2.4  電子出版と大学図書館

                       静岡大学情報学部教授  合庭 惇


1.電子出版の現在
 (1) パッケージ系電子出版
 (2) ネットワーク系電子出版
 (3) パッケージ系とネットワーク系の融合

2.進化する図書館(図書館の電子化から電子図書館へ)
 第1段階:図書検索の電子化(オンライン検索,CD−ROM化された書誌情報の提供)
 第2段階:電子出版物(FD,CD−ROM,DVD)の収集と館内利用
 第3段階:蔵書・所蔵物の電子化と館内利用(図書館による情報発信)
 第4段階:インターネットを経由した電子データの蓄積と利用

3.電子出版物と納本制度
 「納本制度調査会 中間答申」

4.出版社と電子図書館
 (1) パッケージ系電子出版:利用形態についての合意
 (2) ネットワーク系電子出版:納本は可能か

5.電子図書館の理想像
 ネットワーク上の仮想図書館
 マルチメディアデータベースとサーチエンジン

[参考資料:合庭 惇「電子図書館の実現に向けて−−電子図書館への道(4)」
              『本とコンピュータ』1998年春号、258-264頁]

 進化する図書館

 電子図書館の登場とともに図書館の姿が変わろうとしている。この変容をもたらしたものは、いうまでもなくコンピュータと図書館の内外を結ぶコンピュータ・ネットワークである。図書館にコンピュータが導入されたのは新しいことではないが、この導入以来、図書館はいくつかの段階を経て変化してきた。いわゆる図書館の電子化から、最近話題の電子図書館へと進化してきた段階は四つある。
 その第一段階は、オンライン検索やCD−ROM化された書誌情報の提供による図書検索の電子化である。ついで、FD、CD−ROM、DVDなどの電子出版物の収集と館内利用という第二段階。これは、出版社などによる電子出版物の発行が増加するにともない、大学図書館や公共図書館が蔵書の枠を拡大して対応している段階である。さらに、図書館の蔵書・所蔵物の電子化とその館内利用という第三段階がある。そして、現時点での最終段階ともいうべきコンピュータ・ネットワーク上の電子図書館。この第四段階では、インターネットを経由した電子データの蓄積と利用が行なわれることになる。
 第一段階の検索の電子化から第二段階の電子出版物の収集と利用までは、近年の図書館における情報環境整備の範囲内で捉えることができるであろう。第一段階については、前稿「電子出版から電子図書館へ」(本誌1号)で触れたので省略するが、第二段階における電子出版物の収集と利用という観点だけからでは、電子図書館を論じることはできないのである。つまり、図書館は書籍・逐次刊行物を収集対象物とする手法を拡大して、紙以外のメディア(オーディオテープ、ビデオテープ、CDなどのAVメディア)もコレクションとして蓄積・利用するようになってきているので、CD−ROMなどによるパッケージ系電子出版物の収集も、AVメディアの延長として考えることができるはずである。
 CD−ROMなどの館内利用については、館内のネットワークで利用できるか、あるいは、ユーザーによるデータのダウンロードを許可するかなど、さまざまな議論が起こりはじめているが、基本的にはAVメディア収集の延長線上で考えることができる。

 電子出版物と納本制度

 国立国会図書館の納本制度調査会の電子出版物部会が「中間報告」を発表したのは、昨九七年一一月一八日であったが、その骨子はこの第二段階に関わるものとなった。本来、増加しつつあるCD−ROMなどのパッケージ系出版物とインターネット上のネットワーク出版(ウェブ・パブリッシングまたはサイバー・パブリッシング)に対応する方途を探るための調査会であったが、現時点では、パッケージ系出版物に納本対象を絞りこむことで「中間報告」がまとめられている。私も電子出版物部会での議論に参加したのであるが、本稿との関連でその一部を紹介しておく(なお、「中間報告」要旨が『出版ニュース』九七年一二月下旬号に掲載されている)。
 国立国会図書館では、国立国会図書館法にもとづいて国内発行の書籍・逐次刊行物の網羅的収集(いわゆる納本制度)を行なっているが、近年になって急速に増加してきた電子出版については収集の法的根拠が存在していない。一方、世界各国ではノルウェー、フランス、ドイツ、英国、米国などでは、電子出版の収集についての立法化やその準備が進められてきている。このような海外の動向に協調するだけではなく、「国の歴史的・文学的・文化的記録の総体を収集するという国立図書館の基本原則、国立国会図書館の役割、国会、行政・司法部門、日本国民に対するサービス、日本全国書誌の作成等を考慮すると、国内の電子出版物の収集範囲は、可能な限り広いことが望まれる」というのが、「中間報告」の基本的なスタンスである。
 しかしネットワーク系電子出版については、現時点での収集基準の設定が困難であるとの判断で結論を見送り、「当分の間、ネットワーク系は納本制度の対象外とし、パッケージ系のみを納本制度に組み込むことが適当である」としている。つまり、さしあたっては、パッケージ系電子出版物について網羅的収集を行なうとしているのである。だが、国立国会図書館法を改正してCD−ROMなどのパッケージ系電子出版物を収集するといっても、問題が残っている。一つは、納入に際して交付される代償金額の算定法、二つには、CD−ROMなどの利用をめぐる問題である。代償金についてはここでは触れないが、第二の利用をめぐる問題について考えてみたい。
 「中間報告」は、電子出版つまりディジタル・コンテントは「オリジナルと全く同一のものを容易に複製できるため、その利用のさせ方によっては著作者等、発行者に及ぼす経済的損失が深刻」になりうることを認識し、国会図書館における「サービスの提供は、著作権法三一条の拡大解釈によるのではなく、著作者等との事前協議の結果、合意(許諾)を得られた態様で行うべきであり、その際には有料制の検討も行うべきである」ことを指摘している。
 著作権法三一条とは図書館における複製を認めたもので、条文には「図書、記録その他の資料を公衆の利用に供することを目的とする図書館その他の施設で政令に定めるものにおいては、……その営利を目的としない事業として、図書館の図書、記録その他の資料を用いて複製することができる」と書かれている。
 「中間報告」が以上のような考え方を示していることには、次のような背景がある。
 国会図書館では、はやくからCD−ROMなどの電子出版物の収集について意欲的であった。しかし、収集の法的根拠がないために網羅的収集が困難であることから、日本電子出版協会(JEPA)の協力を得て、九四年春からJEPA加盟各社のソフトを寄贈によって細々と集めてきた。収集して保存するだけならば事は比較的容易である。だが、国会図書館法にもあるように、収集は「文化財の蓄積及びその利用に資するため」のものなのである。電子出版物はこれまでの納入対象物とちがって、電子データなので複製・改変などの問題があることは言うまでもない。それが国会図書館において、どのように利用されるのか。この利用形態について、提供者側の出版界に不安があるのだ。
 納本義務によって収集されたCD−ROMが、館内においてユーザーに提供される形態はどのようになるのだろうか。スタンドアローンのコンピュータで閲覧するだけなのか。あるいは、ネットワーク経由で閲覧されるのか。その際、プリントアウトやデータのダウンロードを許可するのか、など利用形態が気になるところである。紙に情報が固定されたアナログ・データと違って、ディジタル・コンテントは複製・改変がきわめて容易であることに、多くの人々が懸念を抱いている。この点をクリアしない限り、出版社による電子出版物の納本は成功しないであろう。
 「中間報告」は、このような著作者・出版社の懸念に対応したものとなっているが、今後、CD−ROMなどの利用については、なんらかの形で図書館と著作者・出版社との間で合意を形成する必要があるだろう。
 実は、このような問題は、ディジタル方式の録音・録画をめぐってなされてきた議論と非常に似ているのである。著作権法は「私的録音録画補償金」を九二年に定めているが、ディジタル・コンテントの利用形態としては、CD−ROMなどの電子出版物も同じレベルで議論できそうである。つまり、パッケージ系電子出版については、基本的にはこれまでの図書館のルールの枠内に収めることができるのだ。

 図書館機能の変容

 ところで、図書館の進化過程に戻ると、第二段階と第三段階の間で図書館機能に決定的な変化が生じていると考えられる。今日あちこちの図書館で試みられている蔵書・所蔵物の電子化とその館内利用、あるいはインターネットによる館外からのアクセスが第三段階である。その典型的な事例として、米国議会図書館の「アメリカン・メモリー」やフランス国立図書館(BNF)などのプロジェクトがある。そこでは、図書館が所蔵している稀覯書、原稿、絵画、写真、地図などのコレクションを館内で電子化し、インターネットなどを利用してユーザーに提供しているが、まさに図書館が情報の生成・蓄積・発信主体へと変身したのである。
 これまで図書館は、出版社や新聞社などマスメディアが生成した書籍・逐次刊行物を集積して利用者に提供してきた。それに加えて近年では、AVメディアや電子出版物が蓄積されて利用されている。いずれにしても、紙や磁気テープあるいはCDに固定された情報を購入して、利用者の便に供してきたのである。図書館とは、そもそも情報の中継基地であって発信基地ではなかった。それが、コンピュータとインターネットの登場によって変身を可能にしたのである。これが第三段階である。
 日本における代表的な電子図書館計画を推進している国立国会図書館と情報処理振興事業協会(IPA)の「パイロット電子図書館プロジェクト」では、「電子図書館実証実験プロジェクト」の一環として大規模の電子データの蓄積を行なってきた。その内容は本誌でも取り上げられてきたが、改めて整理すると以下のようになる。

 一 国立国会図書館所蔵貴重書(江戸期の浮世絵、錦絵、掛け軸、古地図、奈良絵本など)
 二 明治期刊行図書(国立国会図書館所蔵の政治、社会、経済など社会科学分野図書)
 三 第二次世界大戦前後の刊行図書(主に仙花紙に印刷された図書で資料的価値の高いもの)
 四 国内刊行雑誌(代表的な総合誌、政治・経済誌で、一九八〇年一月以降一九九四年一二月までに刊行されたもの)
 五 国会審議用調査資料(国会での審議が予期される国政のトピックについて国立国会図書館が調査した内容をまとめたもの)
 六 憲政資料(明治期の政治家である三島通庸関係文書)
 七 出版社から原資料の提供を受けた資料(マルクス・エンゲルス全集、朝日ジャーナル〔全巻〕、キネマ旬報など一八タイトル)
 八 慶應義塾大学稀覯書(グーテンベルク四二行聖書、古版本、錦絵、浮世絵など)

 ここでは、延べにして一〇〇〇万頁にも及ぶ大量のデータが電子化されて、電子図書館の実証実験のために利用されている。電子化されたすべてのコンテントが、二〇〇二年に開設される国立国会図書館関西館で電子的に閲覧できるかどうかは定かではない。というのも、七の「出版社から原資料の提供を受けた資料」の大半は著作権の存在しているもので、このプロジェクトのために、オープンなネットワーク環境では使用しないという制限付きで提供されたものだからである。電子図書館では、著作権保護と課金という問題を抱えている。この問題を解決するための実証実験の素材として出版社が積極的に協力したものであるが、それはまだ実現していない。
 いずれにせよ第三段階は、所蔵コレクションあるいは外部からの提供素材を電子化(イメージ入力またはテキストファイル化)してユーザーに利用してもらおうというものである。紙媒体から電子媒体への変換だけで図書館の機能は変化しないという見方もあるが、必ずしもそうではない。稀覯書や貴重書を図書館への来館者のすべてにいつでも利用してもらうことは、現実には不可能である。ある特定の研究目的をもつ人に利用させても、珍しいから見てみたい触れてみたいというような来館者には図書館の敷居は高い。希望が多い場合に行なわれるのが、影印本や復刻本の出版である。つまり、オリジナルに限りなく似せたコピーを作成するのであるが、これは図書館の仕事ではなく本来は出版社の担当するものであった。
 しかし、コンピュータの周辺機器であるスキャナーやOCRソフトなどが普及し、データを貯蔵するサーバーの容量が巨大かつ安価になったために、図書館内部で一種の電子的復刻が比較的容易にできるようになる。国立国会図書館での電子化は、作業を業者に委託するだけの予算措置があったようだが、現在では、機器と人手さえ都合できれば館内でできることである。つまり、この段階に至って図書館は、電子情報の生成・蓄積・発信の機能を帯びることになる。影印本や復刻本の出版は出版業の一分野として歴史と伝統をもっているが、電子化の波はその役割を奪おうとしている。

 電子図書館と出版社−−電子図書館の理想像を求めて

 図書館の進化過程の第四段階、現時点で想像しうる最終段階はコンピュータ・ネットワーク上の電子図書館である。この段階では、インターネットを経由した電子データの分散的な生成・蓄積と利用が行なわれることになるが、図書館はまさにネットワーク化された電子図書館の方向へと進んでいる。ここでは、パッケージ系出版物もネットワーク系のディジタル・コンテントもネットワークを経由して館の内外から利用される。
 国会図書館のCD−ROM閲覧室でも、小規模のLANでCD−ROMチェンジャーと端末とを結んでいるが、このLANをインターネットに接続すれば館外からのリモート・アクセスも原理的には可能である。大規模ネットワークを前提とする電子図書館は、これまでの図書館についての概念を揺るがしている。情報の中継基地から発信基地への図書館機能の変容と、それを可能にする複製・改変の容易なディジタル・コンテントは、これまでの図書館概念の再定義を迫っているのである。
 ここには、これまでの国立図書館、大学図書館、公共図書館、専門図書館といった伝統的な姿の延長で想像できるようなものはない。紙などのメディアに固定された情報は、一定の重量をもち重く動きにくいものであったが、ディジタル・コンテントはゼロ・グラムの情報として軽々とネットワーク上を動きまわる(「アトムからビットへ」−−N・ネグロポンティ)。このディジタル・コンテントを前提とする電子図書館の構築に際して求められているものは、既成観念を捨てた自由な発想である。
 例えば、出版社の電子出版もCD−ROMなどのパッケージ系からインターネットを利用したネットワーク系に移行しつつある。ネットワーク出版は日本ではまだ本格化していないが、欧米では学術出版の分野での商用化が急速に進んでいる。ネットワーク化された電子図書館と出版社のネットワーク出版が日常化したときに、この両者はどのように共生していくのだろうか。一つのヒントは、前稿「電子出版から電子図書館へ」で触れたエルゼヴィア・サイエンス社のプロジェクトから学ぶことができるだろう。いずれにしても、出版社にとって電子図書館から目をそらすことはできないであろう。出版社が電子図書館構想に協力して新しいシステムを構築するか否かで、お互いの将来は変わってくるのである。
 いずれ、電子図書館はネットワーク上の仮想図書館として、マルチメディアデータベースとサーチエンジンへと変容していくだろう。しかし、伝統的な図書館が姿を消してしまうわけではない。書物に囲まれた快適な読書空間は、不可視で巨大な情報ネットワークとシームレスにつながるはずである。