ディジタル日記 -- アメリカ編(5月)

3月 |  4月 |  6月

5月1日(水)

やはり風邪のようで不調なので、食事に出る以外はアパートで寝ている。 天候も不順で、朝のうちは晴れていたのにすぐに曇ってきて時おり雨。

5月2日(木)

晴。体調も何とか回復。
朝、歯ブラシを便器に落してしまった。これだから洋式バスルームは困る。 他の部屋はぜいたくにスペースを取ってあるのに、なぜトイレと洗面台と風呂 をちんまりとまとめてしまうんだろう。
LIS に行くと、家から FAX が届いている。3月20日から 4月前半までの分で クレジットカードの引き落としが50万円以上あったそうだ。せいぜい40万程度 だと思っていたが。
カーネギーメロン大学の方からは音沙汰 なし。メインライブラリである Hunt Library に行ってみる。端末がワークステーションで、最初にメニュー で図書館の目録を引くのか、それ以外のデータベースを検索するのか選ばせる ようになっている。データベースの検索にはユーザーID とパスワードが必要 という仕組。その他に普通の UNIXワークステーション(DEC のなんたら)も置い てあり、自由に自分のID でログインして使える。地階にはワークステーショ ンを何十台も並べた部屋があったが、今となってはさほど珍しくもないよね。
この図書館には折り紙クラブの作品展示はあるが、TULIPのTの字もない。

5月3日(金)

曇。
朝、また荷物を船便で送る。43 ドルほどだったので、100ドルのトラベラー ズチェックで払おうとしたら、半額以上の支払じゃないと駄目だと言う。けし からん。昨日、夕食をとった中華料理屋では10ドルでもちゃんと取り扱ってく れたぞ。
10時、Hillman Library の Coordinator of Database Service という肩書の トム・ウォール(Tom Wall)という図書館員に会って話を聞く。おもにレファレ ンスコーナーの検索用端末のあたりを案内してもらう。システムとしては、 NetWare による館内CD-ROM ネットワーク。CDサーバに入り切らない CD-ROMは キャビネットに入れてあって、利用者が取り出して単体CD 専用検索端末にセッ トして使う。このCD-ROM は一応ケースにタトルテープを貼ってあるが、盗も うと思えば盗めてしまうそうだ。ただ端末は貸出カウンターからもレファレン スカウンターからも見通しのいい場所にある。

5月4日(土)

朝、NBC のニュースを見ていたら、インターネット上の記事の検閲のことが話 題になっていた。
午後、東アジア図書館(East Asian Library)の野口さんに、車でピッツバーグ を案内してもらう。
まずフリック(Frick) という大富豪の邸宅が美術館になったところへ行き、 ガイドツァーの予約だけして、再び車でダウンタウンの高層ビル、 ストリップ・ディストリクト(Strip District) と呼ばれる市場が 立ち並んだにぎやかな通り、モノンガヘラ川の対岸の展望台などを回る。 予約した時間に再びフリック美術館に戻り、ガイドツァーに参加(野口さん は既にご覧になったとのことでパス)。金にあかせてつくった昔のフリック の館の内部を、ガイドのおばさんの解説付きで順番に見ていく。 それぞれの部屋でいちいち立ち止まっては詳しい説明がある上に、客も 非常に熱心で質問が飛び交うので、なかなか先へ進まない。最後の仕上げに 入口においてある機械仕掛けの大きなオルガンの演奏があって、ようやく 外に出ると、しびれを切らした野口さんが様子を見に来たところだった。

5月5日(日)

晴。
朝からマラソンをやっていて、テレビで中継しているし、アパートの 窓からも走っているのが見える。
洗濯した後は一日のんびりテレビを見たり、本を読んだり。

5月6日(月)

晴。
今週は LSRRI(Life Sciences Reference Research Institute)という医学図 書館員のための研修に参加させてもらう。日本から愛知淑徳大の野添先生 (もと図情大)も出席されるとのこと。 その野添先生と逸村さんという人に、 朝、LIS ビルの前で偶然出会う。逸村さんは、やはり愛知淑徳大の先生で、 今度の12月から1年間、ピッツバーグ大学の SLIS に研究のため滞在の予定 とのこと。
午後、LSRRI の講義を一コマさぼって野口さんに、バージニア大学とピッツバー グ大学東アジア図書館が共同でやっている日本語テキストイニシアチブの話を聞く。
夕方、ピッツバーグ大学メディカルセンターの Sleep and Chronobiology Laboratory という実験室を訪問(LSRRI のプログラムの一つ)。その後、野添 先生にホリデイ・インでビールをおごってもらう。

5月7日(火)

LSRRI の講義を聞く。

5月8日(水)

曇時々雨。
LSRRI の講義を聞く。

5月9日(木)

曇のち晴。
LSRRI の講義。 夜、ビール工場。
野添、逸村、栗山の3人は、男性研修生の車に同乗させてもらう。 彼、こんな車だけど安全だから心配するなとかいうようなことを言う。 何のことかと思ったら、助手席に座ってから気がついたのだが、 フロントガラスに大きくひびが入っていた。ひえー。 この人、運転しながら観光案内もしてくれて面白かった。 例えば、モノンガヘラ川沿いに立派な建物が立っているのを指して、 あれは刑務所だが、あまりに立派なので住民たちはモン・パレス (モンというのはモノンガヘラ川の愛称だそうだ)と呼んで皮肉って いる、などといった具合。
LSRRI の打ち上げといった感じで宴会。 そのうちアコーディオン弾きのおじさんが現れ、それに合わせて踊る 人も。
上の階のカウンターに野口さん、三輪真紀子さんが来ていて、 野添、逸村両先生と共にLSRRI の宴会を離れて、日本人ばかりで固まる。 アコーディオン弾きがこっちにもやってきて、野口さん、盛んにリクエスト している。カウンターの隣にいた白人のおっさんが何か話かけて くる。適当に相槌をうっていたら、だんだんと唾がかかるくらい顔を 近付けてきて、おれが苦労して稼いだ金を IRS(税務署ですな)と 別れた女房が全部巻き上げていく、おれはこの国が大嫌いだ、とか言い出す。 そんなこと言われてもなあ。

5月10日(金)

晴。夏の暑さ。
夜、エレン・デトレフセン教授の家(大学のすぐ近く)に招かれてパーティー。 ジャパン・コネクションということで、多少なりとも日本と関係のある先生や 大学院生、それに日本人留学生が来ている。持ち寄りパーティー(potluck と 言う)なので本当は何か一品持って行かなくてはいけなかったのだが、われわれ 日本人男性陣は厚かましくも手ぶら。
デトレフセン教授宅は古いが落ち着いた趣の家。緑豊かな環境で、回りもほとんど がピッツバーグ大学の先生方が住んでいるそうだ。木のベランダに出ていると 涼しい風が吹いてきて俗塵を忘れる。
日が落ちる頃から徐々に曇ってきて、そのうち雷雨になる。

5月11日(土)

雨。だんだん気温が下がってきて、夜は冬の寒さ。
夕方、野口さんに車で迎えに来てもらい、三輪真紀子さんご夫妻と共に、 ロリン・マゼール指揮のピッツバーグ交響楽団のコンサート。 会場はダウンタウンのハインツ・ホール。途中通り過ぎたシビック・アリー ナの丸いドームの方にどんどん車が流れて行く。NHL のプレーオフ をやっているのだ。一瞬、ホッケーを見る方がいいなあと軽口を叩きかけて、 思い切り軽蔑されそうな気がしてやめた。
コンサートが始まる前にハインツ・ホールの高級レストランでディナー。 覚悟したほど高くはない。おまけに三輪さんご夫妻が、野口さん宅にお世話 になっているお礼ということで、関係のない私の分まで支払ってくれた。 まったく今回の旅は人におごってもらってばかりだ。
面白かったのは、野口さんが紅茶を注文したら、こんな高級そうな所でも、 ティーバッグが出てきたことだ。ウェイターがお盆に数種類乗せて持ってきて、 好きなのを選べと言う。 野口さん、アメリカで紅茶を頼んじゃ駄目なのはわかってたん だけど、とこぼすことしきり。

5月12日(日)

晴時々曇。寒い。
NBC のニュースで、インターネットを利用した在宅勤務の話をやってい る。子持ちの若い女性の間に広がっているが、ベビーシッターはどうして も必要だし、昇進も難しいとのこと。
このアパートとも明日でおさらば。洗濯、掃除をし始めるが、すぐに嫌に なる。もともとそんなにきれいなアパートじゃないんだから、まあいいや。

5月13日(月)

上天気。
朝、アパートを引き払う。いよいよさすらいの旅の始まり。
手始めとして再びワシントン D.C. に飛び、LC で開かれる ADL'96 という 会議に出席する。その後、ミシガン経由でカリフォルニアを回る。
管理人のおばさんに鍵を渡し、タクシーを呼んで もらう。アパートの前でだいぶ待ってからやって来たタクシーの運ちゃんは しきりに「ダウンナンバーを言え」などと聞いてくる。何のことかわからず ぽかんとしていると、どうしようもないといった風に肩をすくめる。アパート の部屋の番号のことかと思って、そう聞いてみるとそうだと言う。だけど何の ために部屋の番号なんか聞くんだ?
空港へ向かうタクシーの中で、電気代を払うのを忘れたことに気がつくが、後 のまつり。6月1日に戻って来てから払うより仕方がない。
ワシントン、ナショナル空港からタクシーでホテルに向かう。 黒人の運ちゃんがしきりに話かけてくる。道路のパトカーを見て、「クリント ンがどこかに出かけるんだ(本当かいな)」とか、やたら人なつこい。 私は図書館員だと言ったら、ここにはとても大きな図書館がある、 あそこに来たのか、と納得した様子。 LC のすぐ脇のホテルに着いて、料金を聞くと、タクシー乗り場でもらった チラシ(主な場所へのタクシー代が書いてある)よりだいぶ高い。 一瞬それを見せて交渉してやろうかと思ったが、面倒だし、ちょっと恐いし、 既に会議が始まっている時間でもあり、やめにした。 チェックインだけ済ませて LC に急ぐ。会議場は LC のマディソン・ ビルディングという白い真四角の近代的な建物。
ADL'96 の発表を聞く。

5月14日(火)

ADL'96 の発表を聞く。

5月15日(水)

ADL'96 の発表を途中まで聞いて、ミシガンに向かうためナショナル空港へ。 タクシー代はケチって地下鉄で行く。
愛知淑徳大の二人はすでに発った後だし、図情大の田畑、杉本両先生はもう少 し後の飛行機と、出発地も行先も同じだが行動はばらばら。
無事デトロイト・メトロポリタン空港に着き、シャトルバンでホテル (ホリデイ・イン・ノース・キャンパス)に向かう。出発したかと思ったら 停車して別の客が乗り込むのを待っていたりして随分時間がかかり、 ホテルに着いたのは10時過ぎ。

5月16日(木)

曇。
朝、ホテルに迎えに来たバスに乗ってミシガン大学北キャンパスの メディア・ユニオンへ。 DLI All Project Meeting に参加
 北キャンパスには他に フォード前大統領記念図書館というのもあったので 空いた時間に行ってみた。外も中も豪華だが全く人影がなく不気味だった ので早々に退散した。

5月17日(金)

曇のち晴。
DLI All Project Meeting は午前中で終り。 午後、杉本先生の車でメイン・キャンパスへ向かう。 ボーダーズという大きな本屋に入る。 野添先生と図書館を少し見学。 ミシガン大学の情報図書館学部(School of Information and Library Studies)は由緒ありげな建物だが、 名称を情報学部(School of Information) と変更したばかりらしい。 夕刻、図書館前広場で日本人メンバー全員が落ち合って、 その情報学部長にしゃれたレストランに連れていってもらい、 夕食をご馳走になる。

5月18日(土)

晴。
野添、逸村両先生と共にタクシーでデトロイト空港へ。電話をしてから 30分ほど待たされ、やってきたタクシーは大きくて頑丈そうだが年代もの。 スーツケースを入れるためにトランクを開けたら、何だか運ちゃんの荷物 がいっぱい入っていた。それでも走り出すと快調で、料金も安くて良かった。 杉本先生にも空港内で再び会う。ここで先生方は日本に、こちらは あこがれのサンフランシスコへと向かう。
サンフランシスコまでの大陸横断のフライトは5時間ほどかかる。時差が 3時間あるので、12時20分に出発して2 時20分到着予定。飛行機も ジャンボではないが大きめで、一回だけ軽食が出る(まずい)し、アルコール 飲料は有料でサービスと、国際線と国内短距離のまさに中間で面白かった。
飛行機は少し遅れて4時頃サンフランシスコ到着。薄曇りで風が強い。 空港からオークランドまでの距離を考えるととても タクシーをひろう気になれず、案内所でシャトルバンを紹介してもらう。 空港を出ると曇でけっこう風が強く埃っぽい。オークランドは湾をはさんで 反対側だし、オークランド空港というのもあるので、そこまで行く便は 少ないらしく、随分待たされた。 他に乗り合わせたのは黒人とバークレーへ行く という赤ん坊連れの家族。湾岸を快適にドライブと思いきや、すぐに渋滞に ぶつかって、小柄でちょび髭の東洋系だかラテン系だかよくわから ない運ちゃんは、高速を降りて裏道を走る。サンフランシスコの町中に入り、 再び高速に上がって行くと、すぐにベイ・ブリッジ。この橋は2階建てで、 上りと下りに分かれており、それぞれ5車線もあるのだが、車がいっぱい。 橋を渡ってしばらくして、目的のホテル、サンダーバード・イン(Thunderbird Inn) に着いた。
フロントには長髪の兄ちゃんがいて、日本に行ってみたい、ニンジャやサムライ は本当にいるのか、とか話しかけてくる。そうか、アメリカの庶民は日本に行って みたいんだ、とこの時初めて気付く。
ここはホテルの種別としてはモーテルになるのだそうで、安いのだが、 エレベーターの外側の扉は手で開ける仕組みだし、バスルームも 浴槽がなくてシャワーだけなのにショックを受ける。中庭にプールがある。 自動販売機でカメラを売っている。9ドルなのでまあまあかと思って、20ドル 札を入れたら、おつりが1ドル硬貨で11枚出てきたのにはたまげた(それまで 1ドル硬貨など見たことがなかった)。それはいいのだが、出てきたフジの 使い捨てカメラ、箱をよく見ると、Process before 1995-5 などと書いてある。 つまり、使用期限切れ。ひどい。しかしフロントに文句を言う勇気も ないし、まあ多分使えるだろうと思ってあきらめた(実際、日本に帰って から現像に出したら大丈夫だった)。
チェックインした後もまだまだ明るいので、近くのジャック・ロンドン・ スクェア (Jack London Square) に行ってみる。 港に面してちょっとした広場があり、ジャック・ロンドンの銅像が立って いる。周りにはホテル(ここは高い。サンダーバード・インとは ちょっと離れているだけなのに)やいろんな店(カヌー専門店なんての もあった)が立ち並んでいる。 バーンズ・アンド・ノーブル (Barnes & Noble)という大きな本屋があったので入ってみる。 広い店内にあふれんばかりの本。バーゲン本のコーナーには分厚いハード カバーに半額以下の値札がついて並んでいる。 うちの近所にもこういう本屋があればいいのに、とため息。
そばにゲーム専門店もあり、駒がフットボールのヘルメット型になっている チェスを売っていた。わがオークランド・レイダーズのもあり、 よっぽど買おうかと思ったが、とりあえず保留にしておいた。

5月19日(日)

晴。
サンフランシスコ見物。BART でパウエル・ストリート(Powell Street)まで行 き、観光案内所(Visitor Center) でケーブルカーとバスの1日乗車券を購入。 まずはケーブルカーに乗ってフィッシャーマンズ・ワーフへ。
海沿いにレストランやみやげ物屋が立ち並ぶ典型的な観光地で、男一人で うろついていても全然面白くない。岸壁に第二次大戦中に活躍した 潜水艦がつながれていて内部を公開していたので見学。少し歩いて San Francisco Maritime という屋外博物館のようなところに入る。 桟橋に四隻の船が繋留されていて、それぞれに入れる。甲板から ほど良い距離にゴールデン・ゲート・ブリッジが見え、 潮風が心地よい。さすが港町。 そう言えば横浜にも似たような船の展示があったような記憶がある。 面白かったのは、客船に設置してあった古いのぞきからくりで、10セントだか 20セントだかで本当に動いて、サンフランシスコ大地震の立体写真などが みられたこと。ここは人が少なくて好きなだけゆっくり見られるのがいい。
あたりの店先で売っていた、パンをくり抜いて中にクラムチャウダー をいれたものを昼飯に食べる。別段うまいとも思わないが、観光地だから こんなもんだろう。
ケーブルカーの降りたところとは別の終着駅に出る。行列が出来ていて かなり待たされた上に、前も後ろもカップルで、公衆の面前で恥じることなく キスなどしていて頭にくる。頭にプロペラをつけたおじさんがギターを かき鳴らしながら歌をうたって、空き缶に小銭を投げ入れてもらっている。
ようやく乗れたケーブルカーで坂道をぐんぐんあがる。途中、大勢の人が 降りるところがあったので何かと思ったら、ラッシャン・ヒル(Russian Hill) という観光案内によく写真が載っている有名な丘だった。そこからしばらく 行って、ケーブルカー博物館に入る。大した博物館ではないが、大きな 滑車で実際にケーブルを動かしているところが見られる。
今度は乗ってきた路線と交差して走っているカリフォルニア・ストリート (California Street) 線に乗る。 とにかくよくこんなところに大都会が出来たと思うくらい険しい坂道を 登り降りして行くので、乗って通りを眺めているだけでも楽しい。 終点のエンバーカデロ(Embarcadero)からフェリーの発着場まで 歩き、都合がよければフェリーでオークランドまで帰ろうと思ったが、 どうも適当な時間の便がない。板張りの桟橋のようなところからしばらく ベイ・ブリッジを眺めて戻る。 一日乗車券を買ったものだから、どんどん乗らなくてはということで、 今度はバスに乗る。マーケット・ストリート(Market Street) を シビック・センター(Civic Center)まで行って、図書館を訪れる。
そこに図書館があるというだけで行ってみたのであって、 半ば時間つぶしのつもりだったが、 中に入ってみて驚いた。しゃれた関連商品を売っている店(カード目録を 絵はがきにしたものを何枚か買う)、現代的なデザインの案内表示、 スペイン語、ベトナム語、韓国語など数カ国語の利用案内パンフレット、 そしてもちろん数多くの利用者用端末。 後で知ったのだが、いろいろ議論を呼んだ最先端の公共図書館なのだった。

5月20日(月)

晴。
バートでバークレーに向かう。 電子メールで面会を予約してあった情報学の教授を訪問するが、約束の 時間になってもいない。事務の人も彼女がどこにいるのか知らない。ドイツ に行っているはずだなどと言う。ここ数日、電子メールのチェックをして いないので、ちょっと嫌な予感はしていた。結局、30分以上待ったが連絡が 取れないので、コンピュータ利用室のような部屋で端末を使わせてもらう。 案の定、2、3日前に届いていたメールに、サンディエゴの学会に行く ことにしたから会えない、と書いてある。やれやれ。
仕方がないので、すぐそばのセイザー・タワー (Sather Tower) という塔 に登る。何十セントだか払ってエレベータに乗り、てっぺんに着くと、鉄格子 越しにバークレーの町並みと海が見える。
図書館は明日訪問することになっているし、他にすることもないので退散 することにした。ベトナム料理のファーストフード店があったので、入って 昼食に Rice Noodle Soup なるものを食べる。ラーメンの麺が太いはるさめ といった感じ。Bart の駅に向かう途中、SF 専門の本屋があったのでここ にも入ってみる。いろいろ迷ったあげく、荷物を増やすのは嫌だったので 何も買わずに出る。
オークランド美術館というのをホテルの観光案内パンフレットで見たのを 思い出し、行ってみることにする。 バートでレイク・メリット(Lake Merritt)という駅まで行く。 地図を頼りに見つけた美術館は月曜で休み。なんということだ。 少し先に駅の名前の通りレイク・メリットという小さな湖があったので、 そこまで足を伸ばしてみる。町中のちょっとした憩いの場といったところか。 水戸の千波湖を思い出す。一人で水辺をぼんやり歩いていてもどうにも間が 持たない。
通りをはさんで図書館 (Oakland Public Library) があったので入る。 幸いここは休みではなかった。ここはしかし昨日訪れたサンフランシスコ 公共図書館とは対照的に随分古めかしい図書館で、端末もあまり置いてな く、くすんだカードケースなどがでんと据え付けてある。トイレに入ろう と思ったら鍵がかかっていて、防犯のため閉めてあるので使いたい場合は 係員に申し出ろと書いてある。ますます意気消沈。郷土資料の部屋など 少し覗いてみて、ため息をつきながら駅に戻る。
まだ時間があるのでサンフランシスコに出ることにする。現代美術館で も行ってみようと思ったが、BART の車内でパンフレットを見直してみた ら月曜日は休みだと書いてある。泣きっ面に蜂とはこのことか。
ともかくパウエル駅で降りて、ケーブルカーを横目に坂道を登って行くと、 ふくらんだ半ズボンの真っ赤な服(昔の英国貴族の衣装だろうか) を着た従業員がうろうろしている、いかにも高級そうなホテルの前で、日本語で 呼びかけられて驚いた。振り向くと上品そうな初老の紳士がビラを片手に にこにこしている。頼むからこの店に行ってみてくれと言う。日本人の 女性が開いている良心的な土産物の店だとのこと。早い話が客引きだが、 振り切る気力がなくて、すぐそばのその店に入ってみる。他に客はおらず、 店の主らしい女性が、医者か、学会で来たのか(サンフランシスコは 医学関係の学会が多いのだろうか)などと聞いた後、 メダルやらライターやらスカーフやらしきりにすすめるのだが、 もともと買う気がないのだからしょうがない。また来るからと言って、 そうそうに退散。
しばらく歩いて、アナーバーにもあったボーダーズという全国チェーンの 書店を見つけて入る。ビルの 7階くらいまでを占める巨大な本屋で、 CD やコンピュータのソフトまで売っている。さんざん迷ったあげく、 コンピュータソフト2種と雑誌およびバーゲンのペーパーバックを 合わせて数冊買う。店を出ようとしたら、デテクタが作動して、かばんの 中身を調べられた。どうも CD-ROM の磁気がうまく抜けていなかったらしい。 帰り道、カメラの安売り店を見つけて、使い捨てカメラを買おうと思ったが、 店頭に山積みになっているのはフィルムだけ。店内に入って見回してもない ので出ようとしたら、中国系らしい店のおじさんが、何を探しているんだと 聞く。使い捨てカメラだと言うと、店の奥から出してきてくれたはいいが、 貼られている32ドルという値札を見て仰天。いらない、と言おうとしたら、 19ドルにまけてやる、と言う。それでも高い。断わろうと思った瞬間、 「チャイニーズ・マフィア」という言葉が頭をよぎって、急に恐くなった。 どうせカメラは必要なんだし、他で買ってもこんな値段かもしれない (一昨日の自販機の使用期限切れのこともあるし)と自らを慰め、こんな店に 入らなきゃよかったという後悔に唇をかみながら 20ドル札に別れを告げた (消費税込の値段で少し助かった)。
夜、スタンフォードでお世話になることになっている益子さんに電話。 この人は筑波大図書館から数年前に在外研究でスタンフォードに滞在された 早瀬さんがお世話になった人で、今は引退してパロアルトにお住い。 その益子さん曰く「どんな経験でも結局最後にはいい経験になるのよ」。 ろくでもない体験が続いた今日一日を見透かされ、さとされているような 感じで、心中唸ってしまった。

5月21日(火)

雨。
再びバークレーへ。今日は図書館訪問。
ちょうど卒業式で、宿が取れなかったのはこのせいらしい。 午前中は東アジア図書館の日本人司書のモリモト(森本?)さん。この人 とも昨年の図情大のディジタル図書館国際シンポジウムが出会いの場。 午後はメイン・ライブラリであるドウ図書館に行き、 モリモトさんに紹介していただいたダニエル・ピティ(Daniel Pitti) とロイ・テナント(Roy Tennant) という二人のディジタル図書館プロジェクト 担当職員にいろいろ話を聞く。二人ともとても親切で感じがいい。
その後、一人で図書館内探索。セルフ・ガイド・ツァーとか言って、 カウンターで解説書を借りて、それを読みながらあちこちうろつく。

5月22日(水)

晴。
Bart でサンフランシスコ、パウエル駅まで。そこから キャル・トレイン (Cal Train) という列車の駅まで、かなりの 距離だが、歩く。1時間に1本くらいしかない列車でスタンフォード大学 のあるパロアルトへ。 パロアルト駅に到着した時は既に益子さんと約束した時刻を過ぎており、迎えに 来てもらうのは断念。 駅前でしばらくバスを待っていたが、地図を見直してみると、 大学の端にあるショッピングセンターまでなら、大した距離では ないように思われ、そこからは無料の学内バスが出ているので、 歩くことにした。
ショッピングセンターはかなり大きくて色々な店が軒を並べている。 だけど結局マクドナルドで昼食。
キャンパス内を走っている無料バスに乗ってスタンフォード大学の 中心とも言うべきメイン・クワッド(Main Quad)という大きな建物 の前まで行く。回廊を張り巡らしたスペイン風の平屋建てで、正面 には広大な芝生が広がっている。 隣にアート・ギャラリーというのがあったので入ってみると、 ちょっとしたモダン・アートの展覧会をやっていた。 その横にはフーバー・タワー(Hoover Tower)という哺乳びんのような形 の塔が立っている。登ってみようと思って入ってみたが、学外者は 金を取るのでやめた。さらにその隣の建物がルー・ヘンリー・フーバー ・ビルディング(Lou Henry Hoover building) で、ここに 東アジア図書館 (The East Asia Collection) がある。 約束の2時に益子さんの後任の日本人司書、小竹直美さんを訪問。 いろいろ話を聞いた後、館内を案内してもらう。 次の予約に従って、3時にスイート・ホール(Sweet Hall) というコンピュータ がいっぱい入っている建物に ジム・コールマン (Jim Coleman)という人を訪れる。 この人は、 ATS(Academic Text Service)というプロジェクトのヘッド(と言うより 一人でやっているみたいだった)。 次の約束は グリーン図書館のレファレンス担当のディック・フィッチェン (Dick Fitchen)という人だが、 コールマン氏もちょうどグリーン図書館へ行くというので、 案内してもらった。さらに、親切にもグリーン図書館の入口で受付の人に聞いて くれたのだが、フィッチェン氏、どうも行方不明らしい。 どうしようかと顔を見合わせているところにちょうど当のフィッチェン氏が 現われ、一件落着。ほっとした。フィッチェン氏には、スタンフォードの 統合データベース検索システム Folio を中心に説明してもらう。
グリーン図書館を出て、スタンフォード・ショッピング・ センターとは反対の方向に行く無料バスでホテルへ。 ホテルはスタンフォード・テラス・イン(Stanford Terrace Inn) という やはりモーテルで、やはりシャワーだけで浴槽がない。がっかり。 おまけにレストランもついていない。 広い道路に出て食事のできるところを探すのだが、なかなか見つからない。 仕方なくジャック・イン・ザ・ボックス(Jack in the Box)というメキシコ 料理のファーストフード店でタコスとサラダ、牛乳という夕食。安上がり なのは結構なのだが ...

5月23日(木)

晴。
このホテル、朝食はロビーで無料で食べられる。 パン、果物、ジュース、コーヒーなどが並んでいるのを好きなだけ 取って食べるバイキング形式。新聞も2,3種類それぞれ何部か用意 してあって自由に持っていける。
少し距離があったが、スタンフォード大学まで歩く。 キャンパス内にあるブック・センターを覗く。ここはピッツバーグ 大学のブック・センターよりも大きく、本の他に CD やカメラ、 パソコンまで売っている。 子供のおみやげにカードや絵本を買う。
学生食堂で昼食。いろんな料理の店が入っており、 けっこう混雑している。ピラフをクレープで包んだような メキシコ料理を取る。
午後、グリーン図書館にヴィッキー・ライク女史を訪れるが、約束の 時間になっても現れない。受付の人によれば、一応話は通っているみ たいなので辛抱して待った。30分以上待ってようやく現れた彼女は いらいらした表情で、会議が長引いちゃって、とかいうような言い訳 をする。アメリカでも同じかと思って何だかおかしかった。 彼女の仕事場に案内され、 HighWire Press の活動などについて話を聞く
その後、ライク女史の前の電子メールでは、確か隣のマイヤー図書館で 誰かが会ってくれるということだったが、彼女は何も言わないし、 まずいことに面会してくれる人の名前を忘れてしまった。ひょっとして こちらの思い違いかもしれないという疑惑が起こってきて、聞く勇気も 出ないままグリーン図書館を出た。
何のあてもないままマイヤー図書館に入って、カウンターの前あたりを うろうろしていたら、中国系の女性に呼び止められた。やはりちゃんと 待っていてくれたのだ。帰ったりせずに良かった。 彼女に マイヤー図書館内部を案内 してもらう。見学者が多いのか、慣れた 感じでどんどん進む。最後にチャールズ・カーンズ(Charles Kerns) と いう人にバトン・タッチ。カーンズ氏にはここでマルチメディア機器 を使って学生がさまざまな研究をしているといった話をうかがう。
夜、益子さんに日本料理店に連れていってもらい、ごちそうになる。 益子さんは衛星通信による日本の新聞を取っておられるそうで、日本 の事情にお詳しい。日本の政治状況を嘆いておられた。

5月24日(金)

晴。
朝、NTT と共同で日本情報を発信する Japan Window という WWW ホームページを作っているバートン・リー (Burton Lee) という男性に 会いに、スタンフォード大学工学部のソーントン・ビル(Thornton Building) というところへ行く。場所はすぐわかったが、バートは不在。 彼の所属する研究室には松下と阪大からそれぞれ一人づつ日本人研究者 が来ていて、待つ間にいろいろ話を聞く。スタンフォードで研究していて 何よりいいのはデータベースが無料で好きなだけ使える点で、これだけでも アメリカに来る価値があると言う。
待てど暮らせどバートは来ない。どうも一昨日から間が悪い。 ついにしびれを切らせて別れを告げ、 東アジア図書館の小竹さんのところに行く。小竹さん、同情してくれて Japan Window をやっている 米日技術経営研究センター (US-Japan Technology Management Center)に連絡を取って、訪問の約束を取り付けて くれる。小竹さんにはここでお礼を言ってお別れし、技術経営研究センター に向かう。センターでは山崎さんという女性が迎えてくれる。バートにも 連絡がついたとのことで、間もなく来るでしょうとのこと。少し話を聞いて いるうちにバート・リー登場。医者に行っていて遅くなってしまったとの こと。ともあれ、会って話を聞くことが出来、Japan Window の開発現場も 見られて一応所期の目的は達した。
午後は RLG を訪問することになっている。電話でタクシーを呼び、 待っていると、やがてやって来たタクシーはこちらに来る途中で 女子学生に呼び止められ、彼女を乗せてしまう。おいおい、 私が呼んだタクシーじゃないのか、と焦っていると、こっちにやって 来て一緒に乗れと言う。黒人の運ちゃんは、それぞれ行き先を聞いて 走り出し、女子学生の方に先に行くと言う。こっちが呼んだタクシー なのに、とちょっとムカッときたが、まあ仕方がないとあきらめた。 ところが、女子学生の目的地にはなかなか着かない。かなりの距離を 走ってようやくたどり着いたところを見ると Netscape のあの見覚え のあるマークが看板になっているしゃれた建物。一瞬苛立ちを忘れて 見とれてしまった。
しかしすぐに怒りが湧き上がってくる。もう約束の2時は過ぎてしま っている。それなのに運ちゃんはのんびりと女子学生に、帰りはどう するんだ、電話でオレの名前を呼べ、などとメモを渡している。さすがに こっちの固い表情に気がついたのか、運ちゃん「アー・ユー・オール・ ライト?」などと機嫌を伺うようなことを言う。いいから早くやってくれ。 さらにひどいことに RLG のある通りは見つかったのだが、目的の 番地が見つからない。しばらく反対方向に走ってから引き返し、やっと のことでたどり着く。メーターは40ドル近くまではね上がっており、 チップは 15 パーセントが相場だそうだが、とても出す気がせず、 40ドルちょうどを払って飛び降りた。運ちゃん、それでもまだ、帰りは どうするんだ、などとのんびり話かけてくる。図々しいのか鈍感なのか、 わけがわからん。
息せききってたどりついた入口に人影はなし。ドアは閉まっており、 磁気カードの類で開くようになっている。 外来の者はインターホンで誰かを呼び出すしかないようで、 壁に職員名と呼び出し番号が書かれた掲示板があるだけ。 いくら見回しても受付の人などいない。前にピッツバーグで アパートに入れなかった時のことを思い出して、いやーな予感が 頭をよぎった。
幸い面会を約束していたジュディス・ジー(Judith Gee)という人は すぐに電話に出て、今降りていくから待ってろ、と言ってくれた。 やれやれ。
迎えてくれたのは血色のいい太ったおばさん。 休暇の前で人がいない、と言いつつ 紹介してくれたもう一人の職員も同じようなおばさん。 アメリカではこういう人が情報産業の一線で活躍しているのだ。 一通り説明を受けた後、 帰りはどうするんだと聞かれたので、列車で帰る と言うと、じゃあ時刻表を調べてあげよう、と端末に向かう。WWW の ホームページでキャル・トレインの時刻表が見られるのだ。 資料をどっさりと、おまけに Ariel のTシャツまでもらってしまい、 途中まで見送ってもらって、駅に向かう。日差しがまぶしい。 いつもこんなに天気がいいのか、と聞くと、だからみんなカリフォルニア に住みたがるのよ、という返事。
歩いて10分ほどの マウンテン・ヴュー (Mountain View) の駅は、どこから が駅かわからない。駐車場の続きにだだっぴろいコンクリートの ホームがあって、ぽつんと無人の小さな駅舎があるだけ。その駅舎には 切符の自動販売機があって、まごついていたら、親切な人が買い方を教えて くれた。おつりは硬貨がじゃらじゃら出てくるのだが、50セント分は 半ドル硬貨などという1ドル硬貨よりも大きいのが出て来て驚いた。 とにかくこれだけの距離がたった2ドル50セントで、2階建て車両にのんびり 座って行けるのだから、渋滞に悩む車などよりよっぽどいい。どうして みんなもっと利用しないのだろう。
一昨日と逆のコースをたどって、サンフランシスコ経由で オークランドに戻る。
再びサンダーバード・インにチェックインし、預けてあったスーツケースを 返してもらったまではよかったが、エレベーターが動いていない。 まだ日が高いので気がつかなかったのだが、あたり一帯停電していたのだ。 スーツケースをかかえて階段を登るはめになってしまった。今度の部屋は ちゃんと浴槽があって喜ばしい。
夕食をとろうと外に出るが、ホテルの隣のレストランはもちろん、ジャック・ ロンドン・スクェアの方までずっと停電で駄目。どうしようかと思ったが、 ホテルの通りをはさんで向い側は大丈夫なのを発見し、そこの中華料理店に 入った。いささか疲れたのでビールなど飲む。

5月25日(土)

晴。
朝からサンフランシスコ見物。
Bart とバスで Palace of the Region of Honor という美術館に行く。 中世から現代に至るまで、西洋美術の絵画やら彫刻やらが少しずつ展示 してある。陶器のコレクションもある。
バッグを背負っていたら職員に注意された。背負うのは駄目で、 ストラップをまとめて片方の肩にかけるのならいいのだそうだ。 よくわからないが、確かに後ろを向いた拍子に背負った リュックサックを彫刻などにぶつけるおそれがないとは言えない。
ここではダヴィッドの「占い師(Fortune Teller)」という絵が気に 入った。ダヴィッドと言えばナポレオンの絵が有名で、あの豪華絢爛と いった雰囲気はあまり好きではないのだが、「占い師」は手相を見てもらう 若い女性の姿をさらりと描いてあっていい。ついこの絵の絵はがきを買って しまった。 館内のレストランで昼食を取るが、アメリカにしてはいい値段で量も 少なめ。
再びバスに乗り、サンフランシスコ近代美術館(San Francisco Museum of Modern Art) に向かう。 途中で乗り込んできた初老のご婦人の二人連れが、偶然、この近代美術館に 行くにはどこで降りればいいんだ、と聞いてきた。私もちょうどこれから そこに行くところである、と答えると、案内してくれないかと来た。 いいけど、私は日本から来たんですよ。それは関係ない、あなたはいい英語 を話す、などとおだてられて、引率するはめになってしまった。こっちも パンフレットに載っている地図だけが頼りなんですけど。
ともあれ、一番近いはずのバス停で降りて、ギフというところを知っているか、 自分の息子はそこに滞在していたことがある、おー、そこは私の生まれた 場所だ(世間は狭い)、などとしゃべりながら歩いているうちに、どうにか目的の 美術館にたどり着く。チケット売場の行列に並んでいると、先に並んだ 二人が一枚余分に買ってくれて、案内してくれたお礼だと渡してくれた。 これには感激。このご婦人方とはここで別れたのだが、出る時にも偶然出会っ た。
この美術館自体はまさに現代美術の殿堂という感じ。いろいろなパソコンが 美術品として展示してあるコーナーがあったので写真を撮ってもいいか、 そばにいた女性職員に聞いてみると 「絶対だめ (Absolutely not)」とそっけなく言われてしまった。今まで訪れ た美術館ではフラッシュ禁止はあったが、写真まで禁止しているところはなく、 さすがアメリカと思っていたのだが。美術館職員にも 東洋系の顔が目立ち、やはり日本に近くなっているんだと親しみを感じて いたのだが、こういうところまで日本に近付いているのかと いささかがっかり。
オークランドに戻り、またジャック・ロンドン・スクェアに行って名残りを 惜しむ。夕日に映えた水面を渡る潮風が心地よい。 わざわざ海外から観光に来るほどの場所では決してないが、日常生活の 中でふらりと息抜きに訪れるには最適だ。 だけど結局ここでは何も買わなかった。

5月26日(日)

朝少し曇すぐに晴。
ホテルをチェックアウト後、がらがらとスーツケースを引いて 歩いてアムトラックの駅へ。早く着き過ぎて誰もいない。 スーツケースを預けたら少し重量オーバーだったが、警告だけで そのまま受け取ってくれた。 やがて列車がやってきた。コーストスターライト(海岸の星の光号?)という サンフランシスコ-ロサンゼルス間に1日一往復しかないもの。 自由席なのだが座席はゆったりして、膝から下の部分を乗せられる 部分(角度が変えられる)もついていて、日本のグリーン車なみ(だと思う。 グリーン車に乗ったことがないのでわからない)。 さらに展望車に行くと、 大きく取ったガラス窓に向い会うかっこうで座って外の景色が眺められる。 しかもこれが満員でなくて、いつ行ってもたいてい一つや二つは座席が空いてい る。列車は途中いくつかの駅に止まりながら、懸賞付クイズの車内放送など もあったりして、のんびり走る。
途中サン・ルイ・オビスポ という駅で長めの休憩があったのでホームに降りて みた。陽光がまぶしく、カリフォルニアを実感する。
それにしてもオークランドからサンタバーバラまで9時間は長い。午後になっ てだんだん疲れてきて、そのうち頭痛がし出した。サンタバーバラに近づくに つれて美しい海沿いに走るようになったのだが、気分が悪くて景色を楽しむ 余裕もなく、早く到着してほしいだけになってしまった。
ようやく駅に到着。駅前にたむろしていたタクシーに向かう。 威勢のいい 白人のおじさんが客を取り仕切っていたのだが、どこへ行くんだと聞くので、 ホテルの名前を言うと、 急に悪態のような言葉をわめき、スーツケースを取り上げると 車のトランクの中にぶん投げ、横柄な態度で乗れと指し示す。 一瞬ムカッと来たが、とてもがんばれる状態ではなかった。運ちゃんは乱暴に 車を発進させると「テン・バックス」とぶっきらぼうに言った。10ドルなら まあいいや、チップ込みの値段だろうか、などと考えているうちに、 予約してあったホテル Best Western Beachside Inn に到着。 10ドル札を渡すと運ちゃんはにっこりして、こっちの肩をポンと叩いて立ち去っ た。向うも 10ドルならいい商売になったということだろう。
昼食は車内でホットドッグを食べただけだが、全然食欲がない。薬を 飲むのに空腹では良くないと思って、自動販売機のプレッツェルを無理矢理 缶ジュースで流し込み、薬を飲んでベッドにもぐり込む。
明日は休みだが、明後日の UCSB 訪問までに回復するだろうかと不安。

5月27日(月)

曇のち晴。
アメリカではメモリアル・デイという祝日。
起きたら気分は直っていた。薬が効いたのだろうか。空腹を感じて嬉しい。 フロントの女性に近くにレストランがないか聞くと、少し歩くがお薦めの 店があると教えてくれる。ホテルの隣のレストランはどうだと聞くと、 そう、もう開いている頃ね、とどうでもいいような返事。 あまり歩く自信はなかったので、結局、隣のレストランで朝食。
レストランを出たところで鍵が見つからないのに気がつく。 ルーム・チャージにしてもらった時、鍵を渡してそのまま返してもらって いないと思い、とって返してウェイターに返してくれと言うと、ちゃんと 返したという返事。あわててあちこち探ってみて、普段入れることのない 胸ポケットに入っているのを見つける。恥をかいてしまった。
せっかくなのでサンタバーバラ見物に出かける。
歩いてダウンタウンへ。図書館 を見つけたが残念ながら休み。 裁判所 (court house)を見学した後、 有名な ミッション・サンタバーバラへバスで 行く。何かイベントをやっていて人が大勢いる。建物の前のコンクリート に砂絵を描いている。 せっかくなのでミッション内部も金を払って見学。 京都なんかの寺を見るのと同じことだなあと思う。
ダウンタウンに戻って、UCSB 行きのバスが出るターミナルを確認し、 ホテルまでどのくらい時間がかかるか調べるために(30分ほど)歩いて戻る。
いったん部屋へ入って休憩。 このホテルもモーテルで、2階建ての客室が囲む中庭にプールがあり、 誰かが泳いでいる。窓には白い木のブラインドが付いていて南国情緒が 漂う。備え付けの観光パンフレットを見ていたら、サンタバーバラで 最高のシーフード・レストランというのが目にとまる。何と今朝食事を した隣のレストランではないか。これはもう今日の夕食は決まり。
そう決まるとまた少し元気が出て、今度は海を見てみようという気になった。 海に木造の橋が突きでていて、その先にレストランやら水族館やら建物が ごちゃごちゃ建っている スターンズ・ワーフ (Stearns Wharf)という所へ行ってみる。鳥の糞が気になるが、 海の風が気持ちがいい。のんびり釣糸を垂れている人も多い。 驚いたのは、木造の橋を車が 堂々と渡っていること。釘が出ていて危ないから裸足で歩くなとか警告が 出ているのに。
予定通りホテルの隣のレストランで夕食。 確かにうまいが、サンタバーバラで最高と言われる味を知るには、 メニューの中で一番安いのを注文していては駄目だろうなあ。

5月28日(火)

晴時々曇。
今日はカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)訪問予定。 午前中は国際交流部門(Education Abroad Program) で、昨年、筑波大 に来学し、図書館を見学されたピーター・ウォリッツァー (Peter Wollitzer) という人に会い、午後は図書館に行ってプロジェクト・アレクサンドリア という電子図書館プロジェクトを見せてもらうことになっている。
バスで行くことにし、ダウンタウンのバスターミナルまで 30分ほどかけて歩く。 UCSB の国際交流部門はメイン・キャンパスから少し離れたところにある のだが、そこへ約束の11時に着くのにちょうど いい時刻のバスがない(9時半発と10時半発しかない。所要時間は30分 以上)。UCSB に電話をかけてみるが誰も出ない。仕方がないので9時半 のに乗るが、案の定、1時間近く早く到着してしまう。少しあたりをぶらついて みたが、広い道路が伸びる平原にビルが点在しているだけで何もない。 たまりかねて国際交流部門が入っているビルに入り、中で待たせて もらうことにした。ここは大学というより普通の企業のような感じ。
約束の11時にウォリッツァー氏登場。しばらくカリフォルニア大学の 国際交流について話を聞く。カリフォルニア大学はバークレーを始め9つ のキャンパスがあるが、国際交流に関してはここサンタバーバラが本部に なっていて、海外からの留学生をどのキャンパスに振り分けるかなど、 すべてここで決定されるそうだ。筑波大とは交流協定を結んだばかりで、 これから留学生の交換が始まるとのこと。また、午後、プロジェクト ・アレクサンドリアを見に図書館を訪問することを伝えると、図書館の 他の部分も見られるよう手配してくれた。
オフィスを案内してもらった後、車でメイン・キャンパスに連れて行って もらう。メイン・キャンパス内の教職員クラブのようなところで昼食を 奢ってもらう。窓から入江が見える。すぐ向うは海なのだ。 昼食後、図書館に連れて行ってもらい、館長のボワッセ (Boisse)氏に 引き合わせてもらって、ウォリッツァー氏とはお別れ。
ボワッセ氏は親切に館内を案内してくれる。図書館自体はどうということ もない普通の図書館という印象。 最後にプロジェクト・アレクサンドリアが行なわれている地図・画像研究室 (Map and Imagery Laboratory) に案内してもらう。 ここでは昨夏図情大のシンポジウムで知り合ったテリー・スミス (Terry Smith)という教授に面会の約束を取り付けてあったのだが、いない。 部屋の中の誰も私のことは知らない。困惑していると、テリーは超多忙で よく約束を忘れる、今連絡を取るからちょっと待て、と女性職員が助け舟を 出してくれた。しばらくしてテリー・スミス氏登場。本当に忙しいようで、 挨拶もそこそこに何が知りたいか聞いてきて、周りにいた人々に私を託して 早々に立ち去ってしまった。
プロジェクト・アレクサンドリアについていろいろ説明を受けた後、案内 されるままについて行くと、別の女性職員が車でホテルまで送ってくれる、との こと。まだ日も高いし、もう少しキャンパスの中を探索したいような気も したが、せっかくの好意を断わる勇気も出なかった。海沿いのハイウェイに 出てきれいな景色が広がったので、「ビューティフル」と言うと、 「これがビューティフルだと思うの?曇ってるじゃない」と いった感じの不満げな返事。確かに少し雲がかかってはいたが、日本の 感覚では完全に晴なのだが。
明日はまた列車でサンディエゴに向かうのだが、 へ出るのに、 タクシーには懲りたので、ちょっと距離があったが 歩くことにして、その下見に行く。
ついでに駅からダウンタウンまで足を伸ばす。通りで農家の人たちが店を 出す夕市のようなものをやっていて賑わっている。 アナーバーやサンフランシスコにもあったボーダーズという 全国チェーンの大書店に入るが、 あれこれ迷ったあげく結局何も買わずに出る(とにかく荷物 を増やしたくなかった)。ちょっと戻ると、これも全国チェーンの書店で、 オークランドで何度も入ったバーンズ・アンド・ノーブルもあったので、 ここにも入ってみる(何も買わずに出る)。
結局、昨日と同じホテルの隣のレストランで夕食。

5月29日(水)

朝少し曇のち晴。
アムトラックでサンタバーバラからサンディエゴへ。
朝食は自動販売機のスナックで済ませ、早めにホテルをチェック アウトして、オークランドの時と同様、スーツケースを引きずって 歩く。
何事もなく到着したのはいいが、早く着き過ぎて誰もいないし、 窓口も開いていない。 ひなびた待合室の木のベンチに座っていると老夫婦がやって 来たのを始めとしてだんだん人が増えてきた。間もなく窓口が開いたので スーツケースをチェック。駅員はおばさん一人だった。 チェックした荷物はホームのカートに自分で乗せておくと、列車が到着した時 にこのおばさんがカートを運転して列車に積み込んでくれるという仕組み。
そのうち小学生の遠足とおぼしき団体がやってきて急に騒がしくなった。 これと一緒に列車に乗るのかと思ってげんなりしたが、幸い彼らは別の車両 に固まって乗ってくれて助かった。
今度の列車はサンタバーバラまで乗ってきたコースト・スターライトという長 距離列車ほど乗り心地はよくない。展望車がついているわけでもない。 途中ロサンゼルスで列車の向きが逆になる(つまりロサンゼルスは終着駅なの で列車は後ろから走り出す)。
オークランドからサンタバーバラまでに比べればましだが、それでも10時前に 出発してサンディエゴに着いたのは3時過ぎ。スペイン風の駅舎がエキゾチッ クでいい。学生時代の友人でサンディエゴ在住の丸山さんという人に電話を かけて迎えに来てもらう。丸山さんは現在ラ・ホヤにある スクリップス・リサー チ・インスチチュート(Scripps Research Institute) という研究所の助教授 で、お会いするのは何年ぶりかになる。
とりあえずホテルにチェックイン。予約した時は全然知らなかったのだが、 ホテルは Lodge at Torrey Pines といって、ゴルフ場の一角にある(有名な ゴルフコースだそうだ)。スクリップスからも歩いていける距離で、 丸山さん自身、ここに初めて来た時に泊まったのがこのホテルとのこと。
その後、スクリップスに連れていって もらい、丸山さんの奥さんとも実に 久しぶりの再会。奥さんは三島の人で、丸山さんが国立遺伝研究所にいたころ に結婚し、現在は丸山さんのアシスタントとして同じ研究室で働いておられる。 夜は丸山さん宅で奥さんの手料理をごちそうになる。日本のビールに和食、 会話ももちろん日本語で、アメリカにいることを忘れそうになる。
お子さんは中学生の女の子と小学生の男の子だが、上の女の子が部屋に こもって何かやっている。パソコンでインターネットに接続して、 誰か芸能人のホームページだかメーリングリストだかに夢中なのだそうだ。

5月30日(木)

晴。
朝食は丸山さんからおにぎりの差入れ。 昼食はスクリップス内の食堂で丸山さん、奥さん、それにもう一人 同じ研究室におられる日本人研究者の方と一緒に。なんでもつい最近、 カリフォルニア大学サンディエゴ校の日本人教授が殺された事件があって、 日本からマスコミが押し寄せて大騒ぎだったとか。その殺された教授という のが丸山さんとも接触があったそうで、食事の間はもっぱらこの話題だった。
スクリップスの図書室 を見学させてもらう。こぢんまりとまとまった専門図書 館という趣き。三角形の天井からの採光がいい雰囲気を醸し出している。
午後、丸山さんに車でサンディエゴ観光に連れていってもらう。 コロナードという島( ピッツバーグで住んだアパートと同じ名前)の ホテル・カリフォルニアのモデルだという超高級ホテルを 車内から見たりする。
丸山さんはお子さんのお迎えがあるというので、 動物園で有名なバルボア・パークという公園で降ろしてもらい、 一人で時間をつぶす。
サボテンが生えた岩にハチドリが舞っていたりして、すぐ南はもう メキシコだということを感じさせる。動物園に男一人で入っても しょうがないので、いくつか並んでいる美術館、博物館のうち、 Ruben H. Fleet Space Theater & Science Center という科学館 に入り、Omnimax Theater という大画面に写される 映画を見る。 館内で投げるとブーメランのように手元に戻ってきてキャッチできる 紙飛行機を実演販売していたので、丸山さんの男の子へのおみやげに 購入(と言いつつ、実は自分が飛ばしてみたかった)。
科学館を出てもまだ明るいのだが、5時近くでほとんどの博物館 にはもう入れず、ぶらぶらしていると、うまい具合にソフトクリーム をなめながら歩いている丸山さん親娘に出会った。ちょうど迎えに 来てくれたところだったようだ。
夜は寿司屋に連れていってもらい、ごちそうになってしまう。

5月31日(金)

晴。
カリフォルニア大学サンディエゴ校図書館訪問。
サンタバーバラのウォリッツァー氏から紹介してもらったせいか、 非常に丁寧な対応でありがたかった。 メイン・ライブラリのガイゼル図書館で副館長のブルース・ミラー (Bruce Miller)氏にいろいろ説明してもらう。ビル・クラビー(Bill Clabby) という国際交流の担当者も同席。
昼食を Faculty Club でおごってもらう。自分の好きな物を好きなだけ 取るバイキング形式で、なかなか美味。日本人カタロガーのイソズミさん も一緒で、話を聞いているうちに彼女が愛知県尾西市の出身と聞き驚く。 わが故郷、岐阜県羽島市とは木曽川をはさんで隣同士なのだ。
午後、ガイゼル図書館内部を見学した後、 International Relations and Pacific Studies Library という ところへ行き、カール・ロー(Karl Lo) という中国系の人に話を聞く。 図情大の竹内先生と知合いらしい。
この後、ミラー氏とは別れて、ビル・クラビー氏のオフィスへ少しお邪魔する。 彼も日本に留学したことがあるそうで、のれんが壁に貼ってあった。 そのうち学生が相談にやって来て、その対応に追われだしたので、 おいとますることにした。丸山さんに電話をかけ、迎えに来てもらう。
夜、またまた丸山さん宅でご馳走になる。巨大なロブスターが出てきた。 と言いつつ、実は記憶があいまいで、寿司屋に連れていってもらったのが この日で、ロブスターは前日だったかもしれない。
いずれにせよ、毎日ご馳走になったことに変りはない。


3月 |  4月 |  6月