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エッセイ

貯水池の下の図書館

永田治樹

昨年、ブリッティシュ・カウンシルが管理者向けに設定した図書館設計・デザインの国際コースに出た。ケース・スタディを主体にしたこのコースでは、英国の図書館計画についての講義と見学というプログラムであったが、後半では出席者が抱えている問題を題材にして実習を行い、結果を評価し合った。使いづらい円形の図書館をくっつける計画とか、保存建物になってしまった図書館の増築計画といった条件の悪い例ほど印象に残った。極めつけは、貯水池を屋上に持つ建物を図書館に転用しようというものであった。

この計画を紹介したのは、バルセロナのUniversitat Pompeu Fabra(UPF)のJosep Ticoだった。欧州の他の地域と同じようにカタロニアでも大学の増設が進められており、UPFは1990年に設立されて以来、都市型大学として市内の建造物を再利用して大学を拡充しつつある。その計画に1874年設計のEdifici de les Aiguesという歴史的な貯水建築が入った。彼によれば、学長がこれに「恋」をしてしまい、それを図書館に改築することになったのだという。近年図書館の防火に他に手はなく水が「最善」ということになったものの、それは非常時の話であり、また池も地下ならともかく、屋上では下手をすると漏水の恐れがあるし、1万トンもの水を17.5米の高さにたたえるこの建築は、重量を支えるための柱が数米ごとに天井まで林立したものなのである。見た目は僧院のように重厚だから、モニュメントとして最適かもしれないが、図書館に改造するには難しい点が少なくないということだった。

この春、再び渡英の機会があり、Josepに連絡をとりバルセロナまで足を延ばしてみた。

そのEdificiは、カタロニア議会のあるシウタデリャ公園に接して立つ、煉瓦づくりのほぼ方形の建造物だ。海側の並びの古い住宅もキャンパスの一部となり、研究棟に改築する工事が始まっていたが、この建物はまだ着手されておらず、元ののままであった。内部は、縦横10本ずつ格子状に厚さ1米ほどの大きな矩形の柱が地面から立ち上がり、10米くらいの高さのところでアーチを作っていた。柱の数100本の荘重な空間だ。

一角には、階層の床や回廊のモックアップ(実物大の模型)がつくられていた。UPFの計画では、この建物に階層を設けて、8,000平米の床面積を確保し、資料60万冊(70%は開架)を収容し、1,500の閲覧席を設けることになっている。使用する素材やペイントなど色彩の点からも、出来映えは悪くなかった。彼もこれで何とかいけそうだと喜んでいた。

3月初旬ではあったが暖かく、ハンカチ片手に階段を登った。屋上は一転して明るいカタロニアの世界であった。想像していたよりずっと水深のある池の周囲は巡回路で、四隅に四阿があった。以前ここは水のある見晴らしのよい市民の憩いの場であったという。

Edifici de les Aiguesは、水を支える技術に優れていたが、今やそれだけでなく(建物バランスの関係で貯水は不可欠)図書館として機能することを目指している。館内騒音や各種の機能の配置などの問題をうまく解決できれば、きっと独特の雰囲気を醸す落ち着いた図書館となろう。そこに立ってみて世界初の貯水池図書館の完成が待ち遠しい気持ちになった。並外れたこの計画は、まさにあのGaudiを生んだ地ならではのものかもしれない。こうした計画を発想するカタロニアとその図書館に、最近私は惹かれている。


Eddificiの外壁
回廊
内部の立柱

本学・助教授
The library under a reservoir, by Haruki Nagata