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資料紹介

リスク・レクリエーションの参加動機
−人はなぜ山に登るのか−

坂本 昭裕

 「なぜ山に登るのか」という問いに対して‘Because, it is there’と答えたのはイ ギリスの登山家マロリーであった.「そこに山があるから」との彼の言葉の意味は, 世界最高峰である未踏のエベレストに登る理由を語ったのであって,二度目以降の登 頂のための理由を語ったのではなかった.

 マロリーの偉大な登山は別として,ちょっとした冒険的活動を楽しむ人の数は現在 でも非常に多い.ここで言う冒険的活動とは登山,ロック・クライミング,カヌーに よる激流下り,ハンググライダーなどの活動のことである.最近ではリスク・レクリ エーションとも呼ばれている.さて人々はなぜこのような身体的な危険をともなう活 動を行うのであろうか.どのような理由で,何を求めてこのような冒険的活動に参加 するのであろうか.

 「なぜ行うのか」という論議は昔から興味を引く話題であった.活動が身体的な危 険をともなうので,精神的緊張,不安,恐怖心などの心理面から説明されたり,ホメ オスタシス等の生物学的な説明がされた.しかし人間は生まれてから様々な経験を通 じて生物学的な欲求から多くの欲求を派生させ,さらに成長とともに複雑で多様な欲 求を示す.だから人間の変化に富む特殊な行動を説明することは難しい.レクリエー ション活動の参加者達が活動の動機を瞑想的,幻想的な不思議な体験から語ることも あるが,これは動機の多様性を示すと同時に問題の難解さも表している.

 このようなレジャー・レクリエーション行動を考えるためによく参考とされてきた 文献を紹介しておくことにする.まずプレイ(遊び)理論としてよく引用されている ホイジンガ,J.(里見元一郎訳「ホモ・ルーデンス」河出書房新社1989)とカイヨワ, R.(多田道太郎他訳「遊びと人間」講談社学術文庫1990)をあげる.両者は遊びに動 機づけられる人間の本質を説き,人類文化の発展にいかに遊びが貢献したかを強調し ている点が興味深い.

 またデシ,F.L.(安藤延男訳「内発的動機づけ」誠信書房1980),デシ,F.L.(石田 梅男訳「自己決定の心理学」誠信書房1985),マスロー,A.H.,(佐藤三郎他訳「創 造的人間」誠信書房1972),マスロー,A.H.(上田吉一訳「人間性の最高価値」誠信 書房1973)も参考になる.いずれも考察の焦点は個人によって経験される内的事象に 置いており,特にマスローは人間の最良の状態,幸福な瞬間,恍惚,至福や最高の経 験をPeak Experience とよび,その経験の分析に深い洞察が伺える.チクセントミハ イ,M.(今村浩明訳「楽しむということ」思索社1991)も興味深い.著者はロック・ クライマーなどの行動をフロー経験という概念を用いて実証的に説明している.チク セントミハイが説明するフロー経験とマスローのPeak Experience は非常に類似して おりどちらもその経験の特徴として「自我の超越」「自我の喪失」を述べている点が 非常におもしろい.以上簡単に紹介したので詳しくは直接文献を読まれるのが望まし い.この他関連の文献も多くでている.

 ところで最近バンジージャンプのツアーもあるらしい.ここまでくると参加者の参 加動機が単に恐いもの見たさ(スリル)だけで説明がつくとは到底思えないのである.


本学・助手
Motivation for Participating in Risk Recreation
Why do people climb mountain?, by Akihiro Sakamoto