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OCLC研究部に滞在して

谷口 祥一

 1993年9月から1994年6月までの約10ヵ月間、文部省在外研究員として、OCLC Online Computer Library Center, Inc.の研究部Office of Researchに滞在する機会を得た。 名実ともに世界最大の書誌ユーティリティであるOCLCについては、わが国においても その組織、サービス等に関してこれまで数多くの紹介がなされており、またその サービスを実際に利用している図書館も存在する。そこで、本稿ではこれまで取り あげられることの少なかった研究部門に焦点を当て、筆者の印象とともに紹介して おきたい。

 OCLC全体ではスタッフ総数850人強を数えるという。その巨大ともいえる組織の中 にあって、研究部はスタッフ20数名から構成される。大きくは自立した研究者として プロジェクトを担当するResearch Scientistとそれを補助する立場のアシスタントに 分けられる。大学にあって図書館情報学の研究・教育を行うALA認定校の平均的な スタッフ数と比較しても、この点では遜色ない陣容といえよう。観点を変えれば、 これだけの規模の研究部門は、それを抱えることができるOCLCの巨大さの現れと 考えられよう。(ただし、後述するように、他部門との境界線は明確にしにくい ところがあり、彼らは研究に専念できているわけではない。)ちなみに、組織上の 研究部の位置づけは、筆者の滞在していた94年5月に実施された大規模な組織換えに 伴い若干変更され、現在では「研究および特別プロジェクト」部門の部長の管轄下に 置かれている。

 研究部で実施される研究はすべてプロジェクトの形式をとり、最初にその提案書が 書かれ、部門管理者による承認を得て、はじめて着手される。この承認の過程において、 当該プロジェクトの重要性が評価され、充当するスタッフ数、実行期間等が決められる。 このように研究テーマの選択に当たってある程度の制約が発生する点が、大学と大きく 相違する点であろう。さらには、どちらかと言えば基礎的な研究よりも、現実的な 課題解決もしくは新たなシステム/プロダクトとして実現可能なものの「開発」という、 応用的な側面に傾斜した研究が実行されている。これら2点からいえることは、 あくまでも組織の目的に合致したmission-orientedな研究のみが実施されているという ことである(OCLC自体は非営利組織であり、組織目的といっても、最終的には図書館 情報学自体への貢献をも包含した、かなり広義に解釈可能なものではあるが)。

 スタッフは毎月末、各プロジェクトの進捗状況および翌月の到達目標を簡単な レポート形式で報告する義務を有しており、それら報告書はまとめられた後、部門内で 回覧される。加えて、毎週催される定例のスタッフ会議において適宜進捗状況の報告が あり、管理者および所属スタッフ全員がこれらを通して部門全体の目標達成度を把握で きる仕組みとなっている。幸か不幸か、筆者の研究も疑似的に1つのプロジェクトとし て扱ってくれたため、いろいろと処理しなければならない用件が増えてしまった。

 研究部では現在、常時10数個のプロジェクトが並行して実施されているようである。 大まかに整理すれば、OCLCが抱えるまさに巨大な総合目録データベースの維持・発展に 直接関係するプロジェクト群とそれら以外のものとに分かれる。

 前者に属するものには、例えば名称典拠(個人名、団体名)や件名典拠のファイル群/ レコード群の整備・充実に関わるものや、OCLCの総合目録とは異なる形式で作成された 大量の書誌・所蔵データの総合目録データベースへのローディングなどがある。これら はかなり以前から実施されているものであり、相当な成果の蓄積が得られているが、 依然として研究課題としての重要性が低下していない。巨大なデータベース、しかも かなり込み入った規則に基づき作成・維持されるレコード群を収容するデータベースが 存在する限りは解消してしまうことのない課題群なのかもしれない。これらの プロジェクトは通常、他部門のスタッフとチームを組んで実行されるのが常であり、 他部門との持ち分けは微妙といえよう。

 一方、後者に属するプロジェクトには、例えば以下のようなものがある。SGMLの記法に 基づきマーク付けされたテキストから必要なDTD(文書型定義)を自動的に作成し、 それをBNF記法やグラフ表現等、異なる形式で表示・編集可能とし、さらにはそれらから 特定データベース用データ定義を作成し、索引項目およびその形式の指定を受け取り、 データベースの生成まで一貫して行うシステムの開発がある。あるいは、SGMLを用いて マーク付けされた全文データおよび印刷されたページイメージデータの両方を有する、 電子ジャーナルのユーザインタフェースの開発。CD-ROM版DDCの高機能な検索システムの 開発、あるいはLC分類表のMARC化等々。これらはすべてOCLCが次の段階でサービス品目と して加えるであろう製品等を先行して開発していると考えられるが、他部門においても 同様に新製品の開発が行われていることもあり、境界線は必ずしも明瞭ではない (無論、開発部門の主体は、既存サービスに直結した開発を行っているのであるが)。

 以上のように、多くのプロジェクトは「開発」をも含むものであり、研究部門の スタッフ自らが開発作業をも引き受けなければならない状況にある。それ故か、彼らが 文献を読んでいる姿を目にすることは稀である。5月の組織換え後に行われた「合宿」の 場では、そのようなスタッフの現状に対して、新任の部長は今後スタッフ各自が 「3つのR(reading、research、およびreview)」に時間を割けるよう状況の改善に 努力すると言明していた。

 また、研究部は外部研究者・機関との共同プロジェクトも重視しており、ACMやCASと いった大手学協会との主に電子ジャーナルに関わるプロジェクトが行われていた。 図書館情報学に関わる客員研究員も毎年2名程度受け入れており、これにより自組織の 活性化をも図っているものと考えられる。これまでに滞在した研究者の名簿には、 そうそうたる名前が連ねられていた。筆者の滞在中には、あのランカスター博士が 電子ジャーナルに関するテーマで数回オフィスに姿を現していた。また、補助金による 研究助成を行っており、応募者の中から毎年数件を選んで助成をしている。研究部に 所属するスタッフ自身がNSF等から助成金を得ているケースもある点を考えると面白い。

 先に触れた「合宿」では、新任の部長の下、OCLC全体の中での研究部の使命、そして 取るべき方向性などを再確認する議論が盛んになされていた。そこでは、巨大なOCLCの 中にあって、しかもその組織全体が「ビジネス指向」に傾きつつある状況の中で、研究 部門の舵取りが必ずしも容易ではないことが窺われた。ユーザ協議会においても了承 され、公にされた1990年から2000年までのOCLCのとる経営戦略においては、95年までは 総合目録および情報検索を中核とする既存のサービスの強化に専念し、それ以後新たな サービスに乗り出すことが謳われている。それら新たなサービスの具体的な姿は明らか にされてはいないが、その手掛かりを与えてくれるのが研究部の活動であろう。また、 OCLC全体がそのように大きく舵を切ろうとしているときにも研究部は重要な役目を 果たすことと思われる。これまで先駆的な活動を常に展開してきたOCLCにあって、 研究部はそれだけの力を備えた組織であることを筆者は確信している。


本学・助手
Report on the Office of Research, OCLC, Inc., by Shoichi Taniguchi