[浙江省房地契]

[浙江省房地契]

セッコウショウ ボウチケイ

[書写地不明] : [書写者不明], 道光14-民国7 [1834-1918]

図書等

巻号情報

No. 所在 請求記号 資料ID 資料タイプ 状況(返却予定日) コレクション 備考 予約・取り寄せ人数

1

東亜研B-7-3

10003015905

貴重

旧東亜研究所第六調査委員会収集文書

詳細情報

刊年

1834-1918

形態

1綴 (28通) ; 59.0×52.2cm

内容注記

[1]: 杜絶截売田契

[2]: 杜絶截売田契

[3]: 找貼截契

[4]: 売契

[5]: 売契

[6]: 売契

[7]: 加絶契

[8]: 加絶契

[9]: 押借拠

[10]: 合同分収議拠

[11]: 加絶契

[12]: 戤契

[13-1]: 粮戸完納光緒拾玖年漕粮版串

[13-2]: 便民輸納漕米由単

上限銭糧執照

[14-1]: 光緒弐拾伍年応徴地漕銀

下限銭糧執照

[14-2]: 光緒弐拾伍年応徴地漕銀

上限銭糧執照

下限銭糧執照

[15-1]: 光緒弐拾陸年応徴地漕連閏銀

上限銭糧執照

下限銭糧執照

[15-2]: 光緒貳拾陸年連閏地漕銭糧合符版串

上忙業戸執照

下忙業戸執照

[16-1]: 光緒拾玖年分地漕銭粮合符版串

上忙業戸執照

下忙業戸執照

[16-2]: 光緒捌年分地漕銭糧合符版串

[17-1]: 上忙執照

[17-2]: 執照

[17-3]: 下忙執照

[17-4]: 執照

[18]: 板祖票

[19]: 親供

[20-1]: [収拠]

[20-2]: 会租

[20-3]: 民国参年分上下忙成熟地丁銀

上忙執照

下忙執照

[21-1]: 租契

[21-2]: 租契

[22]: 承攬

[23-1]: 祠佃執照

[23-2]: 祠佃執照

[24]: 板租票

[25]: 計開工料寔賬中三倉郎土壹副居全

[26-1]: 租契

[26-2]: 租契

[27]: 板租票

[28-1]: 収票

[28-2]: 執照

[28-3]: 粮戸完納光緒貳拾陸年連閏漕粮版串

注記

稀覯本につき記述対象資料毎に書誌レコード作成

書名は科学研究費研究実績報告「中国近代土地関係文書の数量的分析とデータベースの作成」(2003年 研究代表者夏井春喜)より

[1]: 光緒30年12月, 銭塘県, 陳嘉発・陳鑑発が田4.162畝を銀84両で売却, [2]: 民国19年12月, 杭県, 姚倬甫が田3.300畝を洋80元で売却, 回贖あり, [3]: 光緒20年12月, 仁和県, 楊錦徳・母張氏が蕩10.227畝を売却したが, 産価不足で紋銀30両で再売却, [4]: 道光19年1月, [海寧州], 高氏・子敬三が朱処に水田7.900畝を漕平銀42両1銭2分で売却, [5]: 咸豊3年11月, [海寧州], 張師俊が朱処に楼屋4間を銭420千文で売却, 回贖あり

[6]: 咸豊9年1月, [海寧州], 愚又梅が姪孫処に水田2.500畝を銭20千文で売却, 回贖あり, [7]: 同治3年3月, [海寧州], 張師俊が朱処に[5]を得たが原価不足で銭210千文で再売却, [8]: 癸亥(同治2年か)年7月, [海寧州], 本査氏・子祖香が姪孫処に水田2.540畝を売却したが, 原価不足で銭10千文で再売却, [9]: 光緒10年11月, 仁和県, 繆天林が蕩5畝で英洋15元を借用, [10]: 光緒24年7月1日, 陳銘甫・李陛孫が楊幹庭が承管する淳安県の地丁・漕糧の歇家の"株"を英洋850両で抵当で獲得か

[11]: 咸豊10年12月, [海寧州], 許朱氏・子許克宝が朱処に水田1畝を売却したが, 原価不足で銭4千5百文で再売却, [12]: 同治11年12月, 紀昌が平屋2間で紹洋100元を借用, [13-1]: 光緒19年, 銭塘県, 培徳堂江の版串, [13-2]: 光緒25年, 仁和県, 陳銘甫の由単, [14-1]: 光緒25年, 仁和県, 唐徳慶の執照, [14-2]: 光緒25年, 仁和県, 葉順鶴の執照

[15-1]: 光緒26年, 仁和県, 葉順鶴の執照, [15-2]: 光緒26年, 銭塘県, 培徳堂江の執照, [16-1]: 光緒19年, 銭塘県, 培徳堂江の執照, [16-2]: 光緒8年, 銭塘県, 陳佩萸の執照

[17-1]: 民国元年, 杭県, 陳銘甫の執照, [17-2]: 民国7年, 杭県, 陳銘甫の地丁執照, [17-3]: 民国元年, 杭県, 陳銘甫の執照, [17-1]と同一田地か, [17-4]: 民国4年, 杭県, 陳銘甫の地丁執照, [18]: 光緒26年8月, [仁和県], 鄭于濬が陳銘甫から田2畝を租佃, [19]: 宣統元年8月, 銭塘県, 沈朱氏が呉書田に地1.700畝を推税過戸

[20-1]: 同治4年5月, 朱査氏が杏伯処包納の粮漕4.100畝, 銭1200文の受け取り, [20-2]: 癸亥(同治2年か)年, 朱査氏が姪処の水田0.500畝を返す, [20-3]: 民国3年, 杭県, 陳銘甫の執照, [21-1]: 道光14年, 馬明和が朱処の水田2畝を租佃, 麦租あり租契, [21-2]: 咸豊10年12月, 許克宝が朱処の水田1畝を租佃

[22]: 民国7年7月, 楼福祥が陳府の建築を工料英洋138元で請け負い, [23-1]: 同治9年, 沈守美が虎林甘公祠の地0.12592畝を租佃した執照, [23-2]: 同治9年, 楊均安が虎林甘公祠の地0.060畝を租佃した執照, [24]: 光緒29年12月, 銭塘県, 倪秉美が陳府の0.500畝を租佃, [25]: 工事の材料の目録, [22]のものか

[26-1]: 光緒33年11月, 朱子江が宗蓮房の桑地1.800畝を租佃, [26-2]: 道光14年7月, 馬興宗が朱処の水田2畝を租佃, 麦租あり, [27]: 光緒29年12月, 銭塘県, 倪秉美が陳府の田8.400畝を租佃, [28-1]: 同治2年, 張師俊が朱処包納の地粮0.800畝の咸豊3年からの銭4千8百文の受け取り, [28-2]: 民国6年, 杭県, 陳銘甫の漕糧執照, [28-3]: 光緒26年, 銭塘県, 培江の版串

康煕綴

表紙に「東史-122-30」のラベルあり

標題言語

中国語 (chi)

本文言語

中国語 (chi)

NCID

BB05026341