1.4 図書館のマーケティング
図書館情報大学図書館情報学部教授
永 田 治 樹
1.マーケティングに対する誤解
1.1 マーケティングを必要とする状況
@マーケティングを、販売促進行為に限定せず、顧客(利用者)の要求に応える活動ととらえる(Kotler, Philip et
al. ’Broadening the Concept of Marketing’,
1969.)
A
病院、学校、共同組合などさまざまな非営利・公共セクターの経営にもマーケティングが導入された(図書館も同様)。
B
マーケティングを必要とする状況=「市場」の出現(「大学生き残りの時代」、図書館のコンテスタビリティ)
1.2 図書館情報学の「失敗」
1)利用(者)研究の行き詰まり
新規性の枯渇→理論が実践に組み入れられ、両者が発展するといった進展がない。
2)マーケティングについてのミスリード
図書館マーケティングに関するテーマといえば、プロモーションに対するパブリシティ活動であるが、これらはマーケティングとは関係なく以前から図書館が行ってきたものであるために、マーケティング・プロセスにきちんと位置付けられていない。
3)サービスを変えるもの
問題は個々のサービスであり、必要なことは、顧客への便益の提供である。
マーケティングの思想基盤の理解←プラグマティズム(本質的なものと、現象的なものに優劣はない)
2.図書館のマーケティング
2.1
モノのマーケティングとサービスのマーケティング
図書館は何を提供しているのか
サービスの特徴
@
無形性(形がないから、見たり、味わったり、触れたり、聞いたり、匂いをかいだりすることができない。サービスは在庫・流通を持つことができない)
A
不可分性・同時性(サービスはそれを提供する人々と不可分である。生産と消費が同時である)
B
変動性・多様性(誰が提供するか、いつ提供されるかによって大きく変わる。顧客が共同生産する)
2.2
マーケティングのプロセス
市場機会分析(外部環境における顧客分析・競合分析及び内部分析:マーケティング・リサーチ*等)→市場細分化(ニーズの多様性の理解と、切り口によるセグメンテーション)と標的市場の選択(非差別化・差別化・集中化)→ポジショニング(組織・事業・製品)→マーケティング・ミックス→市場努力の管理
*「中小企業や非営利組織のマネジャーは、自分の身辺を観察するだけでも、役に立つマーケティング情報を取得できる。例えば、小売業者は車と歩行者の通行状況を観察することによって、新しい店舗の立地を評価できる。競合店を訪ねて店内の設備や価格を調べることもできる。その店で買い物をする人と客層を時間帯別に記録すれば、顧客ミックスを評価することができる。(中略)マネジャーは、小規模な簡易サンプルを用いて非公式な調査を行うことができる。美術館のディレクターは、非公式の「フォーカス・グループ」調査を行って(小グループを昼食に招いて、関心のある話題について話し合う)、新しい展示を後援者たちがどう思っているかを知ることができる。」(『コトラーのマーケティング入門』)
2.3
サービスのマーケティング・ミックス
E. Jerome
McCarthyの提案したマーケティング・ミックス(製品(Product)、価格(Price)、場所(Place)、プロモーション(Promotion)という4P)の統合的な推進
ここで製品というのは、モノもサービスも含んでいる。もちろん図書館のマーケティングの場合もこれら4Pの観点からサービス展開が考えられる。すなわち、顧客の要求を理解し、それに合致したサービスを、適切な対価で提供すること、また図書館がどのようなサービスを行っているかを顧客に周知し、図書館利用を促し、図書館利用がし易くなるような提供方法を考える、といったようにである。
Peter MudieとAngela Cottamは、通常のマーケティング・ミックス4Pに加えて、サービスの場合には、People(人)、Physical evidence(外観)、Process(過程)についても検討しなければならないから、全部で7Pがサービスのマーケティング・ミックスだという。
3.サービスの品質の測定とサービス経営
3.1
サービスの評価
・インプット・アウトプットからアウトカムの評価へ
図書館評価の伝統的な指標には、収集したコレクション量(ときには質も)や閲覧等サービスの処理量がある。それらは間接的に顧客の受け取るサービス価値を表示することもあるが、基本的に図書館の組織活動のパフォーマンスを表すものである。実際、ILLサービスに関して、充足率や全体処理時間のような指標でさえも、顧客の評価と相関性があるとはいえない。
↓
・顧客価値
サービス価値は、顧客が「支払った総コスト」と「獲得したもの」の比較によって決まる。すなわち、
サービス価値 = サービスの品質(結果と過程)/(価格 + 利用コスト)
サービスは、先述のような特徴を持ち、モノのように事前にその効用を把握できないから、それを評価しようとするとき期待が重要な役割を果たすし、さらにサービスで得た結果が同じだとしても、それを受けるプロセスがサービスの良否に影響を及ぼす。われわれは一定の期待をもってサービスを選び、それに照らして受けたサービス結果とその過程を総合的に把握し、それがどの程度のものだったかの評価を行っているようだ。サービスの品質の評価は、したがって、一般に「サービス品質
= サービスの実績(パフォーマンス) − 事前の期待」と表される。
・SERVQUAL:1980年代の後半に、A. Parasuraman、Valarie A. Zeithaml、Leonard L. Berry(略して「PZB」という)の3人の経営学者によって提案された、サービス品質の実際的な測定方法
22の質問を顧客に提示し、得られた回答の期待とパフォーマンス認知の評点の差をとって、それを次の5局面ごとにまとめ平均値(基本スコア)とし、さらに、5局面についての顧客の重要度ポイント(5局面全体で100とする)によって基本スコアに重み付けをする。→文献6、7参照
・有形性とは、サービスを提供するのに必要な施設・設備など図書館の装置やスタッフの服装など視覚できるもの
・信頼性とは、サービスが確かで、まかせられること
・応答性とは、顧客を快く支援し、迅速なサービスを提供すること
・保証性とは、スタッフが礼儀正しく丁寧で、また環境も安心できること
・共感性とは、顧客に対するコミュニケーションのよさ、顧客の理解の能力など
3.2
期待と実績の差
・
顧客の期待をどの程度達成しているだろうか。そして、達成度が低いものは何か。顧客セグメントによって違うか。
・
専門的な評価は、顧客の目と一致しているか。
例:
質問 |
学生スコア |
教員スコア |
職員スコア |
局面 |
|
Q1 |
迅速なサービス |
-0.51 |
-0.76 |
-1.09 |
応答性 |
Q2 |
職員の礼儀正しさ |
-0.34 |
0.01 |
-0.59 |
保証性 |
Q3 |
所蔵しない資料の入手サービス |
-0.55 |
-0.42 |
-0.16 |
* |
Q4 |
約束した期日どおりのサービス |
-0.46 |
-0.34 |
-0.97 |
信頼性 |
Q5 |
利用者のニーズの理解 |
-0.7 |
-0.73 |
-1.22 |
共感性 |
Q6 |
目を引く案内・パンフレット |
-0.41 |
-0.25 |
-0.91 |
有形性 |
Q7 |
質問に対応できる職員の知識 |
-0.58 |
-0.76 |
-1.38 |
保証性 |
Q8 |
進んで利用者の手助け |
-0.4 |
-0.36 |
-0.74 |
応答性 |
Q9 |
目録記述や利用者登録の正確さ |
-0.49 |
-0.74 |
-1.42 |
信頼性 |
Q10 |
利用規則(貸出、手続等)の適切さ |
-0.39 |
-0.61 |
-0.87 |
* |
Q11 |
約束のどおりのサービス |
-0.51 |
-0.54 |
-0.72 |
信頼性 |
Q12 |
利用者の関心事への注目 |
-0.66 |
-0.61 |
-1.03 |
共感性 |
Q13 |
職員の信頼性 |
-0.52 |
-0.46 |
-0.9 |
応答性 |
Q14 |
質問に応じる態勢 |
-0.61 |
-0.76 |
-1.29 |
応答性 |
Q15 |
サービスの信頼性 |
-0.6 |
-0.52 |
-1.17 |
信頼性 |
Q16 |
必要な資料の配備 |
-0.93 |
-1.35 |
-1.48 |
* |
Q17 |
目を引くような設備 |
-0.39 |
-0.29 |
-0.28 |
有形性 |
Q18 |
個別的な対応 |
-0.37 |
-0.39 |
-0.87 |
保証性 |
Q19 |
専門職らしくさ |
0.15 |
0.12 |
-0.03 |
有形性 |
Q20 |
開館・サービス時間 |
-1.03 |
-0.99 |
-0.72 |
共感性 |
Q21 |
最新の設備や情報機器 |
-0.7 |
-0.55 |
-0.63 |
有形性 |
Q22 |
利用者のプライバシー |
-0.61 |
-0.41 |
-0.81 |
保証性 |
Q23 |
サービス第一の実行 |
-0.35 |
-0.51 |
-0.81 |
信頼性 |
Q24 |
図書館の居心地 |
-0.8 |
-0.68 |
-1.5 |
* |
Q25 |
データベース・電子ジャーナル |
-0.57 |
-0.8 |
-0.4 |
* |
Q26 |
学習(生)用の資料と利用指導 |
-0.81 |
-0.82 |
-1.13 |
* |
Q27 |
サービスの状況の開示 |
-0.75 |
-0.55 |
-0.97 |
応答性 |
Q28 |
職員の親身さ |
-0.51 |
-0.25 |
-0.71 |
共感性 |
Q29 |
資料配置のよさ |
-1.18 |
-1.25 |
-2.06 |
* |
3.3
サービスの設計
組織使命(任務)のもとに、組織がよって立つ価値観やエトス(例:@品質と卓越性、A顧客志向)を明確に掲げ、次の事項に着目してサービス活動を設計・展開する。
(1)
マーケット・セグメンテーション:サービス・システムを設計する際に前提とする顧客グループ(大学コミュニティにおける利用者グループ分け:誰が図書館を必要としており、誰が図書館を支持してくれるかを見極めることが肝心)
(2)
サービス・コンセプト:顧客が満たそうとするニーズに対応したもの(顧客は資料を求めているのだろうか?)
(3)
サービス[デリバリー]システム:人材、顧客、技術と物的要素によって提供する仕組み(サービス生産では、人がその中心)情報技術の進展が・デリバリーに大きな変革をもたらしている。ディジタル図書館のような新しいサービス・デリバリー・システムである。また、サービス・デリバリーという場面には、顧客が共同生産者として関わっている。
(4) イメージ:サービス組織やサービスそのものに対して抱く印象や観念(図書館はどのようなイメージを与えているか)
「質問せよ。気を働かせ、飽くなき好奇心を持ち、創造的であれ。創造性とは、現実にはふるいアイデアを破壊するプロセスである。毎日が新たな1日なのだ。」(Sergio Zyman, 『そんなマーケティングならやめてしまえ』)
参照文献:
1.Kotler, Philip
and Levy, Sidney, Broadening the Concept of Marketing. Journal of Marketing, vol. 33, no3, 1969, p. 1-15.
2.永田治樹,図書館のマーケティング,情報の技術と科学,Vol.49, no.2,
1999, p.62-68.
3.鹿嶋春平太,マーケティングを知ってますか,新潮社,2000,183p.
4.Kotler, Phillip
and Gary Armstrong, Marketing : An
Introduction, 4th ed., コトラーのマーケティング入門,第4版,トッパン,1999,685p.
5. Mudie, P. M.
and Cottam, A, M. The Management and
Marketing of Services, Oxford, Butterworth-Heineman, 1933. P. 6.
6.Zeithaml,
Valarie A., Parasuraman, A., and Berry, Leonard L., Delivering Quality Service; Balancing Customer Perceptions and
Expectations, New York, Free Press, 1990, p.46.
7.永田治樹,藤井美咲,北村明久,SERVQUALによる図書館サービスの品質評価,大学図書館研究,No.59,2000.7.