7.4 わかりやすい表現のための7つのポイント

       筑波大学教授   海保 博之 

  
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 表現行為のなかには,自分の心のなかにあるものを,ともかく表に出し
てしまいたいという欲求に根ざすものがある。思いのたけを日記に書きな
ぐる,ひたすら人に話す,といった表現が,それである。こうした場合に
は,その表現のわかりやすさはほとんど問題にならない。しかし,人に何
かを伝えたい表現のときには,こうはいかない。できるだけ相手に負担を
かけないでわかってもらう表現を心がける必要がある。これは,書くとき
だけでなく,人とコミュニケーションする事態での基本的な礼儀と言って
もよい。ここでは,書くことを想定した「わかりやすい表現」について考
えてみるが,話すときにも,同じような配慮が必要である。基本は,相手
の頭の働かせ方と相手の頭のなかにある知識とに合った表現をすることに
つきる。7つのポイントにしぼって紹介してみる。
1.誰に読んでもらうかをイメージする
2.構想を洗練する
3.内容の区別をはっきりさせる
4.読みたいと思わせる
5.大事なことを先に
6.具体例を入れる
7.ことばに注意する
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1.誰に読んでもらうのかをイメージする

 わかりやすく書くには,書き出す以前の段階でしておかなければならな
いことがたくさんある。その一つが,読み手をきちんとイメージすること
である。
 話すのとは違って,書くのは孤独な営みである。見えない相手に向かっ
て石をなげたり,エールを贈ったりしなければならない。よほど心しない
と,たちまち1人よがりの表現になってしまいがちである。
 それを防ぐために,読み手を執拗にイメージすることである。
 読み手をイメージするとき,このように,「年齢,学歴,性別,職業」
で層別化することが多い。これだけでも,読み手についてのかなり明確な
イメージを形成できる。しかし,ときには,次のような観点まで踏み込ん
だイメージ形成も必要である。
1)書かれた内容を理解するための関連知識が豊富かどうか
 知識があまりない読み手をターゲットにするなら,「少し冗長なくらい
の表現を心がける」「専門用語はできるだけ使わない」「細部にわたる説
明はしない」などの工夫が必要となる。
2)書かれた内容を知りたいと思っているかどうか
 書き手は,自分の書いたものは,最初から最後まできちんと読んでくれ
るものとの錯覚に陥りやすい。書くつらさがその錯覚をもたらしているの
であろう。できれば読みたくないと考えている読み手だとすると,読んで
みたいと思わせる工夫をこらす必要がある。たとえば,「大事なことが目
立つようにする」「イラストなどで親しみを演出する」「実益がわかるよ
うにする」「知的好奇心を喚起する」などなど。

2.構想を洗練する

 書き出す前にもう一つ大事なことがある。それは,言いたいことをきち
んと整理すること,すなわち構想の洗練である。構想の洗練以前の段階で,
資料集め,データ収集があるが,それは済んだこととして話を進める。
 構想を洗練するには,2つの局面がある。
 一つは,構想の単位化である。書きたいことは何であるかを頭の中から
取り出すことである。それも,だらだらと取り出すのではなく,アイディ
アの単位として取り出す。
 もう一つの局面は,単位化された構想の体制化(関連づけ)である。こ
の段階では,あくまでアイデアの関係づけであって,書くべきことと書か
ないことの選別や,どのような順序で書くかは,次の段階で行なうことに
なる。
 手軽で具体的な方法を2つ紹介しておく。
1)連想マップ
 鍵となる概念から連想することをどんどんつないでいって,適当なとこ
ろまでいったら,また,元に戻り,連想を繰り返す。あまり深く考えずに,
できるだけたくさん連想するのがコツである。
2)KJ法
 思いついたことを1項目1つの紙かカードに書き出していく。それを色々
と並べ直していくうちに次第に構想が固まってくる。たとえば,本章を書
こうと思い立ったときに,筆者が10分くらいでやったものを図3に示し
ておく。KJ法のきちんとした利用の仕方については,川喜多二郎「発想
法」(中公新書)などを参照されたい。とりあえずは,この程度の利用の
仕方でも,構想の洗練に役立つ。また,KJカードでなくとも,ふせん紙
や小さく切った紙でも,一向にさしつかえない。

 こうした手法によって構想の洗練をすることになるが,とりわけ注意し
てほしいことは,「何を書かないか」 である。頭に浮かんだこと,あるいは
連想マップに書かれたもの,KJ法でまとめたものすべてを文章にしよう
とすると,内容がごたごたしたり,焦点がボケてしまう。枝葉末節を切り
捨てて言いたいことをしぼることも大事である。

3. 内容の区別をはっきりさせる

 「誰に何を」が決まると,次は,書き出すことになる。そのためには,
書く内容の区別をしなければならない。内容の単位に区切りをつけ,適切
に並べなければならない。「区別化」と「階層化」である。いわゆるレイ
アウトと呼ばれているものである。次のようなことに配慮しなければなら
ない。
1)意味の単位と文章上の単位との対応をつける。
 意味的な内容の単位の小さい方から大きい方へと並べると,
 「単語−−>節−−>句−−>文−−>文章−−>パラグラフ−−>テ
キスト(文章)」となる。
2)大事なことか補足的なことか
 ずらずらと書きつらねると,読み手は,何が大事なことかが判断できな
い。我々の調査では,マニュアルのわかりにくさへの不平の2番目にあが
っているのが,「大事なこととそうでないことの区別ができない」であった。
ちなみに,もっとも多かったのは「目次からやりたいことが探せない」で
あった。
 大事なことを大事であるとわからせるためには,表記の階層化をはかる
ことである。たとえば,小さい表現単位から言うなら,
・倍角,ゴチ,下線など強調表現を使う。
・見出しの大きさを変える。
・数字で階層をはっきりさせる。
  たとえば,1 −−>1−1−−>1-1-1)
・空間的に階層化して,大事なものは,目につくように先(上部,左や右)
に置く。
・脚注や付録を用意して,とりあえず大事でないものは,そこに持ってい
く。
3)事実か意見か
 事実とは,「広辞苑」によると,「現実になされたこと,起こったこと」
であるのに対して,意見とは書き手の主観的な思いである。たとえば,
  例a)「山田氏の著書によると,日本人の表現は,一般にわかりにく
     いとされている」は事実文,
  例b)「日本人の表現は,わかりにくい」は意見文。
 一般に表現には,書き手の主張がある。その主張をはっきりさせること,
その上でその主張を裏づける事実を書く,しかもそのことを表記の階層化
によって示すことが必要である。論説文などでは,先に結論,あるいは言
いたいことをきちんと書いてしまう。その後に,それを根拠づける事実を,
数字や引用先を明確にして書くようにする。

 こうした区別化と階層化とは,一冊の本を書くときはもとより,一枚の
書類を書くときでも,心がける必要がある。

4. 読みたいと思わせる

 小説,評論,論文なら,読みたいと思っている人が読む。したがって,
多少,表現がまずくとも,また,多少わかりにくく書かれていても,読む
側の方で,なんとかわかろうと努力をしてくれる。むしろ,わかりにくい
くらいの方が相手を自分の世界に巻き込む効果さえある。
 しかし,読み手の方ができれば読みたくないという事態で,表現しなけ
ればならないこともある。そうしたときには,相手にともかく読む気持ち
を起こさせることが先決となる。
読み手を引きつける工夫として次のような趣向が効果的である。
・イメージに訴える−−−絵,イラスト,概念図,図表によって,読み手
のイメージに訴える表現は,全体を直観的にわからせるのに有効である。
さらに,読み手に想念を自由に展開させることができるおもしろみもある。
・問いや語りかけを入れる−−−読み手と一緒に考えようという姿勢をこ
れによって示すことで,読み手を巻き込める。また,問いには,考えさせ
ることで,頭のなかにある読み手の知識を活性化する効果もある。
・「です,ます」調にする−−−本書は「である」調であるが,読む気に
させるということだけから言うなら,「です,ます」調にしたい。親しみ
を増すだけでなく,読み手のことを配慮してくれているということが,相
手に伝わるからである。

5. 大事なことを先に

 小説や感想文は別として,人に何かをわかってもらいたい,してもらい
たいために書く文章では,「言いたいこと,大事なこと」を先に書くよう
に心がけるとよい。その理由は2つある。
 一つは,内容の見当づけである。細部はさておき,果たして読む価値が
あるかどうか,どこを重点的に読めばよいかを見当づけたいために,まず,
結論,要約を読む。
 もう一つの理由は,頭の準備体操である。要約,結論によって,おおよ
その全体像を頭のなかに作っておいて,細部をその全体像との関連で理解
していこうというわけである。見知らぬ土地を地図なしに歩かなければな
らないことを考えてみればよい。その地図の役割を,要約や結論の部分に
果たさせるのである。

「言いたいこと,大事なことを先に書く」具体的な方策をあげておく。
1)10ページ以上の厚さになる冊子や本
 ・「はじめに」「概要」の欄を必ずもうけて,そこで大事なことを述べ
ておく。
 ・目次をできるだけやさしいことばで,しかも内容をうまく表現したも
のにする。
 ・章の冒頭に,その章で書きたい大事なことを書く。
2)数ページ以内の書類
 ・タイトル,見出しをつける。
 ・結論・目的から先に書く。
3)パラグラフ単位
 ・パラグラフの先頭に,そのパラグラフで言いたいことを書く。そのよ
うな文を,  トピック・センテンス(主題文)と呼ぶ。
 ・文でも,大事な成分を前にもってくる。このような成分を,題目文と
呼ぶ。

6. 具体例を入れる

 たとえば,こんな表現が出会ったらいかがであろうか。
  例c)文章は,できるだけわかりやすく書くようにする。
  例d)大掃除で家具をみがいた。
 いずれも,特に間違った表現というわけではない。しかし,これらを次
のような表現と比較してほしい。いかに抽象的な表現になっているのかが
わかるはずである。
  例c')文章は,次のような点に注意して,わかりやすく書くようにする。
  例d')大掃除で,机,たんす,応接セットをみがいた。

 具体的な表現の方がわかりやすいのは,表現されている世界を,自分の
身の丈に合った知識の世界にぴたりと引きつけることができるからである。
それは,表現されている世界とは異なる世界ではあるが,わかるとは,しょ
せん自分なりのわかり方しかないのだから,これでよい。もっとも,読み
手に,あえて,抽象的な−−しばしば,あいまいな−−表現で多彩な想念
を展開させたいという場合もないわけではない。

7. ことばに注意する

 書くという行為は,あたかも,お化粧をして外出するような改まったと
ころがある。口で話すなら,その時限りという気安さがあるのに対して,
書くとなると,永遠に残るし,万人の目に触れることの恐れからか,「さて
気を引締めて,相手に感心してもらおう」となる。この気持ち自身は悪い
ことではないが,それがしばしば,やたらむずかしいことばを使ったり,
持って回った言回しをさせることになってしまうことがある。とりわけこ
とばの使い方には,注意するに越したことはない。3点だけのべておく。
1)漢語よりは和語(やまとことば)を
 漢語は日本語のなかに深く入り込んでいる。漢語をすべて和語で言い換
えるのは不可能である。それでも,いたずらに漢語を使うことは避けた方
が無難である。
  例e)「畢竟(ひっきょう)」よりは「つまり」
  例f)「爾来(じらい)」よりは「それからのち」
  例g)「可及的」よりは「できるだけ」
 漢語は,漢字で表記することになる。漢字は,ひらがなよりも見た目が
複雑なので,読み手の注意を引きつける。したがって,意味の中核をなす
ものに漢語を使うのは,有効である。しかし,例に示したような,文間の
つなぎや副詞のところでは,まったく使う理由がない。こけおどし(おろ
かな者をおどかすだけのあさはかな手段)以外の何物でもない。
2)カタカナ語より日本語を
 カタカナ語が氾濫している。まったく見当がつかないものも多い。また,
こけおどしのカタカナ語も多い。こんな例はいかがであろうか。
  例h)ウオッシャー(皿洗い人) フロアーレディ(ホステス)
     チャンスセンター(宝くじ売場)
  例i)セグメント化されての多チャンネル放送系メディアは,ターゲッ
     ト・マーケティング上の,−−−−−
 高級イメージを作り出すことをねらって,宣伝文句にカタカナ語を使う
のは,しかたがない。また,どうしても日本語にできない専門用語も,カ
タカナ語のままで表記するしかない。しかし,普通の文章で,きちんとし
た日本語があるのに,あえてカタカナ語を使うのは,許せない。
3)専門用語よりも日常用語を
  例j)バージョン4.3は,24ドット・システムでのみ使用でき,
     メモリーは256KBが必要です。
 専門用語は,わからせるためには便利である。ただし,相手がその用語
を知っていればの話である。100個のことばで説明すべきことを,専門
用語ならたった一つで済んでしまう。例jで,このことを確認してほしい。
 悲劇的なのは,相手に専門用語についての知識がないときである。こう
した場合でも,2通りがある。一つは,子供に説明するときなどのように,
その用語を相手に知ってもらう必要がない場合である。このときには,面
倒でも,たとえを使ったり,日常用語に言い換えなければならない。
 もう一つは,その用語を相手に知ってもらいたい場合である。長い報告
書や本などを書くときである。そのときは,次のような配慮が必要である。
・解説を入れる。
・概念を示す用語のときは,たとえや概念図を使う。
・何かを指示する用語のときは,イラストを使う。