出している
。  当初は、個人利用者毎に従量制の著作権使用料を徴収するシステムから運用を開始するが、なるべく早い時期に図書館等の組織を単位とした団体契約により、固定料金によるサービス提供も併せて実現するよう、協議を進めて行く予定である。
 利用者の利便のためには、新しく発行される雑誌に加え、遡及的にデータベース化することも極めて重要であり、遡及変換も並行して行っていく計画である。

7 むすび

 電子図書館の動向を紹介するなかで、最後に、システム開発とともにコンテンツの作成があいまって進んでいくことの必要性を強調したい。また、さらに電子図書館が飛躍するには、次の二つの点に関して方向性の定まることが期待される。
ページ画像から全文情報へ
 学術情報センターでは、画像ベースの電子図書館システムの開発と並行して、全文情報を扱うデータベースの研究開発も行い、画像、全文がコヒーレントにつながるシステムを目指している。一方、電子文書ではPDFが広まる気配を見せている。今後は多くの情報が直接電子的な形態で入手できるようになると期待されるため、電子図書館システムでも、ページ画像から全文情報に移行していくのが必然であろう。
電子「図書館」
 一方、改めて「図書館」的機能やサービスに関心が集まっている。現在、「電子図書館」といえば、ネットワークを通じて行われる情報サービスの典型として注目されており、今後、教育、学術研究、生涯教育などすべての面での情報化と密接な関係を持っているといえる。
 図書館に対しては、ネットワーク上で流通する学術情報を積極的に収集していく営みがますます強く期待されるようになっていくと思われる。

参考文献
 [1]安達淳 : 学術情報センターのディジタル図書館プロジェクト, 情報処理, Vol.37, No.9, pp. 826830 (1996).
 [2]杉本重雄: ディジタル図書館へのアプローチ DL関連研究分野に関して, ディジタル図書館, No.3, March (1995). (URL: http: //www.DL.slis.tsukuba.ac.jp/DLjournal/ )
 [3]小野田迅児 : 電子図書館とエルゼビアサイエンス、医学図書館、Vol.44, No.1, pp.7076 (March 1997).
 [4]特集 : マルチメディア時代の図書館 電子図書館 、学術月報、Vol.50, No.3, (March 1997).