教員著作紹介コメント(小川 美登里先生)

【本の情報】

楽園のおもかげ

パスカル・キニャール著 ; 小川美登里訳

東京 : 水声社, 2022.6 【分類 954.9-Q6】

【コメント】

1948年生まれのフランスの現代作家パスカル・キニャールは、これまでライフワークとする連作「最後の王国」を11巻刊行してきた。「最後の王国」とは、私たち人間が生み落とされてから死ぬまでを過ごすこの世を指している(それは「大気の世界」とも呼ばれる)。「最後の王国」の前には人間が胎児として過ごした「最初の王国」(水の世界)があり、「最後の王国」の先には未知、あるいは虚無の世界が横たわっている。この三つの世界での滞在が私たち人間に与えられた運命であり、私たちはその順番を変えることも、滞在先を変えることもできない。だが、私たちの意識や身体には別の世界での滞在を明かす痕跡が残っている。

「最後の王国」シリーズの第四巻として2005年に刊行された『楽園のおもかげ』は、先に述べた私たちの記憶や意識、身体に残された「最初の世界」の痕跡をめぐる思索である。たとえば有限の時間を生きる私たちが抱く「永遠」の感覚はどこから来るのか。なぜあらゆる文明で「楽園」や「天国」「極楽」の表象が存在するのか。それらは文明や文化ごとにどんな特徴があるのか。「最後の世界」の時間の中で、わたしたちが一瞬や永遠を生きる可能性はあるのかといった問いかけを通して、これまで私たちの想像力が生み出してきたさまざまな物語やイメージ、思索などが引用される。冒頭から結末まで一気に構築された小説ではないが、どこから読んでも、どんなふうに読んでも許される開かれた書物が本書の魅力である。

(小川美登里)