教員著作紹介コメント(吉田 右子先生)

吉田右子先生(図書館情報メディア系)よりご著書の紹介コメントをいただきました。(2013/1/21)

【本の情報】
『読書を支えるスウェーデンの公共図書館 : 文化・情報へのアクセスを保障する空間』小林ソーデルマン淳子, 吉田右子, 和気尚美著.新評論 , 2012.9【分類016.23-Ko12】

【コメント】
図書館と北欧とリンドグレーンが好きな方はぜひ読んでみてください!

 「図書館を廃止することについてどう思うですかって? そんなこと今さら言うまでもないでしょう!図書館を廃止するなんて馬鹿なことをしてはいけないわ。多くの子どもたちにとって、図書館は読書ができる唯一の場所なんですよ。そりゃあ、図書館を維持していくのにお金がかかるということはわかりますが、図書館を廃止したら、将来もっともっとお金がかかることになりますよ」(三瓶恵子『ピッピの生みの親 アストリッド・リンドグレーン』岩波書店, 1999, p.95)。
 一九九〇年代に入って起きたスウェーデンの経済危機によって公共機関の予算が軒並み減らされる中、各地の図書館が閉鎖される事態になったとき、スウェーデンの児童文学者アストリッド・リンドグレーン(Astrid Lindgren)は即座にこうこたえたそうだ。
 いったい世界にどれほど多く、リンドグレーンの作品に勇気づけられた子どもがいることだろう。私が知っているだけでもリンドグレーンに魅せられて北欧に留学した人やスウェーデン語を勉強し初めた人、児童文学の道を志した人が何人もいる。留学はしなかったけれども私が北欧の図書館を研究し初めたのも、小さいころリンドグレーンの作品を夢中になって読んだことがきっかけだったかもしれない。
 リンドグレーンは九五年の生涯に、幼い子どもを対象とした作品からハイティーン向けの作品まで、数多くの児童文学を執筆した。リンドグレーンの作品は、馬を一匹持ち上げてしまう勇ましい女の子が主人公だったと思えば、背中にプロペラをつけて空を飛びまわるおじさんが出てきたりと驚くほど多彩である。その内容についてはとても一言では説明しきれないのだが、とびっきりのユーモアの感覚とちょっぴり辛辣なメッセージが多くの人をひきつけてきた。
 さて『ピッピの生みの親 アストリッド・リンドグレーン』には、こんなエピソードも出てくる。ストックホルムの街を歩いているリンドグレーンのところに、知らない人が近づいてきていきなり紙を突き出した。そこには「私の子ども時代に金色の夢をくれてありがとう」と書いてあったそうだ。数々の栄誉ある賞を受けてきたリンドグレーンだが、買い物メモの端切れに書かれたその言葉がどんな賞賛よりもうれしかったと語っている(三瓶恵子『ピッピの生みの親 アストリッド・リンドグレーン』岩波書店, 1999, p.102)。
 本書は世界中の人びとに本を通じて生きる喜びを与えてきた児童文学者リンドグレーンを生んだ国、スウェーデンの図書館の話である。作家が生み出した本が読者に届くまでの経路はさまざまである。書店での出合いもあるし、図書館で借りて読むこともある。友人からもらったり、最近ではインターネット経由で本を読むこともあるだろう。そんな中、スウェーデンでは本と読者を結ぶもっとも太く確実なパイプが公共図書館である。
 スウェーデンでは読者と本を結び付けるために行われるさまざまな文化活動や読書振興の中に、図書館がしっかりと位置づけられている。どのような活動が行われているのかは、本書で詳しくお話していくつもりだが、たとえば図書館では作家を呼んできて講演会やワークショップを開催することがよくある。しかも作家が訪れるのは大きな町だけではない。人口が数千人しかいないような町の図書館にまで作家は気軽に出かけていって話をしたり、読者と語り合ったりするのだ。スウェーデンでは作家は読者にとって遥か遠くにいる偉い人ではない。自分の住んでいる所に来てくれて言葉を交わすことができる、そんな存在である。
 個人のおかれている社会的・経済的状況にかかわらず、「人は誰しも本を読む権利がありそれを保証保障する場所が公共図書館である」という考え方が、一〇〇年にわたるスウェーデンの公共図書館の歴史のなかで揺らぐことはただの一度もなかった。そして現在、スウェーデンでは、図書館は地域社会においてなくてはならない施設であると同時に、誰にとっても親しみのある場所となった。
 本書を通じて読者のみなさんにスウェーデンの図書館の実際の姿をお見せしながら、図書館が本を住民に届ける上で、そして国全体の読書振興のためにいかに重要な役割を果たしているのかを考えていきたいと思う。また同時にスウェーデンの人びとの普段着の生活と、読書をめぐるさまざまなエピソードを披露していくことにしよう。みなさんもどうぞスウェーデンの公共図書館に置かれている心地よい椅子に腰かけたつもりになって、スウェーデンの図書館と本をめぐる話をゆっくり楽しんでください。

『読書を支えるスウェーデンの公共図書館』はじめにより