4.1 国立情報学研究所の組織と役割

国立情報学研究所研究総主幹

小 野 欽 司

    1. はじめに
     情報技術(IT)の社会・経済活動に及ぼす影響が益々大きくなってきた。また近年における大学等の研究者等 を取り巻く情報環境も目まぐるしく変ってきている。
     このような状況下で情報技術の果たす役割は極めて重要で、そのための基盤的・総合的な研究体制の確立が 望まれていた。
     国立情報学研究所はこのような時代的背景と社会的要望に応えるために2000年4月に発足した我が国で唯一の 情報学を研究対象とした国立研究所であり、大学共同利用機関である。

    2. 組織
     国立情報学研究所が対象としている情報学(Informatics)は、情報に関する諸問題を総合的に取り扱う新しい 学問分野である。情報学は、あらゆる学問分野の基盤であるとともに、他の学問分野に働きかけ新しい研究課題 や研究手法を生み出し、その応用を通じて、社会・経済・文化・教育・生活等のあらゆる面の発展・向上に大き く貢献している。
     情報に関する学問は,情報科学や情報工学に見られるように、これまで計算(computing)の側面を中心とし た学問体系として形成され、発展してきた。しかし、近年、生命科学や人文社会科学系との関わりが深くなって きており、今後は、自然科学から人文社会科学までを含む広い視野で、情報と科学技術および情報と社会の在り 方を捉えていくことが重要である。
     こうした状況をふまえて、情報化が急速に進展しつつある我が国の学術研究の発展を支え、かつ世界の学術 研究の推進にも寄与することを目標に研究所の組織化がなされた。

    2.1 使命
     国立情報学研究所はその使命として、「情報に関する基礎・基盤研究」、「総合的な情報学の確立」、「社会 的貢献」を掲げ、高度情報化社会における情報に関する先進的な研究開発活動を行うことを目的にしている。
     こうした考えの下で基幹的研究部門、実証的な研究センター、研究活動を支援する組織、情報基盤の確立に関 わる組織を整備し、長期的な視点に立った情報に関する基礎的・基盤的研究、プロジェクト型研究の推進、情報 基盤に係る事業開発、国際を含む共同研究の推進を重視した体制をとっている。

    2.2  研究分野
     情報学の基幹的研究分野として、大きく次の7領域からなる研究系を設けている。
    1) 情報学とソフトウェアの基礎についての研究領域
    2) 情報基盤についての研究領域
    3) ソフトウェアについての研究領域
    4) マルチメディアについての研究領域
    5) 知能と情報の関わりについての研究領域
    6) 人間・社会と情報の関わりについての研究領域
    7) 学術研究と情報の関わりについての研究領域
     一方、研究センターにおいては、戦略的に重要かつ緊急性の高いプロジェクト等を内外の大学等の研究者も支えて研究 する実証研究センターや、様々な研究分野における情報資源の構築に係る研究を行う情報学資源研究センターから構成 される。

    2.3 研究体制
    情報学に関する研究の中核的研究機関を構築するための基本的考え方として以下を挙げている.
    1) 理論から実用化に至る研究を一体化して行うこと
    2) 国際貢献、国際協調及び国際社会への発信の努力を不断に行うこと
    3) 国際性、開放性及び機動性に配慮した研究者の任用、開かれた組織
    4) 学際的研究により、情報に関する学問の飛躍的発展を図ること
    5) 研究体制面で機動性が確保できるように十分配慮すること

     このような基本的な考え方と長期的な展望の下に、情報学基礎、情報基盤、ソフトウェア、情報メディア、人間と社会、 研究情報などの情報関連分野を基礎から応用まで幅広くカバーすることとしている。
     具体的な推進策として、プロジェクト型共同研究の推進、国際的研究活動の推進を心がけている。また、全国の大学は もとより国立研究機関や民間企業の研究所との連携・協力を通じ、情報学研究を総合的に進めていくことを目指してい る。
     情報学における研究の成果は、広く社会に還元するために、研究所では、研究成果を学術情報基盤(大学の情報システ ムやネットワーク環境)の中で実証的に適用していくことも重視している。

    3. 役割
     研究所の役割として、次のような事項を意図している。
    (1) 情報学という名のもとに、情報科学から人文社会科学にわたる新しい情報学に関する学問の体系化をはかる。
    (2) 大学共同利用機関として、我が国内外の他の大学・研究機関との創造的、かつ実証的な共同研究を企画推進し、国際 的なレベルの研究に取り組む。
    (3) 我が国の学術基盤を構築し、情報サービスを運用するというユニークな特徴を持つ、実践的環境と情報学に関する 研究成果を有機的に結合することによって、大学や社会からの要請に応え新しい成果を生み出す。
    (4) 大学情報基盤の運用業務に携わっている人に対して、更に高度な専門能力の教育・研修を行う。

    このような役割をもつ国立情報学研究所の組織構成を図にして示す。

    これは以下に示すような特色を持つ。
    1) 基礎からの応用までの総合的研究
    情報分野において学術性の高い研究を自然科学から人文社会科学までに広範かつ長期的に発展させ、基礎から応用にわ たり、理論から実用化に至る研究を一体として行う。
    2) 学際性の追求
    研究領域間の連携による横断的研究や幅広い学問分野の相互作用による学際的研究を推進することにより、学術研究の 高度化・総合化のために有効な手段を提供し、学問全般の発展に寄与する。
    3) 学術情報基盤整備の推進
    学術情報ネットワークの構築・運用、学術情報データベースの形成・提供や大学図書館職員に対する教育・研修等の事 業を通じて、我が国の学術情報基盤整備において重要な役割を果たす。
    4) 国際的な研究活動
    諸外国との研究交流を活発に行い、国際共同研究を積極的に実施することにより、国際社会への発信に努めます。また、 国際標準化活動への貢献する。
    5) 産官学の連携
    大学、国立試験研究機関及び民間研究機関との間の緊密な連携を図り、我が国における情報学の飛躍的発展を目指します。 また、これらの機関と協力してプロジェクト型共同研究を実施し、研究成果の社会における活用を促進する。
    6) 開かれた研究所
    開かれた研究所の一環として、国内外の研究機関と共同研究を進めると共に外部の研究者を研究員、客員教官、特別研究 員として受け入れ、積極的な研究交流を進めている。
    7) 大学院教育
    東京大学、図書館情報大学と協力、連携して大学院生の研究指導行っている。
    8) 萌芽的研究を学術情報基盤に反映させるための実証的研究及び開発を一定期間行う研究部門(客員教授、客員助教授、 任期付き助手で構成)を設置している。
    9) 研究成果の発表の一環として本年3月開催したAdInfo2000を継続し、AdInfo(先端情報学国際シンポジウム)を隔年に 開催する予定である。

    4. 開発事業活動
     国立情報学研究所の他の重要な機能として、学術情報基盤の整備がある。研究者が必要とする学術情報を収集し、電子 的に蓄積し、学術情報ネットワークを通じて迅速,的確に提供するための学術情報システムを構築、運用すると共に目録所 在情報サービス、情報検索サービス、電子図書館サービス、種々のWWW(資源提供)サービスなどのサービスを提供し ている。
     前身となった学術情報センターは、昭和61年に文部省の大学共同利用機関として設置され、全国的かつ総合的な学術情 報システムの整備を推進する中枢的な機関の役割を担ってきた。
     これらの機能は国立情報学研究所においても引き継がれている。

    (1) 学術情報ネットワーク
     昭和61年度から全国的な学術情報ネットワークの整備に着手し、現在では高速のATM(Asynchronous Transfer Mode:非 同期転送モード)によるバックボーンネットワークの上でインターネットのサービスを提供している。
     このインターネットバックボーン(SINET)は、主として全国の大学等を接続する我が国最大の学術情報ネットワーク であり、ATMの設置されるノード機関は平成12年4月現在35ノードとなっている。また、国内の他のインターネットと相互 接続して全国規模の学術研究ネットワークを形成している。平成12年4月現在752の大学等の機関が学術情報センターの学術 情報ネットワークに加入している。
     日米間の回線は250Mbpsで、またヨーロッパへは米国経由で15Mbit/sec、タイのバンコックとの間にも2Mbit/secでインター ネットの直接接続がなされ海外との学術情報交換に貢献している。

    (2) 学術情報コンピュータシステム
     学術情報センターのコンピュータシステムには従来からのサービス提供マシンに加えて、情報学研究の基準となる研究 基準情報(標準画像や情報検索用標準テキスト)サービスシステムの導入準備を進めている。

    (3) サービスの現状
    1) 目録所在情報サービス
     目録システム(NACSIS-CAT)については、平成12年4月現在で目録システムにオンライン接続されている大学等は735 機関、図書所蔵の登録件数も約5,000万件となった。
     インターネットからの目録所在情報へのアクセスを容易とするWEBCATを平成9年から開始している。現在1日平均20,000 件以上のアクセスがある。
     英国内の日本語資料の総合目録の作成については、平成11年3月現在の所蔵登録件数は約12万件となった。
     一方、ILLシステムはNACSIS-CATによって構築された総合目録データベースを活用して図書館相互貸借業務を支援する ものである。平成12年度の1日平均の依頼件数は4,200件を越える見込みである。
     平成6年度から英国図書館原報提供センター(BLDSC)、平成8年度から国立国会図書館との協力体制を整備し、ゲート ウエイ機能によって相互貸借業務を実施している。

    2) 情報検索サービス
     情報検索サービス(NACSIS-IR)は、平成12年4月現在57種、レコード件数9,800万件のデータベースの検索サービス を行っている。NACSIS-IRの利用者は大学等の研究者のみならず、日本学術会議に登録された学協会の会員に対し、その 所属先を問わずに広く開放している。
     また平成12年5月1日より24時間サービスを開始した。
     さらに、日本科学技術情報センターとのゲートウエイ機能によって相互のデータベース利用が可能になり一層利用価値 が高くなった。
     なお、情報検索システムと目録情報システムのインターネットからのアクセスを可能としている。

    3) 電子図書館サービス
     電子図書館サービスは学術雑誌のページをそのまま電子化し、書誌情報とともに検索できるもので、インターネット上 で利用できる。平成9年4月より電子図書館サービスの試行を開始し、平成12年4月現在現在106学会の刊行する328誌を収録 対象としている。
     平成11年1月から各学会が定めた学会誌のページ毎の「著作権使用料」の課金を開始した。

    4) その他
     他に、「研究者公募情報提供サービス」や学協会の情報発信を支援する「WWW資源提供サービス」を行っている。
     また「オンライン・ジャーナル」編集・出版システムの開発・構築を進めた.

    5. 教育研修活動
    教育研修活動では、センターとの接続機関数の増大や利用者のニーズに応えるため年々充実を図ってきたが、平成12年4月 からは国際・研究協力部が新設され、教育研修事業を継承している。教育研修においては、当センターが提供する各種の サービスに係わる研修・講習会を充実させるだけでなく、各大学・研究機関等から要望の高い学術情報システムの構築・ 運用を担う人材養成のプログラムも開始している。また今日的課題をテーマに毎年学術情報センターシンポジウムを関西 と東京で開催している。

    6. むすび
    国立情報学研究所は発足してまだ数ヶ月であるが、情報学に関する先端的かつ総合的な研究を推進し、我が国の学術研究 の発展と情報基盤を支えるため、国立情報学研究所は21世紀における新たな展開を目ざし努力している。

    国立情報学研究所の組織