1.8 大学図書館における機構改革

立命館大学総合情報センター次長 郷端清人

はじめに.

 大学の「情報化推進」は、個々の大学の個性化、良質化、先端化を追求する意味において、極めて重要な課題となってきている。しかし、「情報化」の推進がより一層総合的に、また効果的に作用していくためには、それを支える組織機構も時代の展開に応じて再編・整備していかなければならないと考える。大学のインフラ整備が急速に進んでくるなか、地球規模で発達するInternetや IT(Information Technology) の高度化に迅速に取り組んでいくためには、大学の一体性、総合性の発揮がシステム上も、組織、機構に対しても強く求められてきている。

 そうしたなか図書館の課題に引きつけて言えば、今や大学図書館の学術情報サービスが教育・研究・学習を支援する唯一の情報サービス部門ではなくなってきつつあり、また情報ネットワーク時代に新たな「情報ネットワーク文化」を創造していくためには、大学図書館がこれまで担ってきた情報の収集・蓄積・サービス等の諸機能について、その有様を大きく見直す必要がでてきている。なかでも急務となっているテーマは、学術情報サービスの高度化を図っていくことであり、それには学術情報の質的多様化への対応や学内外情報へのアクセス拡大および情報入手の高度化への対応などをいかに展開(電子図書館システムの構築)していくかである。しかし、これらを真に進めていくためには、もはや図書館が単独で行っていくには困難な課題が多く、それを解決する一つの方策として、図書館をめぐる機構改革や学内外の情報関連諸機関との協力関係をいかに形成していくかなどが問われていると思う。

 本稿では、ネットワーク時代に対応した機構改革をどのように進めていくかについて述べる。ただし、いうまでもなく、ここで述べる内容は一つの方向であって固定的なものではない。個々の大学においては「情報化」を進めていく実践課程のなかで様々な展開が考えられ、21世紀にむけて大学の学術情報サービスを支援していく体制および組織のあり方について考えてみたい。

1. ネットワーク時代における情報化の視点

 先にも述べたように、大学における情報化の推進事業は誰もが認める重要な課題となっている。しかし、個々の大学においてはその事業をどのような視点から進めていくかを明確にする必要がある。それは二つの側面から進めていくことが考えられ、一つには、まずアメリカの社会動向を参考に考察したい。我が国ではインフラ整備というとすぐにハードウェアを中心にしたInfrastructureをイメージしがちである。しかしアメリカでは、(1)情報のインフラ整備に加えて、他に(2)法律、(3)政策、(4)税制、(5)教育、(6)民間ボランティア組織などのインフラ整備を、情報ネットワーク社会にむけて総合的な視点から展開してきており、これらのことが相乗効果となって世界に類をみない発展を遂げてきているといっても過言ではないであろう。つまり本格的な情報ネットワーク社会に対応していくためには、個々の大学においてもこのような視点から総合的にインフラ整備を図っていく必要があるといえる。難問ではあるが、これからの大学においては教育関連、研究関連、学術・情報システム関連(図書館および計算機関連)、管理・運営関連等の全ての部門において、情報ネットワーク社会にむけて総合的な視点から、先に言うインフラ整備を展開していかなければならないであろう。

 二つ目には、大学の教育・研究の高度化を促進・支援していくには、大学のあらゆる部門においてITを革新的に追求していかなければならない時代にあることを強く認識する必要がある。現実の社会においては、経済成長の重要性、インフラ整備の重要性、情報の重要性、規制緩和の拡大等が強くうたわれている。急成長しているインターネット時代の企業を考えた場合、これまでの企業は、生産設備や在庫、不動産などのいわゆる有形資産で企業のグレードが測られていた。しかしこれからの企業は、いかにブランド認知度があるか、その企業の情報へのアクセスのしやすさ、どこまで情報を入手できるかという広さ、深さといった無形の資産をいかに有しているかが問われており、21世紀の企業は情報・ネットワークを征する者が生き残れるとまでいわれている。今日の大学にもまさにこのことが問われており、大学の教育・研究の高度化、また大学の個性化、良質化、先端化のための戦略を考えた場合、ITの追求なくしては対応できない状況にあるといえる。そして「電子図書館」にもこのことが問われており、ITの追求に加えて、学術資料のディジタル化、また無形の資産にいかにアクセスできる環境を有しているかや情報の探索・入手が容易にできる情報支援システムが整備されているかどうかが問われている。

 これら二つの視点から大学の「情報化推進」を考えた場合、この事業を具体的に進める方策としてはさらに以下の視点を踏まえることが重要であろう。

 第1にいえることは、これまで述べたことを内実化していくためには大学全体の事業計画の中に「情報化推進」の柱を明確に立てる必要がある。これからの大学において「情報化推進」の事業は大学の存続をも左右しかねないからである。

 第2には、「情報化推進」の事業はご承知のとおり多額の経費を必要とする。また事業の規模に応じて設計・開発や運用・管理の体制を整備していかなければならないが、事業を本格的に行っていくためには、関係機関の事業活動に大きく影響することから、インフラ整備は大学の方針に則り計画的に進める必要がある。

 第3は、キャンパス内にいわゆる「情報ネットワーク文化」の創造をどのように展開していくかを考えなければならない。このことを真に推進していくためには、大学の構成員をいかに巻き込むかであるが、それには大学の諸活動(教育関連、研究関連、学術・情報システム関連:図書館および計算機関連、管理・運営関連等)を可能な限りネットワーク型にしていく必要がある。そしてそのためには、(1)構成員(学生、教官、職員)の情報リテラシー能力向上の手だて、(2)キャンパスの諸活動を支援するデータベース(いわゆる学術情報データベースに加えて、教職員録、学生名簿、大学案内、シラバス、学事日程、就職情報、施設情報、各種イベント情報、大学内の各種統計情報など)の整備、(3)大学の基幹情報システムである図書館システムおよび事務情報システムをネットワーク型にし、また各部門のシステムはエンド・ユーザ・コンピューテイングに徹したシステムの構築、(4)ネットワーク時代に呼応した大学の運用・管理を進めるために、各部門は徹底して規制緩和を進めるなどの対策が必要である。

 第4は、図書館のサイドからいえば、繰り返すがもはや単独でこれらのことを展開していくことは限界である。特に大規模大学にいえることであるが、大学の情報処理センター、または計算機センターなどとの関わりを抜きにしてネットワーク社会に呼応したシステムの構築は困難であると考える。そのためには情報システムに関わる組織を何らかのかたちで見直す必要がある。

2.組織のあり方

 これからの組織のあり方を考える前に、次の2点を整理する必要がある。

 まず第1には、大学の情報システム環境の課題であるが、これまで大学では、教育、研究、図書館、事務などの各部門が目的に応じて計算機システムを導入し、システムの支援、またその運用・管理を行ってきたが、先に述べた視点から考えるといろいろ問題があると認識している。特に情報システム資源が大学の諸活動に浸透しているかという問題と、ネットワークの運用・管理、資源の有効活用(ソフトウェア、サーバ、各種マルチメデイア機器など)、資金・人材の有効活用などが大きな課題となってきていると思う。また個々のシステムはまだリンクしていないことが多く、学内外の学術情報を一元的に把握できないなど利用者にとって残念ながら使いやすいシステムになっているとはいい難い。

 第2には、大学図書館がこれから本格的に電子図書館システムを構築していくにあたっての課題である。それは、(1)21世紀に対応した学術情報Logisticsへの支援(とりわけ情報の入手)、(2)学園の諸活動に対応した学術情報の収集・蓄積および情報サービス支援、(3)世界との学術情報交流への対応(Global Standard化)、(4)マルチメディア・データベースへの対応、(5)キャンパス・イントラネットへの対応(とりわけセキュリティ、課金関係)、(6)教育・研究活動への学術情報支援などである。

 以上の課題を考えた場合、もはや大学の図書館が単独でこれからのことを本格的に進めていくことは難しいと判断する。しかし組織改革を、単に情報機器を共通して扱うと言うことだけで、またこれからの時代に応える組織が必要だからということの理由などで行っていくのでは、かえって組織の役割・機能を疎外することになりかねない。そのため機構改革は、新しく発足させる組織の機能、役割を明確にした上で進めていく必要があるであろう。

 大学図書館の機能を大きく分けるといわゆる学術情報部門と情報システム部門がある。組織のあり方としてまず問題となるのは、大学の情報システム部門をどのように形成していくかである。大学には教育、研究、図書館、事務、視聴覚などの各部門に情報システム部門を有しているところがあるが、組織を形成していく場合、おおざっぱに分類すると、統合型と分散型が考えられる。しかし、いずれの型を採択するにしても、基本的に言えることは各部門の日常的な諸活動を十分に把握し、個々の機能に対して発展的な支援をスムーズに行える組織が形成できるかどうかが重要なポイントとなる。

 統合型と分散型にはそれぞれに短所、長所があり、例えば統合型の組織を構築していく場合、大きくは二つの問題があると考える。第一は、一般的に大規模な大学になればなるほど組織の目標と役割をクリアにすることが難しくなってくる問題である。特に、大規模に機構改革を行っていく場合、とかくリーダーの能力やパーソナリティに依存する部分が強く、組織の役割を継続的に明確にしていくことが難しい。いかなる組織でもリーダシップとモチベーションの継続は重要なことであるが、改革当初は良くともトップが変わったり主要な担当者が変わったりすると途端に組織活動が低下するという問題があるため、組織の役割と機能を明確にし、また機能の継承をいかに継続するかの仕組みを考える必要がある。

 第二は、統合化により情報システム部門が各部門の役割・機能を日常的に把握できにくいことから発生してくる問題である。統合化が比較的小規模、あるいは小規模大学の場合、各部門の役割・機能は日常的に把握しやすいと思われるが、組織が大きくなればなるほど、また大規模な大学になればなるほどそれを日常的に把握することが難しくなってくる。統合化された組織内の各部門と情報システム部門との密接な連携・調整の仕組みがなければ、次第に現場の業務とかけ離れたものとなり、本来組織を支援するためのシステムが、結果として組織活動を疎外し、それにより利用者へのサービスを低下させてしまうことになり兼ねない。

 統合型を具体的に考えるとまず、図書館、計算機センターといった組織を大規模に統合していく方法が考えられる。しかし、この方法は個々の大学の多様性を考えた場合、全ての大学が同じ方向で組織化を進めていくことは難しいと判断する。しかしながら、この方法は21世紀にむけて大学の「情報ネットワーク文化」を創造していく上で、一つのアプローチであるといえる。また統合型のもう一つのあり方として、各部門の情報システム機能だけを抽出し、統合化を図っていく方法が考えられる。この方式での課題は、情報システム部門と各部門の活動、役割等を日常的に把握し、あわせて学内コンセンサスを取りまとめていく仕組みをうまく形成していかなければ個々の機能が活性化しなくなる危険性がある。

 一方、分散型の場合、これまでのことからでもわかるように、それぞれの情報システム部門が日常的に組織間の連携・調整を図っていくことが難しく、各部門のシステムは次第に別個のものとなりがちである。結果としてシステムの総合性を追求していくことが困難となり、利用者にとってますます使い難いシステムとなってくる。また各部門が重複したシステムの構築やデータ構築を行っていくことにより経費の無駄が多く発生し、さらには人材の不足やネットワークを通しての一元的な情報の構築ができなくなるなどの問題が起こってくる。

 分散型の具体的方策を上げると、中心となる情報システム部門(例えば、情報処理および計算機センター)が最適な基盤整備を行い、図書館、事務、研究所など各々の組織が発展していく過程で緊密に関係していく方法が考えられる。この方法についても学内コンセンサスを取りまとめていく仕組みが極めて重要になってくるであろう。

3.体制のあり方

 ここでは、情報システム部門に限って述べることとするが、まず問題となるのが人材の確保と体制の維持であろう。今の時代にあっては、計算機システムの構築方法がこれまでと大きく異なってきたことにより専任職員の確保・維持をより一層難しくしている。現実に、専任職員に求められるシステム・サイドの条件を整理すると、第一には、ITの発達に伴い、多様なメデイアを扱うことになってきたことがある。ハードウエア、ソフトウエアの標準化が一層進むなか、利用者は多様なメデイアを目的に応じて選択していく必要がある。第二には、電子図書館システムでは、文字、数字、音声、画像・映像など多様な情報を構築していくことが求められている。第三には、多様なデータの加工、蓄積、出力においてユーザー・インターフェイスに優れた高度なソフトウエアが中心となってきており、システム構築には高度なノウハウが必要となってきている。第四には、ネットワークの発達により、多様な情報機器を接続し、マルチ・データベースをサービスすることが求められてきており、マルチメデイアに対応したネットワークの構築が必要となってきている。第五には、インターネットを中心とした外部情報システムの高度化である。国内はもとより世界規模での情報支援サービスが可能になってきており、システムのグローバル・スタンダード化が求められている。第六には、セキュリテイおよび著作権問題である。システムがオープン化になればなるほど必然的に起こってくる課題であり、ますます重要な問題となってきている。第七には、これからの時代のシステムは複数のメーカーからハードウエア、ソフトウエアを導入し、それを維持・管理していくことになり、高度なマネージメント能力を必要とするなどである。

 これらのことを考え、「情報化事業」を推進していくためには、中心的に担っていく専任の確保と体制が不可欠である。また大学が主体性をもって個々の大学にふさわしい最適なシステムの構築を行っていくためには、高度なマネージメント能力とシステム・インテグレーション能力を備え専任職員の確保が極めて重要になってくる。

 「情報化の視点」でも延べたようにこれからのインフラ整備は、単にネットワークの整備やいわゆる計算機まわりの整備を行うにとどまらない。そのなかにあって最も重要なことは、大学全体の情報化をいかに進展させるかという視点があるかどうかである。次に重要なことは、事業規模に応じて体制の整備がされているかどうかである。大規模なインフラ整備を行っても、それを支える体制の整備を図っていかなければ、巨額の投資も生かされず、大学の「情報ネットワーク文化」がいつまでもたっても育たないことになる。また、情報システムの困難さは開発することより、むしろ維持していくことの方が難しい。そして運用が軌道に乗ればシステム体制の規模を縮小するケースがよく見られるが、この場合もシステムの衰退をまねき、システムの資源が生かされないことになる危険性がある。

 これらのことを踏まえ体制のあり方を考えるが、図書館に係わる情報システム部門の機能を大まかに整理すると、(1)情報システムの支援、(2)各種データベースの設計・導入・維持、(3)ネットワークおよびハードウエアの設計・導入・維持、(4)各種ソフトウエア(DBMSや検索エンジンを含む)の設計・導入・維持、(5)教育・研修などのことが想定される。しかし、これらの機能を遂行していくためには、専任職員だけではこれからの時代は困難になってくることは確実である。今日のITの発達に対応して新たな情報支援サービスを展開していくためには、最先端の技術やノウハウを必要とし、またインフラ整備の規模が大きくなればなるほど、専任職員以外の多様な構成員(例えば、大胆なアウトソーシング、TA:Teaching Assistant、契約職員など)による総合的な運用体制を考えていかなければならないであろう。

 いずれにしても、個々の大学では、これからの時代に対応して「情報化」を進めていくためには、システムの規模、財政計画、利用者のレベルや動向などを考慮し、最適な運用・管理体制を検討していかなければないない。しかし、「情報化の視点」や現実に求められるシステムの諸条件を考えた場合、なんらかのかたちで大学の機構改革を考える時期にあると考える。

<参考文献>

[1] 社団法人日本私立大学連盟研修企画委員会 :「ネットワーク時代の学術情報支援」1995年9月

[2] 社団法人日本私立大学連盟研修運営委員会 :平成8年度専門研修(教育研究支援)報告書

[3] NIKKEI BUSINESS 1999年3月1日号 P.37