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ターミノロジー

フラクタル

松本 紳

 わたしたちは,一般にどんなに複雑なものでも,それを細かく分解していけば単純なものへとなりうると思いがちである.例えば,非常に複雑な曲線でも拡大していけば,その一部分はほとんど直線とみなすことができるし,複雑な曲面でも非常に小さな領域では平面で近似できると思っている.確かに,現代科学の多くは,このことに基づいて確立されているといっても過言ではない.(例えば,微積分など)ところが,実際の自然界は必ずしもそうはなっていない.複雑な海岸線は拡大していっても必ずしも直線にはならないし,木の葉の形も拡大していったとしても縁のぎざぎざが残る.そこで,従来のユークリッド的な考えとは違う角度で新たな幾何学として登場したのがフラクタル幾何学と呼ばれるものである.これは,元の形を拡大していっても,そこにまた元の形の縮尺された相似形が現れるというものである.例えば,図1に示したものは,コッホ曲線と呼ばれるものであるが,この図の一部を拡大して見ると再帰的に元の大きな図形が繰返して現れていることがわかる.このように自分自身が縮小されて元の形の一部をなしているものを自己相似性を有するという.フラクタルとは,まさにこの自己相似性をもつものということができる.
 実は,このフラクタル幾何学は,今から20年前(1975)に誕生したもので,数学者のマンデルブロによりラテン語のfractus(分解してばらばらになった状態)から作られた名前である.フラクタルということばを一度は聞いたことのある人も多いのではないだろうか.最近では,純粋に数学的な問題だけでなく,工学,物理,経済学などの分野でも重要な研究テーマとなっている.情報学の分野でも例外ではなく,コンピュータグラフィックスに応用されたり,CGアートの世界でも利用されている.また,複雑な形状を簡単な数式で表現できるということを利用して情報圧縮に応用するといったことも行われているようである.(多分,人間の脳の構造もフラクタル的なのではないかと思われる)特に,コンピュータグラフィックスの分野では,より自然に近い樹木の形状とか葉の形,雲の再現などにも利用されている.もし,ユークリッド幾何学的な形状のみで物体を作ろうとするとどうしても人工的になってしまう.たとえ,円,球,柱,錘などの基本図形を用いて自然界の形を再現できたとしても,非常に細かい作業と非常に大きな情報量が必要となる.そのようなわけで,自然界を再現するにはフラクタル的な形状を利用するのが最も自然であり,簡単に表現できる.最近の研究では,自然界が限りなくフラクタルに近い形で形成されていることも実際わかってきている.一見なめらかに見える多くの物質の表面でも,顕微鏡で眺めれば,凹凸があり,どんなに拡大して見てもこの凹凸は消えない.また,逆に物質の表面をフラクタル的に加工することで,表面積を大きくし,その結果,表面張力が増し,よく水をはじく物質を作るといった研究も行われている.このようにフラクタルを応用した研究は,今後も様々な分野で,新しい発明,発見の起爆剤にもなりえる可能性をもっているのではないだろうか.


本学・助教授
Fractal, by Makoto Matsumoto