教員著作紹介コメント(平野恵美子先生)

【本の情報】

ラフマニノフの想い出』 
[Z・アペチャン編] ; A・ゴリデンヴェイゼル [ほか] 著 ; 平野恵美子, 前田ひろみ訳
東京 : 水声社, 2017.7【分類 762.38-R11】


【コメント】

ラフマノフは、チャイコフスキーと並んで最も人気のあるロシアの作曲家の1人です。
本書はそのラフマニノフとの交流や想い出を語る回想録です。


 ここに収められた回想は、従妹のソフィヤ・サーチナや詩人のマリエッタ・シャギニャン、ノーベル賞作家のイヴァン・ブーニンらの筆によるもので、ラフマニノフ研究の最初期から研究資料としてしばしば用いられて来ました。伝記的な一次資料としては最重要文献の一つであり、永らく翻訳が待ち望まれて来たものです。これまで論文などで部分的に紹介されることはありましたが、書籍での全文の翻訳は本邦初となります。回想録にありがちな事実関係の確認・訂正も、詳細な註によって補われています。
 と言っても小難しい研究書では決してなく、ラフマニノフを親しく知る家族や芸術家が、その人間的な横顔を語ります。偉大な音楽家の生涯に新たな光を当てる資料としても、ロシア革命前後の時代を生きた人々の生の証言としても、当時の芸術文化や音楽生活を知る上で、大変貴重な資料です。
 作品がどんなに素晴らしくても、人間的には理解し難い芸術家もいますが、ラフマニノフは人気や名声に溺れることなく、勤勉で高潔ながら温かい人柄で、皆に尊敬され愛されました。1873年生まれ、《交響曲第1番》の失敗と挫折、《ピアノ協奏曲第2番》の成功、亡命と欧米での演奏活動…、そういった人生の記録はどこでも簡単に読むことができますが、これらの出来事の陰にある様々な逸話というのは、ラフマニノフを身近に知っていた人々でなければなかなか知り得るものではありません。またこれまでこのような本は殆どありませんでした。
 寡黙で控えめ、冗談好きで寛大、聴衆から絶大な支持を受けながらも時に自分の才能を疑い、不安に苛まれる〈人間〉ラフマニノフの姿とその音楽を生んだ背景が、様々なエピソードから鮮やかに浮かび上がります。
 サーチナやシャギニャン、ブーニン以外にも、ゴリデンヴェイゼル、ネジダノワ、メトネル他、同時代の著名なロシアの芸術家たちによる十二編を収録しました。