Monthly Archives: 5月 2016

Readingバトン(番外編&展示のご紹介)

ReadingバトンReadingバトン-教員から筑波大生へのmessage-
今回は番外編、第23走者の生命環境系和田先生からのご紹介で生物科学専攻と生物学類の学生2名から寄稿いただきました。
(2015年11月18日(水) サイエンスライティング講座発表会で発表済みです)
番外編
▼ 竹股ひとみ(生命環境科学研究科生物科学専攻)
▼ 高木亮輔(生命環境学群 生物学類)

▼ 新入生歓迎展示「ツクバ春のホン祭り ~走り出す君へ!~」




火の賜物
Pick Up

『火の賜物 : ヒトは料理で進化した』リチャード・ランガム著 ; 依田卓巳訳. NTT出版, 2010.3【469.2-W92】

Book Review
女性が料理をすべき、との考えはなぜ生まれたのか?
 料理をするということ、それは、人間なら誰もが生きる上で欠くことのできない行為です。しかし、これほど男女平等が叫ばれている現代においても、「料理は女性が行うべき」という考えは世界中の国々でいまだ根強く残っています。プロの料理人には男性もいるし、料理が苦手な女性もいるのに、なぜそのような考えが定着したのでしょうか。著者であるリチャード・ランガムは、本書のなかでその理由を模索しています。料理という行為が誕生した際の、人間の男女に生じた行動の変化が手がかりとなるようです。

料理の誕生と、それがもたらした男女の役割分担
 リチャード氏はハーバード大学生物人類学教授で、ピーボディ博物館霊長類行動生物学主幹を務めており、チンパンジーを始めとした霊長類文化の研究を専門としています。リチャード氏は本書で、文化人類学の視点から次のように述べています。

「私たちの先祖がまだ火の利用を行っていなかった頃、彼らは一日の大半を食べ物の咀嚼に費やさねばならなかった。しかし火の利用を習得し料理を覚えると、食べ物がやわらかくなったため咀嚼に要する時間が短縮した。すると彼らはより多くの食べ物を得ようと体力のある男性が遠くまで狩りに行き、その間女性は家の周辺で植物などの採集をして食いつなぎながら男性の帰りを待つようになった」。

これは、料理の誕生によって男女の役割分担が生じたことを解説しています。その分担の定着が男女観の形成にも影響を与えた、という考えに、私は驚きを覚えました。加えて、次のような説明も述べられています。

「男性は狩りから帰宅すると獲物を女性に渡し、狩りの疲れを癒やすために休憩する。一方で女性は受け取った獲物を料理して家族に分け与える。男女双方がより多くの食べ物を得られるというメリットを共有できたためこの分担が定着し、その結果として料理は女性がするものだという考えが広まった」。

料理をしていると周囲の男性が群がり食べ物を奪う等の危険性があるため、女性たちはそれを回避しなければなりませんでした。そのために特定の男性と協力関係を結んだのではないか、とも本書の中で示唆されています。それが、結婚制度の始まり―—とても意外です。

料理についての様々な考察
 このように、男女観一つとっても、料理の誕生が人類に大きな影響を及ぼしたようです。
ほかにも本書では、生食主義者(食物をできる限り調理せずに摂取する人々のこと)が栄養不足であるという指摘から始まり、料理と人類の体や脳の発達の関係、料理が我々にもたらすエネルギーなど、料理に関して様々な点から論じており、勉強になります。
 すべての事象を料理と結びつけているために、ややこじつけのように感じる部分もあるかもしれません。ですが、料理という日常的な一つの行為が、実に様々な点で人類の発展と結びついている、そんなことが随所で示されている本書は、非常に奥深く興味深いです。

読めば料理がもっと楽しくなる
 私は本書を読んでからというもの、料理をしている際に人類の発展へと思いを馳せることが多くなりました。このたった20分で作ったチャーハンも、どこかで人類の発展と関係しているのかな…などと想像をめぐらせながら料理をするのは、なかなか楽しいものです。日々当たり前のように行っている料理だとしても、あなたも本書を読んだらきっと、ロマンを感じることができるでしょう。

竹股ひとみ(生命環境科学研究科生物科学専攻)




植物は<知性>をもっている
Pick Up

『植物は「知性」をもっている : 20の感覚で思考する生命システム』ステファノ・マンクーゾ, アレッサンドラ・ヴィオラ著 ; 久保耕司訳. NHK出版, 2015.11【471.3-Ma43】

Book Review
花壇に潜む知性の秘密とは
植物が知性をもつ――。初めて目にすると、俄かには信じがたいが、その考えは見事に覆される。読み終えて、「植物は知性をもっている」と納得させられてしまった。人間は、植物を知的な存在として受け入れ難い。植物は「動かない」、「感覚をもたない」と考えるためだ。本書は、古代ギリシャから続く伝統的な固定観念を疑問視し、魅力的な論を展開していく。植物を純粋に科学すれば、植物が動き、感覚を持つことは自明だという。

植物は「動く」
著者は、イタリア人の植物生理学者ステファノ・マンクーゾである。フィレンツェ大学国際植物神経生物学研究所(LINV)の所長で、「植物の知性」の分野を代表する研究者だ。また共著者のアレッサンドラ・ヴィオラは科学ジャーナリストであり、難解な内容も理解しやすく伝えてくれている。「神経」というと、哺乳類や昆虫類に対してイメージしやすい。これら動物の体内に神経細胞が存在し統合して、情報伝達を担う仕組みを持つからだろう。一方で、神経細胞を持たない植物に対しては違和感のある用語だが、あえて植物の生理的な仕組みに対して「神経」という言葉を用いるのは、現代の生命科学が、植物を動物と同等に扱うようになってきた証拠なのである。
植物は、酸素や栄養を供給する必要不可欠な存在である。しかしこれだけでは、植物への認識は全く不十分であるようだ。筆者は、「私たちの植物への理解を妨げている原因は、動物と植物の間にある生活スタイルや体構造の大きな違いである」と述べている。
動物と植物は5億年前に進化の枝を分かち、動物は他の動植物を探して食べることで栄養を摂取する「移動」、植物は与えられた環境から栄養を引き出す「定住」、を選択した。このことが体構造の違いまでもたらしたらしい。動物は動くことを前提として、脳や心臓といった器官に重要な生命機能を集中させた。一方で植物は、移動しない生存戦略を選び、体の一部を失っても問題のない、機能を分散させたモジュール構造の体を作り上げた。植物体は分割可能なパーツの組合せであり、ネットワークがそれをつなぐ。さながらレゴブロックのような構造であるという。
加えてもう一つ、植物を的確に理解するにあたり障害となっているのは、時間の尺度が大きく異なることだと述べられている。植物の動きは人間からすると非常にゆるやかであり、動いていると認識できないほどなのだ。私たちの視点が動物の視点であることを強く自覚するべきなのだろう。事実、開花の早送り映像を見たことがある人は、植物は動く、と実感できたはずだ。

定住者の生存戦略
さらに著者は、植物も「感覚」を備えていることを明らかにする。思わず「ちょっと待って!」と異議を唱えたい人もいるかもしれない。ところが、視覚を例にとると、これを「目で見る能力」ではなく、「光を知覚する能力」と考えれば、植物は視覚を持つといえる。同じように捉えると、植物は人間の五感をきちんと持っているのだ。
例えば、食虫植物のハエトリグサが好む昆虫だけを捕食するのは、まさに触覚や味覚の現れであると示されている。驚くべきことに、五感に加えて重力を感じる感覚など十五の感覚を有する(しかもそのための個々の器官なくして)ようだ。植物は定住して生きていくために、多彩で鋭い感覚を持っているという。
さらに植物は「コミュニケーション」をとる。著者によると、これがメッセージを発信者から受信者に伝えるという意味合いであり、その上で植物体内や植物体間、植物と動物の間においても、コミュニケーションが行われているというのだ。植物の個体内には多数の「情報処理センター」があり、各々が必要な場所に刺激の情報を統合し、直接信号を送ることができるらしい。また個体間のコミュニケーションでは、放出される複数の化学物質を言語として用いているというのだ。草原の中で他の植物と競って根を伸ばしたり、昆虫に受粉の手伝いをさせたりと、植物はコミュニケーション能力を発揮している。私たちが花を買って花壇に植えることでさえ、植物の驚異的な操縦能力の結果だというから、花壇に植わっているパンジーを見る目が劇的に変わること必至だろう。

そこに知性がある
それにしても、そもそも知性とは何なのか――本書は、難解かつ重要な問題提起に挑んだ。ここでは、「知性は問題を解決する能力である」と再定義し、議論を進めている。植物は、大量の環境からの情報を記録し、そのデータを基準としてあらゆる生命活動に関わる決定を下しているのである。この事実の実証にいち早く動いたのは、かのチャールズ・ダーウィンであり、根の先端部である根端の並外れた感覚能力に気付いたという。根端は、外部の刺激を感じ取れるだけではない。刺激を絶えず記録し、植物の各部と個体全体の要求に応えて計算を行い、その結果に応じて根を伸ばしていくのである。これを知性と呼ばずに何と言おうか。
著者は、各根端が集合的に機能を発揮するネットワークの一部であり、知性を分散させる戦略をとっていると述べる。この戦略は飛ぶ鳥の群れによくみられ、個々にはない性質が全体として現れる「創発」と呼ばれる現象が観察されるという。渋谷のスクランブル交差点でぶつからずに歩くことも、創発で説明されうる。動物では個体の集合で群れが形成される一方で、植物は、一個体が多数の根で創発行動を起こす一つの群れと考えられるのである。

新・植物時代の到来
本書を読めば、著者の明快で論理的な説明と情熱的な語り口によって、読者は植物の無限の可能性に思いを馳せることだろう。これまでの植物がもたらしてくれた恩恵への畏敬の念が生まれ、これからの植物に「支配」される豊かな未来が眼前に広がるはずだ。植物の知性は、私たちの社会をよりよく変える力も持っているのだという。応用的な技術開発が進んでおり、その中でも面白いのは、アンドロイドに続くロボットである、プラントイド(植物型ロボット)だ。動物とは異なる植物の特性が今後必ず活かされていくに違いない。洗練された知的生命体である植物との新たな出会いに、ワクワクが止まらない。

高木亮輔(生命環境学群 生物学類)



ツクバ春のホン祭り

ツクバ春のホン祭り

ツクバ春のホン祭り

ツクバ春のホン祭り

ツクバ春のホン祭り
Before

ツクバ春のホン祭り
After

2016年4月6日(水)~5月8日(日)、中央図書館本館2階ラーニング・スクエアのギャラリーゾーンにて春の特別展示を開催しました。展示のタイトルは「ツクバ春のホン祭り ~走り出す君へ!~」。新年度のスタートを切るのにふさわしい本の数々が、レビューを添えて展示されました。
展示されているのは2011年12月から附属図書館ラーニング・アドバイザー(LA)の皆さんによって続けられている、ブクログを用いた推薦図書紹介「筑波大学附属図書館ラーニング・スクエア☆学習支援の本棚」。そして2010年6月から各分野の先生方によって紹介されてきた「Reading バトン-教員から筑波大生へのmessage-」内の選りすぐりの本たちです。展示作業中から通りすがりの学生・新入生の皆さんが足を止めてじっくり見て行ってくれました。もちろん貸出も可能で展示後半には、特にReadingバトンの棚の本はほとんど借りられてしまうほどの盛況ぶりでした。

■次回の更新は6月下旬を予定しています。


教員著作紹介コメント(Timur Dadabaev先生)

ブックコメントのアイコンTimur Dadabaev先生(人文社会系)よりご著書の紹介コメントをいただきました。
【本の情報】
『Identity and Memory in Post-Soviet Central Asia』Timur Dadabaev著.Routledge, 2016 【分類229.64-D12】

【コメント】
本書はソ連時代を生きた中央アジア・ウズベキスタンの高齢の人々に対しインタビューを実施し、彼らの過去の出来事の記憶を通して彼らの歴史のみならず現在に対する考え方を明らかにすることを目的とする。本書は各章を通して特に中央アジア・ウズベキスタンにおけるソ連時代とその後のイデオロギー、政治、民族、宗教、ソ連時代に対するノスタルジーと地域社会の変容を分析する。

ソ連時代の記憶は、ソ連解体から20年を経た現代においても、現代史の理解や人々のアイデンティティにおいて重要な意味を持っている。人々の記憶は、ソ連史学や新独立国家のナショナル・ヒストリーにおける現代史認識や叙述を相対化する史料となりえるとともに、語り手が現在持っているアイデンティティの表現でもある。ソ連時代の記憶は今記録しておかなければ、永久に失われることは明らかであり、ここに本書の意義と緊急性がある。

Timur Dadabaev, Identity and Memory in Post-Soviet Central Asia:
Uzbekistan’s Soviet Experience, Oxon: Routledge, 2015, pp.256.

http://routledge-ny.com/books/details/9781138831469
(外部サイト/Routledge社HP)

目次など詳細については以下を参照。

https://www.academia.edu/7897732/_1_2015_Identity_and_Memory_in_Post-Soviet_Central_Asia_London_NY_Routledge_Taylor_and_Francis_pp.214
(外部サイト)


教員著作紹介コメント(小野正樹先生)

ブックコメントのアイコン小野正樹先生(グローバルコミュニケーション教育センター)よりご著書の紹介コメントをいただきました。
【本の情報】
『日本語コミュニケーション研究論集 第1号~第5号』日本語コミュニケーション研究会編. 日本語コミュニケーション研究会, 2011.10- 【分類810.7-N77】

【コメント】
本研究論集は、現代日本語を機能的に分析したもの、外国人を対象とした日本語教育を目的として書かれたものです。
日本語の特徴に「敬語」がありますが、敬語を離れても聴者に配慮する表現が日本語は実に多様です。
量を表してはいないのに、「ちょっと、わかりません」のように程度を表す表現や、行けないことはわかっているのに
「行けないかもしれません」のような表現を使うのはなぜでしょうか。
こうした日常的な言語表現を改めて見直すきっかけになってくれれば
著者一同この上ない喜びです。


教員著作紹介コメント(Timur Dadabaev先生)

ブックコメントのアイコンTimur Dadabaev先生(人文社会系)よりご著書の紹介コメントをいただきました。
【本の情報】
『Japan in Central Asia』Timur Dadabaev著. Palgrave Macmillan, 2016【分類319.1-D12】

【コメント】
中央アジア諸国の国際関係や米国・ロシア・中国という大国との関係は、これまでも重要な研究課題とされてきた。しかし、中央アジア諸国と日本との関係に関する総合的な研究はきわめて少ない。日本の中央アジアにおける取り組みはまだ初期段階にある。ソ連の解体以降、日本の地位はODAや様々な支援を通して強化されてきた。これらは中央アジアにおける日本の重要性を確立したと言っても過言ではない。しかし同時に、日本と中央アジア諸国の関係がもつ潜在的可能性が、現状では、日本にとっても中央アジア諸国にとっても、十分には活かされていないという意見がある。多くの場合、日本による支援は中央アジアと日本の国民の期待に十分に答えているとはいえないのが現状である。

本書は日本の中央アジア地域における参加効率をどのようにすれば向上させることができるかを検討する。そして日本のODA支援を、中央アジア地域全体を巻き込み、国家間関係を強化するような新しいフロンティアに位置づける必要性を強調する。

Timur Dadabaev, Japan in Central Asia: Strategies, Initiatives,
and Neighboring Powers, NY: Palgrave Macmillan (November), 208 pages. 2015.
http://www.palgrave.com/page/detail/japan-in-central-asia-/?isb=97811374923649(外部サイト/Palgrave Macmillan社HP)

目次など詳細は以下をご覧下さい
https://www.academia.edu/7897746/2015_Timur_Dadabaev_Japan_in_Central_Asia_Strategies_Initiatives_and_Neighboring_Powers_NY_Palgrave_Macmillan_November_208_pages(外部サイト)