ベッソン・コレクション覚書

                  大 濱 徹 也

               (筑波大学 歴史・人類学系教授)

 ベッソン・コレクションは、 16-17世紀の日欧関係刊行書に心をよせ ていたパリ在住のM・ベッソン(Max Besson)が1953年にトゥールーズの P・サルダ(Paul Sarda)のコレクションを購入、さらに自らが補充につ とめたもので、古刊本類約 380点からなります。ただしサルダ・コレク ションにあったL・フロイスの『日本史』写本などは、ベッソンの関心 が古刊本にあったため、ポルトガルなどに分散してしまったそうです。 筑波大学では1980年に大型コレクションとして購入しました。購入決 定は故海老沢有道さんが国際キリスト教大学に入れるべく理事会に諮っ ている間になされたもので、「筑波にもっていかれた」と、コレクショ ンの評価委員でもあった海老沢さんの嘆きを聞かされるはめになりまし た。それだけにベッソン・コレクションが図書館の新館増築記念特別展 として、広く世に紹介されることを喜こぶものです。

 ベッソン・コレクションの内容は、『原マルチノの演説』(ゴア、1588)、 D・コリヤードの『日本文典』、『羅西日辞典』、『日本告解集』(ローマ、 1632)、の三部作などの海外キリシタン版をはじめ、イエズス会創立者 イグナチウス・ロヨラ、フランシスコ・サヴィエル伝関係書、天正・慶 長遣欧使節関係書、1580年の最初の大殉教にかかわる『日本二六聖人殉 教記』、宣教師の1551年から17世紀末に至る書簡、年報類その他の主要 編纂史類からなっており、いままでの書誌に記載のない珍本も少くあり ません。

『原マルチノの演説』は、世界で4冊しか所在が知られていない稀本 で、原マルチノが天正遣欧使節を代表して、イエズス会及び巡察師アレッサン ドロ・ヴァリニャーノにラテン語で述べた謝辞を、諫早生れのコンスタンチーノ・ ドーラードがキリシタン版開版にさきがけてゴアで印刷したものです。 『天正使節関係ローマ聖庁会議録他合冊』(ドゥアイ、1593)は、ベッソン ・コレクションのみの稀本で、帰国後の三大名の謝状などが収められて います。その他、大殉教についてフィリピン側で真相の究明に努めたも のをはじめ、極東布教に関するメキシコよりの情報のような今まで紹介 されていないもの、日本人学者と僧侶がキリシタンについて論争する形 態でキリシタン教理を説いた作品など、キリシタン時代の日本を知る上 での稀本・珍本類です。

それだけに本コレクションの解析は、キリシタン時代といわれる16世 紀日本から、あらためて世界を読みなおす上で大きな発見の場となるは ずです。まさにベッソン・コレクションは、広く世界に開かれようとし ていた日本と日本人を視る上で、知的刺激とロマンにみちた宝庫といえ ましょう。