テネシー大学図書館雑感

長谷川秀彦

　昨年3月から1年間にわたってUniversity of Tennessee, Knoxville（ＵＴＫ）に滞在し、並列計算についての研究，いうなれば修行をしてきた．最近はやりのInternet上のアプリケーションWorld Wide Web（ＷＷＷ）のビューワ，例えばmosaicを使えば，図書館の情報はhttp://www.lib.utk.edu/から，大学の情報はhttp://www.utk.edu/から居ながらにして入手できるので，ここではそのとき感じた印象について書くことにしょう．
　ＵＴＫは200年の歴史をもつ州立の総合大学で，学生数およそ25000人，テネシー州東部の人口15万人ほどの町Knoxvilleにある．近くにはTennessee Valley Authorityの本社やOak Ridge National Laboratory（ＯＲＮＬ）がある．治安はすこぶるよく，東京にいるよりもよっぽど平和である．メイン・ライブラリは６階建てのHodge Libraryで，ここはいつ行っても混んでいない．学生はひじょうによく勉強するが（それこそ，廊下に座り込んででも），授業のとき大学にきて終われば帰る．住宅事情はよいので，アパート，学生宿舎とも，近くて広く，しかも安い．なにより好き勝手にできるので，図書館を勉強部屋としては使わないようだ．
　教科書は各自がきちんと購入して，あまりよそ見をせず，その１冊をじっくりと勉強する．書籍部は教科書として古本（Used book）も販売し，教科によってはすべてが古本である．その教科書は学期末に書籍部が買い上げてくれるし，授業を途中放棄しても所定の期限内なら買い上げてくれる．
　Hodge Libraryは，平日7:30から24:00まで，金曜日20:00まで，土曜日9:00から18:00，日曜日12:00から24:00と，普通の時間帯ならばいつもあいている．「学外の方はお申出ください」なんていわれず，だれでも利用できる．借りるときにはidが必要である．カウンターのところには，分野ごとに資料の探し方をまとめた数枚のプリントが50種類くらい用意されていて，この資料を見るかぎり，オンライン・データベース，ＣＤ－ＲＯＭなども充実している．オンライン目録は画面の案内とキーボードに貼られたシールを見るだけで使えるし，結果は横にあるプリンタにだせる．本体に電話番号が書いてあるのは，きっと「わからなかったら聞いてください」ということだろう．しゃれた機能はないが，簡単ですぐに使えるのがうれしい．もちろん，研究室からでも使える．
　そのほかに気付いたことは①書架が高いこと，②マイクロフィッシュが多いこと，③個室やGroup study roomが多いこと，④外国資料が多いこと，⑤相互貸借が盛んなこと，⑥寄贈に丁重に対応すること，⑦大学に警察機構ＵＴ Policeがあることなどである．書架の空間は常備されている踏み台を使っても届かないくらい高いところまで活用されている．雑誌の部屋は新しい雑誌，新聞と膨大な量のマイクロフィッシュ（フィルム）があり，専用のリーダや複写機には利用者が多い．Group study roomでは資料やノートブックパソコンを広げて作業ができる．留学生が多いため，それこそ色々な言語の資料があり，世界中の100種類以上の新聞を購読している．日本語の新聞としては読売新聞の国際版があった．相互貸借が盛んなことはＯＣＬＣで教えてもらったが，本の本質は情報なので実体にはこだわらないということらしいし，宅配便を使えば翌日には実物が着く．税金の問題もあるがアメリカは寄付donationが盛んで，大学といえども例外でなく，寄付を大いに活用している．それには，きちんとした対応が大事である．UT Policeは学内の事故とか交通取締りのほか，夜にはEscort Serviceとして車でアパートまで送ってくれる．
　余談だが，アメリカでは政治，時事問題を気にしなくても暮らしてこれた．新聞だって読めなければそれでどうにかなる．国内のワシントンで起こっていることを，外国である日本の新聞で初めて知ったこともあるし，知らないままのこともあるだろう．そう考えると，テネシーでの一年は平和な別世界だった．

　図書館のことをいろいろと書いてきたが，本当のことをいうと，図書館にはほとんど行かなかった．セミナーでAuditriumに行ったり，新聞をまとめ読みしに行ったりした程度で，行った回数はならすと月１回くらいだろう．
　それではどうやって情報を入手したかというと，それはコンピュータとネットワークさまさまである．雑誌の目次，求人，シンポジウムなどの情報は，NA Digestという電子メールを利用した無料のニュースサービスが毎週手元に届けてくれる．SIAM Journal on Scientific Computingという雑誌の論文はftpを使ってポストスクリプト・ファイルが入手できるし，最近ではすべての情報がＷＷＷ上に提供されている．プリントしてもいいし，ディスプレイの上で読んでもよい．
　最近の本R.Barrett, et.al, Templates for the Solution of Linear Systems: Building Blocks for Iterative Methods, SIAM, Philadelphia, PA, 1994, ISBN 0-89871-328-5は，出版と同時にＷＷＷ上で公開され，読んだりファイルを入手したりできる．これはアメリカの学会でも新しい試みで，旧来の読者層に加えて，コンピュータには親しむが紙とは縁遠い層にも情報を伝えようという試みである．売り上げが減るなんてケチなことを言わないところが，太っ腹である．
　数値解析分野では10年ほど前から，netlibで電子メールによるソフトウェア配布サービスが行われているが，最近ではＷＷＷであらゆる情報，例えば講義ノート，マニュアル，ベンチマーク・データ，学会案内，地図などが公開されている．このようなサービスの多くはＵＴＫとＯＲＮＬから始められているし，副大統領A.Goreはテネシー出身である．
　このような世の中になると，図書館では毎学期，Internet，Usenet News，ＷＷＷ，Image Filesなどの講習会が行われる．使用機器はIBM PCとMacintoshで，明らかに自宅から利用することが意識されている．自宅にパソコンがなければ，図書館にあるMicrocomputer Laboratoryを予約して使えばよい（無料だが学生証がいる）．あくまでもこれは図書館のサービスである．
　こういうサービスが普及してくると，旧来のサービスに対する図書館の存在感は薄れてくるので，かわりに新しいサービスを提供できるかどうかが重要になるだろう．日本の大学は貧しくて，スペースは狭いし，設備は計画性がなく，開館日数とか開館時間は比べものにならないのだから，それを補うような新しいサービスはできないだろうか．特に，日本では情報の流通にいろいろと問題があるが，それを解消するアイデアをだすのは図書館情報学のひとつの役割かもしれない．そうだとすると，新しいことにも積極的に挑戦しなければならないだろうし，「前例により」というのでなく，これでいいのかと考え直すことも重要だろう．
　最後に，図書館は来れば簡単に目的が達成できるようになっているだろうか．ＯＰＡＣは使いやすいのだろうか．図書館の使い方はなんども聞かされたけれど，必要になった頃には忘れていたりして，あまり役にたっていない．私のような不精者にとっては，ブラリと行ってもどうにかなるのが理想である．
　そこで，過去と現在の図書館員のみなさん，そして将来の図書館員のみなさん，こういう利用者のために，よいアイデアはないでしょうか？

本学・講師
Impression of the University of Tennessee Library, Knoxville, by Hidehiko Hasegawa