表紙へ     前の記事     次の記事


エッセイ

本を枕に阿呆狸主夢(アフォリズム)

吉田政幸

食べる
 「英語辞書のある一枚にのっている単語を一通り暗記したら,それを破って食べてしまう.そうするとその単語は忘れない」という話が昔から受験生の間にあった.受験直前,わらをもつかむ思いで一度それを試みた.

名残
 新聞,雑誌は読んだら捨てるが,本はなかなか捨てられない,なぜそうなるのか判らないが,結果としては本は溜まって文化ゴミとなる.

 昔人間は,食べ物を蒐めて溜めておいた.そうしないと生きていけないから.今はその必要は無くなって,かわりにお金を溜めたり,切手や絵画などを蒐めたりする.本が捨てられないのは,食べ物を溜める営みの名残であろうか.

ブリタニカ
 小金持ちの実業家が家を新築すると,応接間にブリタニカを置く.だが,利用することはない.なぜならそれは部屋の飾りだから.飾りとしてブリタニカは絵画より安く部屋を落ち着かせる効果がある.

 どこの図書館にも滅多に利用されない図書が結構ある.それらは図書館の飾りで,図書館らしい雰囲気をつくるのに役立っている,と思えないことはない.現実には書架が狭く,そういう図書は書庫に仕舞われる.そうなると図書館は,良く借りられそうな本だけが並んだ貸本屋の雰囲気にだんだんと近づく.ゆとりのないことである.

酸性紙
 蔵書量百万冊以上を誇る図書館がある.何とも多すぎる.放っておくとさらに増える.酸性紙による本の劣化は,本の危機というより蔵書量を抑制しようとする神の摂理かもしれない.

 形あるものは必ず壊れるという.なのに,それに抗して人間は資料を永久に保存しようとする.おごりである.全てを蒐めて保存しようとする図書館は,神の怒りをかって,バベルの塔のようにある日突然にその重さで崩壊するかもしれない.

悪しきもの
 図書館員にとって悪しきもの,本をあらざるところに置く人,本を傷める人,本を返さぬ人.本を無くす人はさらなり.本を借りずに机を占めたり,ソファーで寝る人は悪しからず.なぜなら…….

ダンベル
 いつものことだが,自宅で仕事をするつもりで鞄に本を入れて持って帰る.だが,大抵鞄をあけることはない.翌朝そのまま鞄を下げて大学に来る.

 一度鞄にいれられた本はなかなか日の目を見ない.そのうちに新しい本がまた入れられ,鞄は次第にふくらむ.本を吸い込んだ鞄はダンベルの替わりに腕の筋力トレーニングに役立っている.

おわりに
 ころは春,本を枕にうとうとしていますと,夢の中に都の丑寅の方に住む狸の主があらわれ,阿呆な事をいろいろ言いました.本文は,目覚めてその話を徒然なるままに記したものでありますれば,狸の戯れ言と思し召し下さい.


本学副学長
Aphorism on Books, by Masayuki Yoshida