Readingバトン(渡辺政隆 広報室教授)

Readingバトン-教員から筑波大生へのmessage-
秋山先生に続く第6走者として、渡辺政隆 広報室教授から寄稿いただきました。

 

Pick Up

『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン著 ; 楡井浩一訳.日本放送出版協会 , 2006【分類402-B79】

Book Review
文系の作家が書いたオモシロ科学史
 われわれは何者で、どうしてここにいるのか。この問いかけに答えるには、少なくとも、歴史と哲学と科学という三つのアプローチがあります。この三つすべてを学ぶにこしたことはないのでしょうが、どれか一つに絞るとしたら、いちばん知りたいことは何かによって変わってきます。
  存在とは何か、自分とは何かを知りたければ哲学ですが、生命論、宇宙論にまで思考が及べば、その先は科学と融合することになります。そういえばカントも、宇宙は星雲として起源したという説を提唱しています。万学の祖アリストテレスは、今流に言えば科学者でもありました。人間が歩んできた歴史を文字でたどれるのはたかだか数千年。それを知りたいのか、それともそれ以前までさかのぼりたいのか。それ以前となると科学の領域でしょう。
 では科学は、どんな答を用意してくれるのでしょうか。科学は、人類の存在、宇宙の存在などをめぐるさまざまな謎解きに挑戦してきました。その結果として何がわかり、何がわかっていないのでしょう。これは、意外と難しい問題です。今どき、科学全般に通じている人などめったにいないし、お手軽な本も見あたりません。とにかく、教科書の類はちっともおもしろくないときています。
 本書の著者も、教科書のつまらなさに科学への関心から遠ざかった、いわゆる「文系」の人でした。それがふと、「自分の生涯唯一のすみかである惑星について何も知らないことに気づき、切迫した不快感を覚えた」といいます。そこそこの知識を「理解し、かつ堪能し、大いなる感動を、そしてできれば快楽」を味わえる科学書を書こうと思い立ち、三年を費やして書き上げたのが本書なのだそうです。
 その意図は大いに成功しています。宇宙の成り立ちから人類の現状まで、科学の成果をざっくりと抽出して一級のエンターテインメントに仕上げた手並みは、さすがに手だれのライターです。楽しみながら科学リテラシー(教養)を身につけられます。
 冒頭で歴史や哲学に答を求めると科学に行き着くと書きましたが、その逆もまたあります。科学の知見を語ると、必然、科学の歴史、科学者のエピソード集になるからです。そしてそのことで、冷徹なイメージのある科学が血の通った営みに見えてきます。しかも、過去の科学者には、奇人変人が目白押しです。
 著者は、現代の科学の現場にも出かけ、さまざまな科学者への取材もしています。現代の科学者に奇人変人が少ないのは、逆に科学が普通の営みになりつつあるからなのでしょうか。それはそれでよいことなのでしょう。
 本書を読んで改めて思うのは、科学が解明していないことはまだまだ多いということです。そして、科学は語り口ひとつで、苦にも楽にもなるということ。
 ニュートンの科学書『プリンキピア』出版と、孤島にいた飛べない鳥ドードーが人間のせいで絶滅したのが、ほぼ同時期の出来事だったという事実を、ぼくは本書で初めて知りました。科学には未来を予測することはできません。われわれにできるのは、科学の知識を未来に役立てることだけです。3・11以降、その思いは特に強くなりました。
 知識のお手軽な百科としてではなく、知識を血肉にするお手本として本書を読んでもらえるとうれしいです。
(本稿は2006年5月4日に朝日新聞読書欄に掲載された書評原稿を改編したものです)

■次は、五十嵐沙千子先生(人文社会系准教授)です。