概要
1 前提 図書館とは何か
私は図書館の専門的な知識をもってではなく,あくまでも利用者の立場から内外の
図書館での経験を踏まえて,理想の図書館とは何かという話をしたい。基本となる問い
かけは,あくまでも「図書館とは何か」であるが,これは通常の図書館学概論としてでは
なく,歴史家として把握したもの,また内外の図書館を遍歴して知り得た個人的な知見で
あることをお断りしたい。また私の体験はイタリア・ヴァテイカンに偏していることも
断っておきたい。米国,英国,ドイツ,オーストリー図書館の事情は各種研究者によって
十分報告されており,日本の図書館学もそれにならっているので,あるいはこれは欠落し
た部分であるかもしれない。ちなみに,図書館の最古の歴史を誇るのはむしろこのイタリ
アであることも附記しておきたい。狭隘な体験であるが,述べることはすべて自分で調査
を行った図書館に限る。
2 西欧における図書館の歴史と現在の図書館の形態
A 中世修道院図書室の系譜
体系的な図書館の起源は中世の修道院内図書室にある。
例 マルチェリアーナ図書館 フィレンツェ
アンブロジアーナ図書館 ミラーノ
信心会・同心会図書館
ビブリオテーカ・アンジェリカ(フランシスコ会)
カサナテンセ図書館(ドメニコ会)
ヴァリチェッリアーナ図書館(オラトリオ会)
イエズス会歴史図書館,イエズス会布教図書館(イエズス会)ローマ,ゴア
教皇庁附属図書館
ビブリオテーカ・アポストリカ(ヴァティカン図書館)
特徴 古代・中世に遡る貴重文献の所蔵機関 スコラ哲学から人文主義的文献の宝庫
身分証明書,紹介状をもってのみアクセス可能 (但し 国家に管理が移管され
ている場合は身分証明書のみ)
専門研究者のための研究機関としてみずからを位置づける
※ 古文書館の存在
フィレンツェ国立古文書館,ヴァテイカン秘密古文書館,イエズス会古文書館
B 中・近世大学付属図書館の形態
ボローニャ大学,ハードヴァ大学,グレゴリウス13世大学,ウルバヌス八世
大学
特徴 壮大な知的体系 大学教育との密接な関連 在学生によるカオス的利用
貴重書と大衆化の奇怪な併存 複写過剰利用
学外者は身分証明書のみ(パスポート)紹介状不要 思いたったら即アクセス
★ 大学は都市の知的核 大学図書館の利用は市民へ 生涯教育の一環
ニューヨーク大学で学ぶ70歳の友人
日本の大学の閉鎖性に泣く
NB 教員研究室に図書があった場合 まず閲覧はできない
時間がかかる
研究室には研究室の利用が重要 この間の連絡をどうするか?
※ 日本の特徴−教授は図書館で研究しない
西欧の特徴−教授は図書館にいる
学生は図書館で教授と自分が等しく研究者であることを認識
C 近世絶対主義体制による図書館の形態
パリ 国立図書館 オーストリア国立図書館
フィレンツェ国立図書館 ブリュッセル王立図書館
特徴 16世紀までの資料の潤沢 碩学の図書館員の存在
研究機関としての位置づけ 研究課題の提出と助言
複写限定 写真撮影システム完備
★ カウンセラーがいる これを通過しないと閲覧できない
D 近代国民国家体制による図書館の形態
英国図書館 米国国会図書館 ローマ国立図書館★カウンセラーは希望次第
ただし,稀覯本 写本室*Sala dei Manoscrittiには専門指導員がいる
ここで助言を受けて論文制作
特徴 教育の機会均等 すべての国民の自己啓発の機関としての位置づけ
国策(電算化,生涯教育,弱者配慮など)に直結 複写完備 撮影完備
特徴 Qualification
美術史修士以上に限定 指導教授の推薦状 許可証発行
国際的な美術史研究機関として位置づけ 年報を発刊
研究会開催 研究生止宿設備付き
複写不可または枚数制限 撮影許可申請必要
3 理想の図書館
・蔵書の多様化
理想の図書館はただ一言で言える。求めるすべての図書が即座に閲覧できること。
蔵書の豊富と多様性以外に図書館の本質的価値基準はない。
専門的に限定された図書館には最新知識の高度化の一途しかない。しかし,大学図
書館,公共図書館には多様化の問題がある。この多様化の基準は知や社会の変遷に
即応してたえまなく変動する。
マイナス例なので固有名詞はあげないが,きわめて多くの第一級図書館ではイメー
ジ資料,美術史関係資料が極端に少なく,文字・言語知識への偏重が健在である。
またいくつかの大学図書館でも事情は同じである。特に多くの大学,公共図書館に
不足しているのはジェンダー関係資料である。
歴史資料でもアナル派,ニューヒストリー,ポストコロニアルなど最新史料が不足。
ジェンダーと美術史の研究者である私にとっては「日本の図書館はすべて乗り遅れ
ているとしか思われない。この分野の知が図書館員に必要ではないか。
★ 最新の知の地平への認識 学会の最前線の認識が必要
・「瞑想的生(Vita Contemplativa)」の環境
イタリアには図書館で生涯を送る人々がいる。それをリチェルカトーレ(探求者)と
いう。大学の教授か,退職した教師か,素人学者か,市民か,それは問題ではない。
図書館の原点である修道院,信心会図書館には「瞑想・沈思」の空間的環境がある。
疲労した研究者には花の咲き乱れる中庭と噴水,ベンチがある。
ヴァティカン図書館には目覚めるためのカフェ,喫煙所が設けられている。但し図書
を破壊しないためにそれは屋根の上の開放的空間におかれる。図書館が機能的利用期
間ではなく瞑想的生の空間であることは人々のなかで定着した観念である。複写不可,
枚数制限などの規制もそこから出ている。複写が「本来の」図書館を破壊すると考え
る図書館はまだ数多い。
都立中央図書館にもカフェを飲む場所,喫煙所があるが,そこは浪人学生の雑談とナ
ンパの場所となっていたたまれない。民主主義と大衆化は不可避のペアである。公共
のマナーと「知的」生活空間の環境づくりが求められる。
1 知の発信地であること。
図書が並んでいる空間は物理的空間にすぎない
過去・現在・未来にわたる知見を提供する知的なストックである
条件一知の水先案内人としてのライブラリアンの存在が不可欠である
専門性をもった司書の任用・研修の機会提供,図書館誌の発行,研究会の開催
2 大学は都市の知的核 大学図書館の市民へのより進んだ開放
生涯教育の一環として位置づける
3 カウンセラー(相談員)研究主題に即して助言 初歩的なノウハウも教える
4 最新史料の収集
最新の知の地平への認識 社会・学会の最前線の認識が必要
5 「知的」生活空間の環境づくり
6 図書館はヴァーチャル空間ではない 人間的空間である