2016年9月6日
Readingバトン -教員から筑波大生へのmessage-
西川館長に続く第27走者として、北川 博之 システム情報工学研究科長から寄稿いただきました。
Pick Up
『ビッグデータと人工知能 : 可能性と罠を見極める』西垣通著 ; 東京 : 中央公論新社, 2016.7【081-C64-2384】
Book Review
今日,「ビッグデータと人工知能(AI (Artificial Intelligence))」が世界的に大変注目されている.我が国においても,次代の技術,産業,社会を担うキーワードとして,大きなうねりとなって関心を呼んでいる.そのような背景の中で最近出版された本書は,これらのキーワードが表すものの本質は何なのかを分かりやすく示すと共に,「人工知能が人間の仕事を奪うことになるのか」といった巷で良く聞かれる疑問に対して,著者の見解を示している.まず最初に,ビッグデータへの期待と課題について触れた後,専門外の人にも認知されつつある機械学習と人工知能について述べている.コンピュータの歴史において,人工知能が大いに注目を浴びるのは,これが三回目である.著者は,過去の二回の人工知能ブームと比較して,今日の人工知能の中核が,ビッグデータとそれに対する統計・学習にあることを明らかにする.次に,今日の技術の発展の中で,数十年のうちには,シンギュラリティ(技術的な特異点)が到来し,人間の知能に相当する「汎用人工知能(Artificial General Intelligence)/AGI」が実現するという「シンギュラリティ仮説」を紹介する.その後,欧米における伝統的な人間観も踏まえつつ,人間とコンピュータ(機械)の本質的な違いがどこにあるのかという視点から,この仮説を痛烈に批判する.さらに,ビッグデータとも関連性の深い集合知の活用の重要性について述べる.最後に,今後重要なのは,人間を支える技術としてのビッグデータ,人工知能,集合知であるとし,その意味で必要な人工知能はAIというよりもIA (Intelligent Amplifier)であるとしている.
本書は,注目の高い「ビッグデータと人工知能」を専門外の読者にも分かりやすく説明するだけではなく,それに対する過度の期待を戒め,人間社会がそれらの技術とうまく向き合う方向性を示した著書として,幅広い読者に薦められる本である.著者がシンギュラリティ仮説に対して,「目標設定は『知能』の重要な一部であるが,人間においては目標設定は最終的には『生きる』ということが根拠になっている.一方,機械にはそのような価値観は無縁である.」という見解を示して批判している点は,印象に残るものであった.