教員著作紹介コメント(礒田 正美先生)

礒田 正美先生(教育開発国際協力研究センター)よりご著書の紹介コメントをいただきました。(2012/03/01)

【本の情報】
『Mathematical thinking : how to develop it in the classroom(Monographs on lesson study for teaching mathematics and sciences:v. 1)』Masami Isoda, Shigeo Katagiri.World Scientific , 2011【分類375.41-I85】

【コメント】
 本書は、Monographs on Lesson Study for Teaching Mathematics and Sciencesシリーズの第1巻として創刊された。シリーズ編者はOECD-PISA数学専門家委員会委員長Kaye Stacey(メルボルン大学、オーストラリア)、数学的思考研究で世界をリードするDavid Tall(ワーウィック大学、英国)、APEC授業研究プロジェクト代表者礒田正美(筑波大学、日本)とMaitree Inprasitha(コンケン大学、タイ王国)である。 授業研究は、1872年の学制で設置された師範学校(本学の創起)に始まり1880年代にその形を整え、以後国内に浸透し発展していく(文部省正定「小學教師心得」師範學校1873、若林虎三郎、白井毅「改正教授術」普及社1883、いずれも本学関係資料)。日本型授業研究は戦前戦中には漢字文化圏等に影響したと考えられるが、改めて世界的に注目されたのは1980年代の算数・数学教育における日本の問題解決型指導法への海外からの注目による。それは、本学名誉教授の三輪辰郎、能田伸彦等による国際共同研究による。シリーズ編者Maitree氏も本学出身である。シリーズ創刊それ自体が、日本及び世界の授業研究動向において本学が果たすべき役割を象徴するものである。
 本書の著者は礒田と東京教育大学大学院出身の片桐重男である。その内容の80%は片桐が50年以上にわたって取り組んできた数学的な考え方とその指導理論である。礒田はその理論を、文化背景の異なる海外研究者の目からみてもわかるように今日的に位置づける作業を行った。もとより授業研究には二種類ある。一つは、研究者が観察者の立場で行う授業研究である。もう一つは、研究者が教師とともに授業目標の実現をめざす授業研究である。佐藤学準備委員長(日本教育学会前会長)により東京大学で開催された授業研究世界会議2011基調講演においてYrjö Engeströmは、「従来の研究者が、観察科学と しての授業研究を推進し、授業記録を分析する中で、特に授業の記述理論を提示してきた。残念なことは、その研究動向をいくらレビューしても、授業目標とその実現という授業本来の目的を実現する理論を研究者が構築してこなかったことだ」と、データを科学する前者の意味での授業研究及びその参照理論を批判した。そして、後者の意味で目標の実現のために行う授業研究は、本学、特に附属学校関係者が学制以来取り組んできたものである。後者の意味での授業研究所産の典型が本書のような研究成果である。その意味で本書は授業者のために記された授業目標理論である。「授業者が目標を実現するための授業理論とその構築」という今日求められる研究動向に、本書は応えるものである。
 観察型研究が浸透する80年代以降、後者の意味での授業研究は教師の仕事で研究者の仕事ではない、専門職としての研究者は教師とは異なる観察者としての役割を担うというような教育研究観が国内にも普及する。それ以前には教師と目標を共有する活動こそが研究者の日常であった。その動向も変わり、世界的な授業研究動向を日本が牽引する今であればこそ、このような出版も実現する。欧米に限らず、シンガポール、中国、台湾などで、先生方と共に挑戦する研究者が、授業理論を彼ら自身の言葉で生み出し、競い合い、数学教育学上の様々な英語著作物の出版動向も生まれている。 授業目標の実現をめざす授業づく り理論の構築に関心のある学生、院生、諸兄が本書を手にして下されば、また海外動向をリードすべく、本シリーズに貢献下さればたいへん幸いである。