教員著作紹介コメント(平野恵美子先生)

【本の情報】

帝室劇場とバレエ・リュス : マリウス・プティパからミハイル・フォーキンへ
平野恵美子著 
東京 : 未知谷, 2020.7 【分類 769.938-H66】

【コメント】

バレエといえばロシア、特にチャイコフスキーの三大バレエ《白鳥の湖》《眠れる森の美女》《くるみ割り人形》を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。クラシック・バレエを代表するこれらの作品は、19世紀のロシア帝室劇場から生まれました。

一方、ペテルブルクの帝室劇場でデビューし活躍していた振付家のミハイル・フォーキンや、ヴァツラフ・ニジンスキー、アンナ・パヴロワといった有名ダンサー達は、ロシア人貴族で興行師のセルゲイ・ディアギレフ 率いる「バレエ・リュス」という私的なカンパニーにも参加しました。彼らは1909年にパリで初公演を行い、《シェヘラザード》《ペトルーシュカ》などのモダンな作品で西欧の人々に衝撃を与えます。バレエ・リュスに参加した人たちの多くが、のちにロシア革命を経て外国に亡命し、英国・フランス・米国・日本などでバレエの発展に大きく貢献しました。

ロシア・バレエの影響はこれほど大きいのに、革命前の帝室劇場で上演されていたバレエには、ロシアをテーマにした作品はほとんどありませんでした。本書では当時の芸術家たちにインスピレーションを与えた「民衆芸術(フォークロア)」をキーワードに、《せむしの小馬》に代表される帝室バレエの数々から、バレエ・リュスの《火の鳥》が誕生するまでの歴史を、最新の資料に基づき読み解いてゆきます。

また、三大バレエを創った偉大なバレエ・マスター、マリウス・プティパの最後の上演作品でありながら、「失敗作」の烙印を押され忘れられた《魔法の鏡》にも目を向けます。特にこれまでほぼ無視されて来たアルセーニー・コレシチェンコの音楽の謎に迫ります。

本書には附録として、ディアギレフの芸術的指向の表明(マニフェスト)である論文『複雑な問題』の全文日本語訳、1890年から1910年の20年間のマリインスキー 劇場とボリショイ劇場におけるバレエとオペラの全レパートリーと上演回数、バレエ作品の演出・上演史など、大変貴重な資料が多く含まれています。美しい挿画や貴重な写真の数々とともに、革命前の知らざれる帝室劇場とバレエ・リュスの世界に是非、触れて下さい。

本書は文化庁より令和2年度(第71回)芸術選奨文部科学大臣新人賞を贈賞されました。